「五行だったか?最初の五人に関しては」
「はい。火、水、風、地、鉄。この中からランダムに選ばれます」
五月のその日、タカカミは自宅マンションのテーブルにスズノカと向かい合って座っており、儀式に関する話を煙草を吸いながら聞いていた。
称えられし二十五の儀式。善人と悪人のチームに分けられて十二対十二の戦いを繰り広げることによって神の力を得るものを決める儀式に先月彼は悪人側として参加することになった。ちなみに悪人側は残り一人。つまり彼だけである。一方善人側は残り十一人と悪人チームにとってはかなり不利な状況に立たされていた。
「それにしても随分簡単に人の命ってのは奪えるもんだな」
彼は吸っていた煙草の煙が宙に消えていく様をぼーっと眺めていた。煙は天井に届くとまるでなかったかのように消えた。
「そうでしょうか?あなたのその能力もあるかもしれませんがそこに至るまでの精神が……いわば『覚悟』が成ってなくては出来ることではありませんよ?」
スズノカが彼の覚悟を評価する。彼は自分の髪を掻きながら苦い顔をする。
「……そうかい。それ、皮肉じゃなくて誉め言葉として受け取ってやるよ」
悪意も棘も感じなかったタカカミはその評価に皮肉を感じたのか不機嫌に返した。吸っていた煙草をテーブル上の灰皿に押し付けるとそういえばと言ってスズノカの方を向いた。
「で?次はいつだ?二十日くらい後なんだっけか?」
「次の対戦相手は……ええ。二十日後になります。それまでは休憩なりなんなり取っていただいて大丈夫です」
「オーケーオーケー。やってやらぁ」
ゆらりと立ち上がると自室の灰皿に吸っていたタバコを押し付ける。
「……軽いですね」
「あ?何がだ?」
タカカミの儀式に対するその態度にスズノカは何処か疑問を抱いていた。
「少なくともあなたは人殺しをします。葛藤といったものはないのですか?」
「そんなもんねぇよ!」
口角を上げてタカカミは笑った。スズノカはそんな彼の態度にぞっとして後ろに引く。
「なんだよ。俺は悪人側だぜ?そんな嫌なもん見た顔すんなっての。大体お前はもう十二人の死に立ち会ってるようなもんだろうが?」
「……そうですね。あなたの言う通り、私は既に十二人の死に関わってます」
俯いたままスズノカは話を続ける。
「そしてあなたは悪人側。残っている正義側の十一人を倒さない限り、未来はありません」
「ああ、俺はこの儀式に生き残ってよ、神とやらにでもなってやるよ」
ゆっくりと立ち上がるとテーブルの上に置いてあった拳銃を手に取った。
「そしたら復讐劇の幕上げだ!だから一人がなんだ?殺しがなんだ?知ったことかよ!!」
(……復讐劇?)
スズノカは少し疑問に思った。この話の中で誰に復讐するというのかと。
「そういうわけだ。巻き込まれないように気をつけろよ?」
「心配いりません」
スズノカはタカカミが持っていた銃をそっと彼の手から取る。タカカミは何が起きたのか一瞬わからなかった。彼女が銃を自らの頭に突き付ける。
「あっおい――」
銃声が部屋に鳴り響き、タカカミは固まった。
「こういう訳ですので」
こめかみを狙って撃ち抜かれたはずのスズノカの頭部はどういうわけか何事もなかったかのように無事だった。
「……どうなってる?」
「この儀式が終わるまで、私は死なない体になっているのです。それだけです」
「……凄いな。そりゃあ」
乾いた笑いがタカカミの口から零れた。
それからしばらくしてのこと。時計を見たタカカミは部屋にかけられていた青色のコートを着て部屋のドアを開ける。ハンドサインでスズノカに部屋を出るように促す。
「あぁそうだ。なんかあったら連絡よろしく。ノートでもこれでもいいから」
「畏まりました」
タカカミはポケットから折り畳み式携帯電話を取り出す。スズノカは首を縦に振ると自身を中心に光の輪を形成し、そこから出る光に包まれて去っていった。
「さて。いつも通り、ギャンブルすっか」
途中のコンビニのATMで財布に金を詰めると彼は一直線にギャンブルへと足を向けた。
なお、この日は財布を空っぽにして帰ってきた。
「で?次の場所がここってわけか?」
「はい」
日々が流れ、『称えられし二十五の儀式』による儀式による戦いの日。タカカミはスズノカの力によって今回の戦いの舞台となる場所へと連れられていた。敷地の中心には白のコンクリートで覆われ、所々に窓が規則正しく並び、タカカミ達が立っている箇所から反対の方にはサッカー場や野球場、陸上のトラックや体育館などが点在している。
「ここは高校か?」
「はい。相手は既に別の場所にいます。学校の敷地内から出れば死にますので覚えてください」
「あぁ。わかったよ」
タカカミがにやりと笑い、スズノカはその場から姿を消した。戦いのときが近いのだろう。どこからともなくタカカミの手にノートが出現する。
(俺は勝つさ。絶対にな……!)
着ていた青のロングコートに忍ばせていた拳銃を取り出す。
(銃本体が消えて無くて助かった……)
前回の戦いで消費した弾丸六発を事前に魔力で精製し、タカカミはこれに加えて接近戦用にナイフを精製した。
(この銃で遠くから狙撃出ればいいんだが……まあ難しいだろうな。あと作れるとしたら……鉄に関係するもので……いや能力に関係する物か)
拳銃を銃口を校舎に向ける。
――人殺しは学校から消えろ!!
突如脳裏に響いた言葉。タカカミの銃を握った手に震えが走る。
(……ああそうだな。もう俺は
銃を下して辺りを見渡す。深夜だけあって敷地内には明かりはほとんどなく校舎の昇降口から見える緑色の光がうっすらとではあるが光って入り口を示す。鍵は開いていた。
「いつの間にか開けたのか?律儀なこった」
開いた入り口に気が付いたその時、ノートが輝いた。戦いの始まりを告げた。
「まずは敵が何処にいるかだ」
近くの掲示板にあった学校内の見取り図を確認する。図には今回の舞台となる校舎と体育館、駐車場に各種体育会系の施設が記載されている。
「へぇ。プールないんだここ……」
ポツリと呟く。そこに意外性を感じたらしい。
「さて。敵はどこに――」
タカカミは今一度辺りを見渡そうとしたその瞬間、彼は淡くではあるが光を感じた。
「なんだ!?」
銃を構えて辺りを見渡す。学校に一つしかない校舎の一階部分に明かりが点いているのを確認した。
「……そういうのは説明してよスズノカさんよ」
はぁ、と大きなため息を吐く。
(いや待て。スズノカなら説明を――)
その疑問が脳に走った瞬間、昇降口に向けられていたタカカミの目が何かを捉えた。
――『何か』がいる
それは確かだった。それしかわからなかった。昇降口の近くにいたのは恐らくは生物。その全身は人間のように手足が生えて、首もある生命体。それが最低でも三体はいた。
「なんだありゃ?水で出来た人間?ってことはそれが今回の相手の能力か?」
水製の兵隊とでもいうべき者が徘徊していた。それはタカカミの視界には三体いて目玉も髪もないがどの方向を向いているかはわかる形状をした首をもっている。それをゆっくりと周囲に首を振って辺りの状況を見張っていた。タカカミはそれを自分が見つけるためだと思っていた。近くの隠れていた花壇から校舎まで距離にして約三十メートル。
――今ならあれ全部突っ切って校舎に入って隠れている相手の首を取れる
彼は瞬時にそう考えた。なぜそう思ったのか?タカカミは能力者の居場所が恐らくあの校舎の中にいると推察した。よく見れば水の兵達は校舎を囲うように散らばっており、それならば敵は校舎の何処かにいると予測したためである。
(だが入ったとしてもだ。そこにいる可能性はないんじゃ……?いや待て。相手はまだ能力を使い始めたばかりだ。ならばいるとしたらやはり校舎のどこかで隠れて攻撃をやり過ごすだろう)
タカカミはもう一度、校舎の周囲を見る。周囲に点在するそれらをどうやってかわし、校舎内にいるであろう敵を討ち取るか。タカカミはノートを呼び出し、ページに簡易な地図を描く。
(四方の何処から入るか……体育館や他の建物に通じている連絡通路はなさそうだ)
校舎の二階部分に視線をやる。別の施設に通じる連絡通路はない。
(地下は……流石にないか)
正直に言えば手詰まりだった。ならばどうすると頭を回転させる。ふとポケットから携帯電話が落ちる。時刻はどうやら戦闘開始から一時間が経過したらしい。
(さてどうやって校舎に――)
その時だった。周囲に点在していた兵隊が崩れ落ちたのは。
「あれ?」
凝視した。確かに崩れ落ちるのを。校舎周囲に点在していた水の兵達は一斉に崩れ落ち、水の輪が出来上がっていた。
「これは……何が起きた?」
タカカミはその出来事にしばし考えを走らせる。
――魔力切れ?
その意見が脳を走った時、タカカミもまた校舎に向けて走り出す。
(ってことはチャンスじゃないか!!)
魔力切れ。とどのつまりは無防備。今なら倒せると踏んだ彼は瞬時に校舎へと駆け込むことにした。
(おそらく敵は戦い慣れしていない。だからこうなったんだ)
銃を手に取ると校舎の窓ガラスの一枚に向けて発砲する。校舎の右側に向けて放たれたそれは右端のガラスに命中し、音を立てて割れた。
「キャァ!!」
女の声が響く。『そこか!!』とタカカミは笑い、昇降口に入った。
(距離にして数メートルもない。これなら――)
校舎一階の角にある職員室。そこに向けて昇降口から右に曲がる。走った先の職員室のドアに手をかけたその瞬間だった。崩れ落ちたはずの水の兵隊がタカカミに向けて手を伸ばしたのは。
「何……!?」
とっさに避け、銃を向ける。頬から血が流れだした。どうやらその手は鋭利な形状だったらしく、鋭い爪として彼の首を狙おうとしていたのである。
――しまった、フェイントか!?
よく見れば廊下の後ろにも数体いる。それらは全てタカカミの方を向いていた。
後ろの階段に向けて走り出す。
「ちぃっ、そういう作戦か!!」
敵の作戦。まず能力を解除して敵に魔力切れが起きたと察知させる。そうして校舎内に入り込んだところで能力を再び発動。水の兵達は一斉に標的を襲う。
「ああもうその手があったか!!」
階段を必死に走る。二階、三階へと。そして屋上のドアに差し掛かる。
「頼むから開いてくれ!!」
タカカミの必死の願いに対し、ドアはあっさりと開いた。飛び込むと周囲を見渡す。
「そんな……」
屋上は周囲が飛び降り防止用に網が張られており、高さにして数メートル。おまけにネズミ返しのような反りが出来ており、そこから逃げるのは不可能だった。当然入ってきたドアの向こうには水の兵隊がうようよといる。
「いや、まだだっ!」
コートからナイフを取り出す。刃渡り十数センチにも及ぶそのナイフの切れ味は意外にも鋭く、網を容易く切って見せた。
「とにかくアレから逃げ出さないと――」
ふと後ろを振り返る。すると奇妙なことに彼らの動きが階段を境目に止まっていた。というより階段の一段目を登ろうとしてはその動きが緩やかになっているようであった。
「なんだ?どうなってる?フェイントじゃないのか?」
その兵隊が必死に階段を登ろうとして登れないという状況に彼は疑問を抱いた。
「何だか知らんが今は――」
彼はドアを閉めて近くに放置された机と椅子でバリケードを作る。
「よし。これなら……」
簡易なバリケードを作った後、タカカミは思いついた。
「いや待て。えーっと……それならまず……なら、後はこいつで……!」
その手より彼は光を起こすとある物を作り起こす。脳裏にはまだこちらには届くことはないその兵達の手を思い返すと心臓の鼓動が早くなった。
(急げ急げ急げ急げ。とにかく今はここから脱出だ……!)