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2-2

――そんな……操作範囲って上も入るの!?


 『王杯聖水』の能力の担い手である女性、川成聖子かわなりせいこは渋い顔で首をひねっていた。

 二週間前の事である。


――突然すみません。あなたにお願いがあります


 若手教師の彼女はスズノカより最後の一人を討ち取ってほしいと頼まれた。それが出来れば自分は神様になれるのだという。


(たった一人殺せば終わり。しかも悪人。それで神様になれる……)


 彼女から聞いた話では敵は悪人側は既に最後の一人で、授かった力によって殺せば神様と言われた。


――わかったわ。私がやる。皆が楽しく暮らせる世界の為なら私が手を汚すわ。それでイジメのない世界ができるのならやってやるわ


 そうして得た川成の力は水を操る力。またそれによって水で人間のような兵隊を作ることが可能で学校内の水道を使って兵隊を大量に作り出した。そうして十数体の兵隊を校舎の周りと自分の隠れた一階の廊下に配備。魔力はこの時は三十パーセント以上あった。


(まさかこの水の兵隊にそんな弱点があったなんて)


 現在、川成は職員室に籠っている。敵からの攻撃に備えて、机の下に隠れて兵隊たちからの視覚共有しながら敵であるタカカミの首を取らんと兵隊たちの指揮を執っていた。だが屋上に逃げた彼を追わせようとしたその時、兵隊を操作できる範囲に限度がある事実に気づかされたのである。


「高さは予定外だったわね……」


 高さという範囲の存在に少々戸惑っていた。三階より上の階段に兵隊を登らせようとしたその時、彼らの足が止まってしまったのがどうにも腑に落ちなかった。とっさにノートを開き、どういうことか確かめると。範囲があるとは書いてあったのは覚えていた。しかしそれが高さも含むとは思ってなかったのである。


「平面で考えてたせいかしら。こうなったら……近づいてみようかしら?」


 近くの階段まで移動する。二階まで上る途中で階段の壁には窓が設置されており、そこから月の光が入り込んでいた。光の周囲に彼女は立つ。高い位置にいれば屋上を兵達の動ける範囲に取り込める。そうすれば敵を討ち取れると彼女は考えたのだ。


「ここからならどう……?」


 川成が二階まで上がると水の兵達は一斉に階段を上る。屋上のドアに手をかけるが開こうとしない。ドアの向こうに何かがあるようだった。


「いいわ。壊しちゃって!!」


 水の兵隊がその手を変形させて刃と化す。大きなその刃は瞬時にドアを引き裂き、前に設置されていた椅子と机のバリケードをも破壊して見せた。


「さあ、観念して死になさい!!」


 彼女の号令によって屋上に数体の兵がなだれ込む。標的の姿はない。


「え?何で!?」


 『暗い夜だから見落としている?』と思った矢先、ドアより左斜めに歩いた先にある金網が一部破れていることに気づいた。大人一人くらいなら通れるその場所に兵隊を向かわせる。


「これは……!!」


 川成が兵隊経由でその金網を見る。金網には所々に血が付着しており、近くの手すりからはチェーンが一階の方まで伸びていた。


「そうか。これで一階に――」


 彼女はとっさに兵達にそこから飛び降りて敵を探すように指示をした。兵達は飛び降りると難なく着地し、そのまま周囲を見渡した。


「どこ!?敵はどこなの!?」


 彼らの視界の一つ一つより情報を集める。しかし敵の姿は見えない。


「隠れた?でもこんな短時間でどこに?」


 ぶら下がった鎖の近くにある教室の窓ガラスは割れた形跡もなければ誰かが入った形跡もなかった。


(もし入っていたとしたら血の跡があってもおかしくないはず。一体どうなってるの?)


 階段の方に視線を移す。設置された窓に目をやったその時――


「もらったぁぁぁっ!!」


 タカカミはそこにいた。窓の向こうから銃弾を放つ。それらは川成の腹部を二度貫き、彼女は崩れ落ちた。


「あ……あぁ」


 砕けた窓ガラスから彼は飛び込み、崩れ落ちた彼女の元に近づく。


「どうして……もう、そこに」


「あ?そりゃあっちから飛び降りてなんざいねぇからよ。こっちの出口側から飛び降りたんだよ」


「な……なんですって?」


 タカカミの作戦はこうだ。

 まず屋上入口のドアから左斜め上の方向に設置された金網に穴をあけてそこから飛び降りたように見せかける。彼女の指揮していた兵隊はそこから飛び降りた。

 そして屋上の入り口の反対側……つまりはこの出入口は平面から出っ張っており、視界から隠れていた方にも設置されていた金網の方を破って脱出したのだ。そこからだと屋上行の階段近くを真っすぐに下に降りれるのだ。タカカミはそこから降りる際、敵がこちらの階段から登ってくるだろうと推察。銃を手にしてチェーンでぶら下がった位置から階段の窓をぶち抜いて彼女へ攻撃したのである。


「そ……そんなことって……ふざけてる」


「お前の能力もな」


 銃口を彼女に向ける。


「じゃあな」


 引き金の指を引こうとしたその時、何かがタカカミの気を引いた。


「なっ――」


 水の兵隊がタカカミの後ろから襲撃を仕掛ける。液体の手が刃の形を成すとそれは勢いよく彼を切り裂こうとした。


「うぉっ!?」


 変な声が漏れる。突きだったら死んでいたかもしれないが目の前の敵に間違って刺さってしまうと考えたのだろう。


「こいつ……!!」


 気が付けば水の兵隊が復活していた。銃弾に撃ち抜かれて息も絶え絶えの中で川成は自分なりにもがいていた。


(ま……まだよ!!)


 兵隊を操り、襲撃を仕掛ける。タカカミはそれを何とか避けようとした。しかし周囲の兵隊の無数の刃の内の一つが彼の左腕をかすめる。


「痛っ……」


 避けた体はそのまま彼女のいる場所を離れ、階段から下に走るように下る。兵隊たちは彼を捕まえんと一斉に駆け出した。


「あーくそっ……油断したか?」


 必死に走りながら昇降口を目指す。銃弾は確かに敵に命中していた。しかし頭部に命中はなく、胴体に足といった箇所にしか当たっておらず直ぐに死亡するわけではなかった。それでも流血からして致命傷であると確信はあった。


「とにかく脱出だ。今は――」


 昇降口を抜けた先、無数の兵隊が彼を囲っていた。


「待ち伏せだぁ!?くそったれが!」


 銃弾を一体の兵に向けて発砲。形は崩れるも元に戻るのに時間はかからなかった。


「……最悪だ」


 じりじりと寄ってくる兵隊。無言の圧がタカカミにのしかかろうとする。後ろに後ずさる彼に兵隊たちは容赦なく刃を構えた。


――人殺し!死んでしまえ!


――そうだ!お前が死ねばよかったんだ!!


――お前がやったんだ!お前のせいだ!!


 脳裏に走る過去の風景。激昂と恐怖が入り交じる。


(畜生……こんなところで終わってたまるか!!)


 妬心愚者の秘術の内の一つを使い、肉体を強化し一直線にナイフを構えて突っ込む。兵隊たちは死を恐れることもなく彼に切りかかった。


「ここだ!」


 だがタカカミは応戦せず、そのまま抜け出した。


(今は逃げてりゃいい。反撃の瞬間まで。奴はもう死にそうなんだ。だから――)


 振り切ることにしたのだ。相手が死ぬまで時間はかからないと判断したのだ。

 だがそうは問屋が卸さない。兵隊たちは集うと水の塊となってタカカミを捕らえた。


(げっ)


 水の中に捕らえられたのは一瞬だった。呼吸できない苦しみがタカカミを襲う。


(ま……まだ死にたくな――)


 息をしようと必死に手を外に伸ばして脱出しようとするが水はそれを許さず、彼を放そうとしなかった。


(が……ぐぅ……)


 薄れゆく意識の中で、殴られている子供がいる。

 それは自分。幼き日の弱き姿。周囲に蔑まれるか弱い存在。

 今度は血の跡が広がるどこかの建物。血の跡の中心にいるのはやはり自分。


(こんなところで……死んでなるものか!!)


 秘術を最大限に使ってどうにか脱出を試みたその時だった。水が消えたのは。


「……あれ?」


 まるで何事もなかったかのように彼はその場に立っていた。先ほどまで彼を覆っていた水はいつの間にか消えていた。


「……勝ったのか?俺が?」


「はい。そうです。お疲れ様でした」


 隣にはスズノカが何食わぬ顔で立っていた。


「何がお疲れ様でしただ。今回ばかりはマジでやばいと思ったぞ!なんだあれ。無限に仲間作れるとかさ」


「無限ではありません。魔力が切れれば全部消えます」


「はいはいそうですか。これで後……十人倒せばいいんだろ?」


「ええ。そうです」


「じゃあ俺を……あ、待った」


 昇降口に入って走って階段を登り、遺体のある場所まで向かう。そしてその眼を光らせる。


「……だめか」


「どうしましたか?」


「いや、死体にコピー能力を使ってみたが……ダメらしい」


「ええ。そうですね」


 タカカミはため息を吐いてがっかりした。


「そうだよな。死体に使えたら戦うたびに、勝つたびに確実に能力増えて手が付けられなくなるもんな。よし……それじゃあ家に帰してくれ。疲れたから寝たい」


「畏まりました。それでは」


 光の輪に包まれる。その際、崩れ落ちた敵の彼女に視線を向ける。


(あの言葉の感じだと……教師か?)


 スーツ姿の彼女の遺体と最期の言葉を思い返した。


(教師か……なんでそんなのになるかね)


 光はやがて彼を包み、彼はその場から消えた。






「あ、報酬は?」


「はい。これを――」


 数日後、タカカミはスズノカより儀式を生き残った報酬を受け取っていた。封筒の中身を取り出すと彼は上機嫌で数え始める。


「あの……そのお金で何をしているのです?ギャンブル以外に」


「あ?そりゃあギャンブル以外なら……読書だな」


「読書ですか?」


 その答えが意外だったのかスズノカは固まっていた。


「そう。読書。ギャンブルできない日は本を読んで過ごすのさ。古本屋なら千円札一枚で数冊買えるからな。お得よホント」


「なぜギャンブルをするのです?お金の無駄じゃないんですか?」


「あ?そりゃあ……熱くなれるとか……ああそうそう」


 財布に封筒に入っていたお金の一部を抜き取って入れる。


「忘れたりできるからかね。色々」


「忘れる?」


「あー違う。離れられるっていうの?こう……いやな現実というか」


「……そんな事の為にお金を使っているのですか?」


「……そんな事ってなんだよ」


 タカカミは声を荒げ始めた。


「大体俺が手に入れたもんだろ!どう使おうが勝手だろ!」


「ええ。そうですね。ならなぜ読書を?その分も回せるのでは?」


 怒りに満ちたタカカミにスズノカは質問を投げる。


「そりゃあ……俺が俺であるため?」


「どういう意味です?」


「……どういう意味だろうね」


 怒り心頭の状態から一気に空気が抜けたように彼は固まった。


「まあいいさ。俺、出かけるからお前も去ってくれよ」


「かしこまりました。次の戦いが決まりましたら連絡します」


「おう、頼むわ」


 彼女はタカカミに一礼するとその場を去っていった。


「さーてと」


 財布をぎゅっと握ってニヤリと笑うとタカカミは浮足立って自室を出ていった。

 なお、この日は昼に出て深夜に帰り、財布は空にはならずに済んだレベルだった。

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