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第2話 シスターからの依頼

 人運びの依頼は特別珍しいものじゃない。

 しかし、運び屋業界では一番厄介な荷物として嫌われている。

 要人の惑星外逃亡、誘拐幇助ほうじょ、人身売買。

 依頼内容は様々だけど、この手の依頼をと必ず口の中に血の味が広がる。それはまるで生肉を噛むようで後味も最悪だ。過去に五件ほど人運びの依頼を受けたこともあるけど、どれも安全であった試しがない。本来は逃がし屋の専門分野だけど、依頼料の安さから私達運び屋が選ばれることが多い。

 今回の依頼人はシスターだ。何か面白い事情があるのかもしれないと、私は興味本位で訊ねた。


「届け先と報酬は?」

「ベルリウス星まで。私も同行します。報酬は《ワード鉱石》一つ。もちろん前払いよ」


 この銀河系で、彼女の言葉に驚かぬ者はいないだろう。

 ベルリウス星。

 地球から銀河バルジ(銀河中心の膨らみ)を越えた反対側にある惑星、という話は聞いた事がある。下手をすればここから直線距離にして、約九万光年はあるだろう。当然、そこへ行く為には超大質量ブラックホールが存在するバルジを迂回しなくてはならない。ヴォルテックス・ドライブを使ったとしても、私のロートル船では何年もかかるだろう。

 しかも報酬が銀河系で超レアなエネルギー鉱石、ワード。手に収まるくらいの物でも恒星付きの辺境惑星くらいなら、丸ごと買えておつりがくるくらいの価値だ。それを依頼払いの前金だと?

 残念ながら、私は金の為なら何でもやるバウンティハンターでもない。

 ましてや、業界ナンバーワンの運び屋でもない。

 この商売で多少の危険は承知の上だけど、他の運び屋と同様にヤバ過ぎる依頼は《即切り》する。私も命は惜しいからね。


「いくらなんでも報酬が高すぎるよ。報酬の高さと危険度は比例するってのが業界の常識。その報酬なら運び屋に頼まず、装備の整ってる逃がし屋に頼みな。せっかくだけどこの件は……」


 降りる。そう断ろうとしたその時、シスターは立ち上がって私に嘆願の目を向けてきた。


「あなたにお願いしたいの、ジェシカ。いえ、ラピッド・キャット。あなたなら、きっと……」


 ラピッド・キャット。

 取り締まりや宇宙海賊から逃げる私の船を見た同業者が、勝手に付けたニックネームだ。それがそのまま運び屋業界で使用されるコードネームになった。別に気に入っちゃいないけど、私の船には飛び跳ねた猫のマークが施されている。

 I・T・A(インターステラ・トランスポーター・アソシエイション)に依頼する際、私を指名したのか。しかしコードネームと本名を知っているってことは、運び屋家業の事情通か裏社会の人間。そうでなければ、取り締まる側の銀河連邦保安局以外考えられない。とにかく、こいつが普通のシスターでないことは確かだ。

 その時、先程私を案内した若いシスターが聖堂に入ってきた。


「院長。《コイル》はレリクス・ナリタの貨物ドックに待機させました。お急ぎください」

「ご苦労様。私達もすぐにここを出ましょう」


 クソッ。初めから私にNOと言わせないつもりだったのか。

 コイル? 名前からして男か。呼び捨てにしてるってことは要人ではないな。

 そいつを私に運ばせるってことか? 何にせよ、嫌な予感しかしない。


「さあジェシカ。貨物ドックへ急いで……」


 院長が私を急かしたと同時に、甲高いチャージ音が聖堂の外から聞こえた。

 十七年間の短い人生経験だけど、これだけははっきりと言える。

 この音が聞こえた後は、必ず誰かが死ぬ。

 私は反射的に長椅子の下に身を伏せる。と同時に、大きな発射音と扉が吹き飛ぶ音が聖堂の中に響いた。間違いない、この音はスケールダウンした電磁兵器レールガンだ。

 爆発音の反響が収まると、私はすぐに院長の安否を確認した。

 院長は横腹を抉られ、見るも無残な姿でやっと立っている。しかし、どういうわけか私を見ているその顔は、マリア像の様な優しい表情だった。


「ジェシカ……あなたなら、きっとコイルを……お願いっ!」


 私なら、きっと? 私が頼られる覚えはないし、依頼を受けるつもりも無い。

 院長は何かをこちらに投げ、その場に崩れ落ちた。

 小さななめし皮の袋か。中身は確認するまでも無いだろう。これは報酬のワード鉱石だ。私はそれを拾い上げると腰のブラスターガンを抜き、ゆっくりと立ち上がって目標を確認した。

 これはこれは。絵に描いたようなヒューマノイドがそこにはいた。

 首から下は人間と変わらないが、顔は爬虫類のようで頭からは無数の触手のようなものが伸びている。そんな奴が銃身の長いレールガンを構えているのだから、誰がどう見ても凶悪宇宙人と認識するだろう。今まで数多くのヒューマノイドを見てきたが、こいつは私にとって《初めまして》なタイプだ。

 ヒューマノイドの足元には、報告に来た若いシスターがうつ伏せで倒れていた。院長はこの子を貫通してきた流れ弾に当たったのか。よく見ると若いシスターの手には小型のブラスターガンが握られている。シスターと殺傷能力の高い光子エネルギー弾を使用するブラスターガン。やはり、この修道院は普通じゃないな。

 そのヒューマノイドは銃口を私に向け、野太い声で急かした。


「コイル、どこ。早く、早く。いっぱい殺す。教えないと、いっぱい死ぬ」


 まだ依頼を引き受けたわけじゃないのに、もう血の臭いか。

 チャージ音は聞こえない。装填はまだのようだ。

 私は報酬のワード鉱石を胸のポケットに入れ、そいつに向かって言った。


「コイル? さあ、知らないねぇ」

「とぼける、お前! 早く言え! お前の為!」

「人探しならここに居る神様にでも頼んでみたら? 居たら、の話だけど」

「言え! 殺す! お前、殺される!」

「知らないって、言ってるでしょ?」


 私は即座に細身のサングラスをかけ、左腕のブレスレッドのボタンを押した。

 丸い閃光がヒューマノイドに向かって飛び、それが目標に当たると辺り一面が白の世界へと変わった。ヒューマノイドは眩しそうに顔を歪めた。


「マ、マグネシウム、マインか⁉ 俺、眩しい! クソッ! お前、殺されるなら俺、お前殺す!」


 ヒューマノイドはそう叫びながら、レールガンをチャージしては放つ。

 高速弾とはいえ、狙いの定まっていないものなど当たるわけがない。

 いつものように殺してしまうか。

 いや、これ以上地球での厄介ごとに巻き込まれるのは御免だ。

 私は急いで車に乗り込み、そこから走り去った。

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