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ヴォルテックス・ドライバーズ ~野良猫はどの星で眠るか~
ヴォルテックス・ドライバーズ ~野良猫はどの星で眠るか~
るみね らん
SF宇宙
2024年11月28日
公開日
10.1万字
完結済
十七歳の女運び屋、ジェシカ・リッケンバッカー。 彼女は愛機である高速無限潜航船《ポセイドン号》を操り、銀河の星々を往く。 ある日、修道院でシスターからの仕事依頼を受ける。 『とある人物を地球から9万光年離れたベルリウス星まで運んでほしい』 報酬は銀河系で最も希少な『ワード鉱石』。 それは手の中に納まるサイズのものでも、辺境惑星が一つ買えてしまうほどの価値を持つ。  シスターはそれを報酬とし、前金で支払うという。 しかし、運び屋業界で一番厄介な荷物が『人間』である。 血の臭いを感じ取ったジェシカは、依頼を断ろうとする。 そこへ突如、ヒューマノイドが現れた。 ヒューマノイドの放った高速弾は、シスターの体に直撃してしまう。 シスターは意識が遠のく中、ワード鉱石をジェシカに投げ渡した。 ジェシカはそれを受け取り、ヒューマノイドの攻撃をかわしながら修道院を後にする。 しかし依頼を受けるつもりはないジェシカは、地球から離れようとエアポートに向かう。 そこで一人のアニマノイドの少女と出会う。 それをきっかけに、ジェシカの果てしない旅が始まるのだった。 これは《ヴォルテックス・ドライブ》という亜空間航法を使い、星々を巡る者達の物語である。

序章 スレートグレーの向こうへ

第1話  母なる絶望の星で

 火星宙域に入ってしばらく進むと、その惑星の輪郭がはっきりと確認できる。

 忌々いまいましいその星の名は、太陽系第三惑星『地球』だ。

 私が女だてらにあの星を飛び立ったのは、地球暦二千三百三十四年だった。あれから三年半しか経ってはいない。星も、国も、街も、そして私もたいして変わっちゃいないだろう。

 帰郷の嬉しさは微塵も感じられず、込み上げてくるのは何処かへ逃げ出したかったあの頃の記憶だけだ。

 私はピルケースから薬を一錠取り出し、無理やりにそれを飲み込んだ。しばらくすると、あの星に近づきたくないという気持ちが徐々に和らいでいく。


「仕事じゃなきゃ、あんな星……」


 私は愛機である《高速無限潜航船ポセイドン号》を大気圏へと突入させた。


 レリクス・ナリタ・エアポート、貨物ドック。

 私のような運び屋も、例外無くここで入国審査を受ける。入国管理官にIDカードを渡し、ぼんやりと青白く光る装置の前に右手をかざした。

 この銀河系でIDカードを持っているのは、私のような下層階級の人間だけだ。紛失しても簡単に再発行ができるし、上手くやれば偽造IDも作れる。こっちの方が私にとっては都合がいい。

 入国管理官はモニターを凝視したまま、私に話し掛けてくる。


「ジェシカ・リッケンバッカー様ですね? 女性。十七歳。健康状態良好。感染症無し。重犯罪歴無し。確認が取れました。入国の目的は?」

「こっちは自前の貨物船で来てんの。この格好が観光に見える? それにさ、地表の三分の一が荒廃したこの星の、どこに観光スポットがあるっていうの?」

「入国の目的は?」

「仕事!」


 どの星の入国管理官も無表情に仕事をこなす。アンドロイドだから仕方がないのかもしれないけど、あの機械的な態度には毎回無性に腹が立つ。人恋しさを紛らわすためのサービスかもしれないけど、私としては大きなお世話だ。


 入国審査と滞在手続きを済ませ、空港近くのレンタカー屋で車を借りる。

 ナビゲーションシステムに目的地を告げ、ルートを確認した。


「リグラス修道院まで……ってなんだよ、ここから四十分もかかるのか。ヴォルテックス・ドライブなら地球から冥王星まで軽く行ける時間だよ」


 私はひとり悪態をつきながら車をオートドライブにし、後ろに流れゆく街並みを眺めた。

 やっぱりこの星は何も変っちゃいない。約一年間続いた世界大戦の傷跡は深く残り、ガレキの傍には掘っ建て小屋と難民テントが無数にある。住人達は防塵フィルター付きの酸素マスクを付け、着ているものは煤け汚れている。


 大戦中、衛星兵器を妨害する為にばら撒かれたジャミングエーテルの影響によって、地球の大気は汚染された。スレートグレー色の雲が空一面を覆うことが多く、昼間だというのに日の光はたまにしか届かない。気温は惑星管理中枢システムによって、大戦前の状態で国ごとに管理されている。もちろん、作物は全くと言っていいほど育たない。

 曇り時々曇り。曇りのち曇り。

 雨が降ろうものなら、それはまるで黒インクのシャワーだ。


 惑星管理中枢システムの稼働と地表への酸素供給、そして食料の生産などは地下都市で行われている。

 地表に居るのは貧しい人間か犯罪者。最近では外宇宙を崇める、怪しげな宗教団体が幅を利かせているという。もちろん、お偉いさん方は地下から地表へ向けてわずかな救援物資を送るだけ。最低限の治安維持活動は行われているみたいだけど、それがどこまでかは怪しいもんだ。

 思い出したくもない記憶が今でも渦巻く故郷の星。ただいま、なんて言う気にもなれない。仕事でなければこんな壊れた星なんかに、誰が来るもんか。


 リヒャルド・トシマという街の郊外に、その立派な建物はあった。

 車から降りると、そこにはマシな空気がある。空港と同様、環境保護フィルターが掛かっている特別区画らしい。これなら防塵マスクの必要はないな。

 三年この仕事をやっているが、修道院からの依頼は今回が初めてだ。

 その敷地に足を踏み入れると、修道服を着た若いシスターが声を掛けてきた。


「あの、男性の方はちょっと……。ここは女子修道院なので」


 男、か。随分と失礼なことを言うもんだ。

 たしかに、長い髪は後ろに束ねただけだし、スカートなんて生まれてから一度も穿いたことが無い。小汚いモスグリーンのパイロットスーツにジャングルブーツ。そして腰にはガンベルトだ。遠目から見れば男かもしれないが、宇宙海賊に体を狙われた事もあるくらいの普通の女だ。

 私は首からぶら下げていたIDカードを、若いシスターに投げ渡した。


「神様が私のことを男だっていうなら、このまま帰るけど?」

「し、失礼しました! 貴女がジェシカ様でしたか。話は院長から聞いております。こちらへ」


 その若いシスターに聖堂の入り口まで案内された。

 聖堂。十四才からの人生で一番無縁な場所だ。

 十一才からの約三年間、修道院の保護施設をたらい回しされた記憶はある。残念なことに、それ以前の記憶は全くない。記憶洗浄を施して私の記憶を消し、捨てたのだ。そこには誰かが私を捨てたという事実しかない。

 神様は救ってはくれない。

 十一才の私はそんな言葉と共に物心が付いた。それにもし、神って奴がいるのなら、私は十四才で運び屋になんてならず、今頃ハイスクールでのんびりと学生生活を楽しんでいただろう。ああそうだよ。星を壊すような世界大戦なんて、馬鹿な事も無かったのかもしれない。


「中で院長がお待ちです」


 この中で仕事の依頼か。

 私は扉を開き、聖堂の中に足を踏み入れた。


 無駄に高い天井とフレスコ画。壁の煌きらびやかなステンドグラス。

 マリア像のある祭壇へと続く中央の広い道。今時珍しく貴重な木製の長椅子。

 辺りを見回すと、修道服を着た院長らしき人物が長椅子に座っているのを確認した。私は腰のブラスターガンのグリップを握りしめ、彼女の二つ後ろの席に座る。

 誰であろうと、警戒するに越したことはない。

 私はわざとらしく咳払いをしてから、その人物に話しかけた。


「聖堂で仕事の依頼? 建物内部は外から透過スキャンされるし、声は貫通型超指向性マイクで盗聴の可能性もあるけど。ここで話す意味あるの?」

「若いのに、好奇心より警戒心が強いのね。まるで野良猫のよう……。仕事柄かしら?」


 院長というから、てっきり老婆を想像していたけどな。少し振り向いたその顔は二十代半ばの顔だった。しかし、なぜかその顔に見覚えがあるような気がした。いや、修道院の保護施設をたらい回しにされた私だ。シスターなんて見慣れているから、そう思うのかもしれない。

 院長は薄ら笑いを浮かべながら話を続けた。


「電磁JAMを設置してあるわ。心配は無用よ。もっとも、こんな場所を覗き見るなんてシスター好きの変態しかいないでしょうけどね」


 神に仕えている者にしては話し方がフランクすぎる。そして電磁JAMで盗撮・盗聴対策をするまでの依頼内容だ。報酬次第だけど、ヤバかったらさっさとズラかろう。まあとにかく、依頼内容を聞いてみてからだ。


「それで? 何を運べばいいの? マリア像?」

「人を……ひとり」


 ああ、来なければよかった。私は心底そう思った。

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