目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

14-4

「そういうわけだ。もっと踊れよ」


 十一年前の復讐劇よりカタルシスを得て笑いながら銃口を集団に向ける。まだまだ彼は彼らで遊び足りないのである。


「どうしてだ!どうしてリーダーはそっちにいるんだ!!」


「ん?ああ、俺がお願いしたの。同窓会のセッティングとかで。俺は君らに指示を送ったの。気づいてないと思うけど。今日の同窓会絶対に来るようにねって脳に細工したのさ」


 怯える者たちの内の一人の問いに銃口の向きをタカカミは自分の頭に向ける。


「いやあ助かったよリーダー。おかげで今日の復讐ははかどりそうだ!」


「いえいえ。どういたしまして」


 リーダーもタカカミもまるで親友同士のように笑っていた。リーダーは事前にタカカミが秘術によって彼を洗脳し、支配していたのである。

 それを呆然としてみる事しかできなった一人の女性が何かに気づいた。


「な……なに言って……あ!」


「どうした?」


 優しく『どうした?』と声をかけたのはタカカミ。瞬間、その女性の体は震える。


「今日……アタシの結婚式だったのに……皆に手紙送ろうとしてそれであんたが来たの思い出して……それでキャンセルしてあの人と別れて――」


「わー可哀そうに。笑ってあげようアッハッハ!!」


「ざけんじゃねえ!!俺は……俺は今日母さんの通夜だったんだ!!それを今日は同窓会で断るって言って父さん殴ってまでこっち来て……絶縁だなんだ言われて……うわあぁぁぁっ!!」


「君も笑ってあげようアッハッハ!!」


「何が可笑しいテメェ!!」


 怒りの顔で震える通夜を断った男に笑って指さす。


「同じ苦しみを味わった気分はどうだ?俺は十一年前にそれを味わった。未来を折られる苦痛を。未来を閉ざされる絶望を!てめえらの噓と暴力で!」


 俺の手には銃があるぞと言わんばかりに彼は再び二人に銃を向けた。二人は後ろに後ずさる。


「さてそろそろフィナーレだ」


「ああ、あれやるの?」


「おう。色々と考えたが……リーダーもいい本を探してくれたよ」


「まあね。これでも僕は」


 タカカミがいつの間にか持って来たカバンから取り出したのは一冊の本。


「本はいい。お前ら俺が本買うとまじめ君だのキモイだのさんざん言ってくれたが……俺がこういう本買う事恐れてたってのかい?こういうので復讐されたらたまんねえってさ!」


 その手にあったのは拷問をテーマにした厚みのある本。拷問という呟きが集団に広がると彼は再び開かないドアの前で必死にそのドアを開けようとしていた。


「おい!早く開けろよ!!」


「開かないのよ!!開けて!誰か―っ!!」


 怯え、苦しみ、嘆く者達。

 ものの十数分の出来事であったが昏仕儀タカカミにとっては十一年前の事件に対する復讐にしては上出来な結果だと思っていた。


「さあ……これで終いだ――」


 タカカミは手を宙にかざす。

 その時、天井が迫り、壁が丸みを帯びて地面が歪み、無数の蔦が現れて彼らを一人一人丁寧に十字架のように縛り上げた。


「おお……こんなこともできるんだね」


「その状態で言うとなんか面白いねリーダー」


「な、なんだ今度は!?」


 縛られた者達は必死にその蔦から体を解こうとした。しかしそれはどうにもできなかった。


「俺はな。お前らが可哀そうだと思ってる」


「……いきなりなんだよ」


「だけどお前たちは部活や遊びで少しは知恵のある者達だと思ってる。そこでだ――」


 縛られた者達の怯える視線が集まる中心にて。

 彼はその手を振って火の粉を撒いた。


「考える時間をやるよ。永遠に。ただし……その体を焼かれながらな!!」


 炎は瞬く間に広がり、蔦に縛られた彼らを焼いた。

 苦悶の声が広がるその結界は見る見るうちに縮んでいき、タカカミはその外にてそれを掌までの大きさにするとそれをぎゅっと握った。

 そして彼を中心に爆発は起きる。圧縮の反動によりホテルのワンフロアは消し飛んだのであった。






「以上、昏仕儀タカカミの復讐劇でした。めでたしめでたし」


 一人で手をパンパンと叩き、拍手をしている前で校長は魂の抜けた表情でそれを聞き終えていた。


「ああ、ちなみにだが……今もあいつらはここで燃えてるぜ」


 タカカミはその手に先ほど取り出した黒く歪に輝く石を摘み持ち上げ、校長の前に見せた。


「アイツらには死なないように常に肉体再生の秘術と程よい炎の秘術がセットでかかっているのさ。だからあいつらは永遠にそうなったままで、死ぬ事も生きる事も許されない体になったんよ!!いやあファラリスの牡牛だったか?それに仏教の無間地獄といい黙示録のアバドンといい人間は本当に残酷な事を思いつくね!!」


「……それで」


「あん?」


「それで君は何がしたいんだ!!」


 机を勢いよく両手で叩き、校長はタカカミを睨んだ。


「ああそうそう。ここで号令を掛けるって話ね」


「号令……?」


「ああ、俺はそれを持って数多の苦しみを絶つ」


 指を真っすぐにしてその手を校長の額に向けた。

 校長は何だ?という顔をしていたがやがて椅子に座っていた体は後ろに椅子ごとひっくり返るように倒れる。


「聞こえたか?今の。救いを求める声が。俺の脳裏でうるせぇのよ。助けてってさ。世界中の人間が持つ苦しみ。それが俺に二十四時間寝る間にも来てるもんだからさ。眠れやしない。眠れたとしても多分それは気絶に近い何かさ。そのせいで夢も見れなかったし」


 額に手を当て、がっかりしながらもタカカミは話を続ける。


「この半年以上、俺は世界中を回った。どうしたらこいつを抑えられるかって。でもまあ酷いもんだな。世界中見て回ったけど。差別、紛争、飢饉、疾病。そんな中で、目の前で人が死んでいく様を俺は後ろから見ていたよ。その度に頭の中の苦しみが一つ消えるのさ。沢山同時にだってあったさ。嬉しい事ではあるが」


「それで……何をする気だ」


「決まってる。消すんだよ声を。全部な」


 怯える校長の前で彼は銃を手にし、その腕を天井に向けた。


「待て!!やめろ!!」


 声を全て消すと言う彼の意思に何かを察したのか校長は空に伸ばしたその腕を必死に抑えようと腕を下ろそうとする。

 だがタカカミの目に校長が映るとその腕に絡んだ腕が下がり、校長は後ろに後ずさった。その意志に関係なく。


「俺は数多の救いに答えないといけないの。そうでないと俺が苦しいままだ。明日からずっと。俺は当初はこの力で全員をマリオネットのように糸のついた人形のように支配しようと画策した。だがそれを認めなかった者達がいた」


 はあ、と大きな溜息をタカカミはそこで吐いた。


「声だよ。数多の嘆きの声。それじゃあ俺たちは報われないし、踏みにじるもの達はただ生きて死んで終わりだから嫌だと。それにこの世界のどこかで俺に暴力を振るった嘘で踊るような奴らが笑っているぞと奴らは俺に囁いた。それを聞いた時に確かになって思ったよ。何よりも許せなくなった。だから俺は神の真言と神の鉄槌の元に皆を救うんだよ!!彼女の為にもな!!」


「やめろ!!君に救いが必要なら人はいる!!絶対に!だから皆殺しなんて――」


「いらないだろ」


 その時のタカカミは無表情であった。これから悍ましい行いをしようというのにその顔はまるで日課の行いをする時のようで力とか感情とかそういうのは一切見えなかった。その顔で彼は持っていた銃の引き金を引いた。


「そんな連中、誰もいらない。誰もが俺を踏んでる。必要か?」


 目は真っすぐだった。銃声は部屋に響いた。

 銃声が響くその間際、彼の眼は緑色ではなく、静かなる金色に輝いていた。

 その時、大空に大きく白く輝く輪が広がって、その輪は果て無く広がって、何かをそこから零すように広がっていき、ついにそれは星を囲うほどに大きく広がった。


「さあ、救いが降り注ぐぞ」


 金色の眼で笑う彼を校長はただ恐れて、見ていることしかできなった。

 十数秒の内、銃声が各地にて響いた。


「なな……なんだ一体!?」


「ああ、号令ですよ。指示を受け取った人間に……救済を指示した。武器を手に『鉄槌』を振るいて地上に楽園を築けってね」


「……なんてことを」


「さて俺はそろそろお暇しましょう。いやあ『今日という日』にこれができるなんてまるで夢みたいだ!!」


 笑い声をあげて彼はその部屋のドアに向かった。


「あ、そうそう。時間差し上げますよ。反省の時間っての。貴方は少なくともこっちに手を伸ばしていた。いやあ良かったですね。俺もしばらくしたらやっとぐっすり眠れるしな」


 そう言ってタカカミはその部屋を下品な笑い声と共に去った。

 校長は膝を折って涙を零す。


「……どうすればよかったんだ」


 無数の足音が校長の耳に届く、悲鳴も、怒声も、銃声も。

 無数の夢や未来が消える音と共に。


(これが神の裁きとでもいうのか……)


 脳裏に浮かぶ金色の瞳をしたタカカミの顔。

 校長にはそれが神には見えなかった。

 呆然と立ち尽くす中で校長室のドアは勢いよく蹴破られ、なだれ込む生徒や教師たちの持つ無数の銃口が向けられる。顔はいずれも涎を垂らし、その目の群れは人を嘲るようで。銃声は部屋に響き、血の池を作り、それが広がると彼らは反転して部屋を出た。その背中には天使のように羽が生えまじめていた。

 かくて鉄槌は地上に振り落とされた。



「何……何なの一体!?」


 息を切らして駆け抜ける伊藤涼音はその光景に愕然としていた。

 突然の銃声から何かがおかしくなった。その音に周囲がざわついたかと思えばクラスにいた生徒の一人がいつの間にか持っていた拳銃で目の前に立っていた教師をハチの巣にして見せたのだ。穴まみれになって崩れ落ちる教師。直後に広まる悲鳴。慌てて外に出てみれば先ほどのように銃やナイフを持った生徒や教師がそこらの校舎の壁に穴をあけながら逃げ惑う生徒や教師の背中を凍り付いたかのような表情でただただ撃った。


(おかしい、おかしいってこれ!)


 恐怖と混乱によってぐちゃぐちゃになる心。それとは裏腹にまっすぐに走る足。


(逃げないと。昇降口まで――)


 駆け抜ける足は止まる。

 同じ考えを持った他の生徒は既にいた銃を持った者たちによって足元に血の池に沈んでいた。


「あ……ああ」


 よく見ればそこには去年一緒だった同級生がいた。瞳は既に虚空を見ていたが、伊藤にとってその視線はこちらを見ているようであった。


――どうしてこんな目に合わないといけないの


 流される血の涙。瞳の訴えに伊藤は答える術を知らなかった。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ――)


 足の速度は変わらず、降りていた階段を今度は上って上へ。

 その間にも銃声と悲鳴は留まるところを知らなかった。


「屋上、屋上なら」


 屋上。出口とは遠い場所。

 それでも今の彼女にはそこ以外の出口などありはしなかった。

 ぐるぐると上った階段の先に見えたドア。勢いはそのままにドアを開けた。


「……え?」


 屋上から見えた地上の光景に彼女は戦慄した。

 先ほどの教室や廊下での惨劇がそのまま地上でも行われていたのだ。


「……ああ。そういうことか。明晰夢なのね」


 明晰夢。夢の殆どは自分が夢の中にいるとは気づかずにいて過ごすことが大半である。明晰夢というのは夢の中で今自分が夢を見ていると自覚している夢の事である。


「それは夢だったの話だろ?これ夢じゃなくて現実だからな?」


 横から割って入り、伊藤の縋る希望を折り砕いたのは青いロングコートの男。

 その瞳は燃え盛る火のように金色に輝いていた。


「な……何よあんた。嘘言わないで!!こんな事普通にあるわけないじゃない!!」


「だが事実だ。世界中でここみたいに怒りのままに銃撃が振るわれているのも。お前さんが運良く残ったのも」


「う、運よく……?」


 奇妙なモノを見る目で伊藤は目の前のコートの男を見る。

 男は不敵に笑いながら話を切り出す。


「ああそうさ。俺がやったのさ。神たる俺が。全てへの報いを成すために。全てへの救済を成すために。お前が生き残ったのは……単なる気まぐれさ。校門をくぐった生徒をカウントしててな。その中であるぞろ目に来た生徒には攻撃するなと指示を出した」


 男はそういうと指を鳴らす。

 直後に屋上のドアが開いて二人の生徒がその手に銃を持ち、血まみれの制服で現れた。


「な……」


「そういうことだ。こいつら撃ってこなかったろう?ん?ぞろ目の理由?ああ、ギャンブルとか好きでな――」


――この男は何を言っているのだろう


 目の前の男の会話についていけずに伊藤はただ固まった。

 ぺらぺらと語る男の口調はだんだんと楽しくなっていき、地上と校舎で起きている銃声と悲鳴は相も変わらずであった。


「……だったら止めてよ」


「あ?」


「止めてよ!!こんなばかばかしいの!貴方がどんな目にあったか知らないけど!!やめてよ!!」


「じゃあこうしようか」


 男はその手にいつの間にか銃を持っていたリボルバー式の拳銃だ。

 拳銃は伊藤に差し出されるように向けられた。


「ロシアンルーレット。これで俺が死んだら止まるぞ?さあどうする?日常を返してほしいか?さあ――」


 男の煽りに伊藤は差し出された拳銃を奪うように取ると即座に銃口を頭に向けて引き金を引いた。


「へえ。度胸あるね」


「次はあんたよ。あんたが神っていうのならやってくれるのよね?」


「ああ勿論――」


 神を名乗る男もまた、銃口をこめかみに向けて引き金を引いた。


「約束は守ってやるよ。ほら」


「くっ――」


 辺りに響く銃声をよそに、引き金を引く音だけがそこにはあった。

 二度目の引き金を引くとき、彼女は震えていた。


――どうしよう。ここで死んだら。いや、そんなこと考えちゃダメ。目の前のコイツは神だ。さっきの振る舞いでそうだと納得するしかない。だから今は引き金を引くのよワタシ!


 がちがちに震えた彼女の指はついに引き金を引いて見せた。

 伊藤のこめかみは貫かれることはなかった。


「運いいねえ君。たいしたもんだ――」


 男もまた銃を受け取ってこめかみに当てて引いたその瞬間に銃声が響く。


「あ――」


 崩れ落ちる男。倒れた男の周囲にできる血だまり。


「……勝ったの、私?」


 その時に周囲の悲鳴と銃声が止まる。


「じゃあ……これで終わるの?」


 そう信じていた。


「あー……こいつはついてねえ」


「え?」


 血だまりの中心で男はすっと立ち上がる。


「あちゃー……いつもこうだ。連チャンできないってのホントどうにか――」


「どういうことよ!!」


「あん?」


 伊藤の叫びが響く。惨劇は止まらず出会った。


「勝ったのは私よ!!どうして!!」


「約束は守るって言ったろ?『俺が死んだら』というルールだよ」


「……そんな」


「それじゃあ追加投資としゃれこもうか」


 男はその手にいつの間にか出来ていた銃弾をリボルバーのシリンダーに詰めて回転させるとそれを彼女に渡す。


「さあ、君の番だ。やれ」


 伊藤の手は銃を握って銃口をこめかみに当てていた。


「え?待って!?私――」


「さあ引け。引き金を」


 銃声が響いたのは直ぐだった。


「あっ」


 少女はその場に崩れ落ちた。銃からこぼれた薬莢もまた地面に甲高い音を立てて少女から離れるように転がっていく。


「……まあ可哀そうに。あのまま勝ちつづけていたのなら死なずに済んだのにね。ずっと俺に勝っていられたらの話だけどな!ハハハ!!」


 男の笑い声は周囲に響く。悲鳴はさらに拡大していった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?