しばし見つめ合う俺と雅坂。だが、すぐに雅坂は姿勢を正し、
「それと、父と真っ向から対立するお姉さまのことがやはり気掛かりでして」
「……蓮か」
はい、と首肯する雅坂。
「ワタクシはなんとか父の厳しい教育を熟せましたが、姉はそうではありませんでした。どうしても勉強ができず、習い事もロクに続きませんでしたの。とにもかくにも不器用で、世渡りが下手で、敵を作っては喧嘩ばかり……」
聞いてる限り、獅子堂みたいだ。
「ですが、剣道だけは別でした。剣道となると姉は凄まじい活躍を見せました。姉は色んな事が不得意な代わりに、剣道だけは誰にも負けなかったんです」
きゅ、と雅坂が何かを堪えるように拳を握った。
「剣道に打ち込むようになってから、姉の性格は良い方向へ向かっていきました。喧嘩も少なくなり、真面目に授業を受けるようになりました、が……」
一瞬だけ、間を置いて、
「──……肝心の成績自体は、伸び悩んだのです。いえ、正確には伸びていたのですが、父が求めるだけの成果には、結びつかなかったのです」
ああ、なるほどな。おおよそ展開が見えてきた。
「剣道をやらせていたのは、姉の性根を叩き直すため。それはとどのつまり、勉学において良い成績を取らせるためでした。その結果を残すことのできなかった姉は……」
雅坂の眉間にしわが寄る。今にも泣き出しそうな顔だった。
「ある大会で、優勝できなければ剣道をやめさせる。父にそう言われました。食って掛かった姉はその条件を飲み──……決勝で敗れたのです」
「それで、中学二年の途中でやめちまった……いや、やめさせられたのか」
「その通りですわ。自分の防具と竹刀を捨てられる瞬間のお姉さまの貌は……ワタクシ、今でも夢に出てきますの」
思わず頭を振った。
自分が大好きだったもの、人生を懸けて頑張っていたものを奪われ、捨てられる苦しみ。
自分の好きな方で結果を出していたというのに、父が求める結果ではないからという理由で否定されてきた雅坂の姉。妹と散々比べられ、その度に惨めな思いをしてきた。だが、それでも剣道だけは大切に打ち込んできた。
剣道が蓮の心の拠り所だったに違いない。
それを、奪われて……。
気付けば、俺は頬の内側を思い切り噛んでいた。
雅坂も、痛みに耐えるような表情のまま、
「気持ちが切れてしまった姉は、そこから親にひどく反抗をするようになりました。勉強も一切せず、夜遊びに明け暮れる日々が続いたのです。そしてそのまま天凛高校へ入学しました」
「なるほどな。それで雅坂は姉を追ってか」
「はい、大いに揉めましたわ。しかし、卒業まで学年一位をキープすること、模試で全国上位を取り続けることを条件に、通う許可をふんだくりました」
ふんだくる、って……言い方よとも思ったが、きっとそういう表現が最もふさわしいほどの言い合いだったのだろう。
「ですので、ワタクシは今一人暮らしですの。実家から天凛は遠いので」
「じゃあ、姉もそこに呼べば……」
雅坂が頭を左右に振った。
「いえ、一年生の頃に説得をしたのですが、元々不登校気味だったうえに、話す機会があっても適当にあしらわれるだけで、まともに取り合ってもらえませんでした」
そうかもしれない。姉の気持ちを考えたら、積極的に交流を持とうとはしないだろう。
「一年生の頃は──」
「ああ、狐島教頭が教頭になる前に担任やってたんだってな。理事長から聞いたよ」
「その通りですわ。狐島先生は非常に生徒の心に寄り添うのが上手でして……そのおかげで、姉は留年せずに進級できたのですが」
「二年の担任との波長が合わなかったそうだな」
こくん、と雅坂が頷いた。
「なんとかしていただけるよう、他の男性教諭にアプローチを掛けたのですが……」
「おまえ俺の知らないところでなにしてた?」
ツッコミを入れるが、雅坂は舌を小さく出して華麗にスルー。
ったく、この問題児ときたら……。
だが、すぐに雅坂の顔が重く沈んだものになる。
「……それで、結果、学校に来なくなって……」
雅坂が俺の足元を見つめるようにしている。顔を上げるのが辛いらしい。
おおよその話は分かった。俺たちの知らないところで、雅坂も姉のことで動いていたのだろう。ここ最近、みんなの輪から外れるようなことをしているのはおそらくこれが理由だ。
ずっと下を向いたままの雅坂だったが、そこからさらに深々と謝罪するように頭を下げた。