私達のヴァーネット・フィールドはビスを大きく包み込んだ。
それに対し、ビスのフィールドは徐々に消えていく。
やはり、P・O・Sで繋がっていないビスは力の無いただの亡霊か。
私はチャンスとばかりに、ルーシェに命じた。
「側面に回り込んでもう一度攻撃を仕掛ける! エネルギー充填!」
艦は船尾を振るようにしながらビスの側面に船首を向ける。私は奴の大きな翼の根元を狙った。動力源であるワード鉱石を貫けなくても、あの翼さえ破壊すれば奴の俊敏な動きを封じ込めるはずだ。
私は再びフォトン・ランスを一気に放った。フォトン・ランスは確実にビスの翼の根元のを貫き、それが船首を抜けて大きな穴が開く。奴のヴァーネット・フィールドの光は再び輝くことはなかった。あっけない幕切れだ。しかし、これで終わるような気配ではない。そしてビスは静かに言った。
『ここまでだな。やはり契約者の魂が無ければ、俺はただの亡霊か。ルーシェ、お前にひとつ聞きたいことがある』
『なんですか?』
『俺達をこんな体にした人間をなぜ守る?』
確かに、ルーシェ自ら望んでこんな戦艦になったわけではないだろう。憎みこそすれ、身を挺してまで縁も
『クジラだった頃の仲間達や、僕と繋がったコネクターと約束したからですよ。今度は命を守るって。それに、僕はこの体にされたことを恨んではいません』
『約束だと? ただそれだけか? なぜだ? 戦いで死ねなかった俺達は生き続ける苦しみを科せられたのだぞ⁉』
『やっぱり君も、生かされている意味を知らずに今まで……。でも僕はそのおかげで、こんな素敵な人間達と出会えました。感謝したいくらいですよ』
ビスは少しの間沈黙し、再び言った。
『俺の契約者が、殺してくれと頼んだ気持ちが少しだけ解った気がするぜ』
『じゃあ、ほんとは君も頼まれて……』
『……時間だ、ルーシェ。最後にひとつ、頼まれてくれないか?』
『何ですか?』
『すぐに俺を殺せ』
その時、ビスに付いていた拘束具のような鉄板が全て剥がれた。
壊れかけた船首部分が上下に割れ、その奥から強烈な光が漏れ始める。
ビスは静かに言った。
『ロイとかいう人間に、一定時間内でP・O・Sのコネクトが完了出来なかった場合……生命維持装置を停止するように改造された。そして俺の意識が途切れた三十秒後に、
『そんな! それを撃ったらリーファ星は一撃で!』
『リーファ星なんてどうなろうと知らねえよ。ただ、惑星崩壊の巻き添えでお前を死なせたくないだけだ』
『ビス! 早まっちゃダメです! 生き続ければ君もきっと……!』
『生きる? 俺は既に、ただの亡霊なんだよ。だがお前は……いや、俺に言う資格は無いか……』
ビスはそれきり声を発することはなかった。
そしてその強烈な光は直視できないほどの大きさに膨れ上がった。
コイルは叫んだ。
「今までこんな強い光を感じたことない! 神様の光を100本並べてもかなわない!」
「ルーシェ! これがワード・ジオバスターの光か⁉ お前はさっき、奴が惑星を破壊するだけの兵装があると言っていたが、共有したこの艦にはデータが無いぞ⁉ 本当にあの質量の惑星を破壊できるのか⁉」
『はい。危険な兵器の為、共有は避けました……。艦内のワード鉱石を四分割して直列に並べ、エネルギーを増幅して放たれるものです。これが直撃すれば、惑星のコアは破壊されます』
「直接ワード鉱石を破壊する方法は⁉」
『ありません。さっき言ったように、ワード鉱石は対消滅エネルギーを使うフォトン・ランスでも貫けない、ネオ・プラズマチャンバーという防壁で囲まれています。僕達のヴァーネット・フィールドを当て、収束されたエネルギーを発射寸前で軽減できるかもしれませんが……威力の20%も落とせないでしょう』
それなら体当たりで軌道を変えてやるしかない。迷っている暇はないな。
「ルーシェ! ビスの顎の下に船首を入れろ! 急げ!」
『は、はい!』
ビスと接触した振動が船体に伝わる。
「よし! 船首を上げて奴を跳ね上げろ!」
ビスの艦を跳ね上げたと同時に、奴のワードジオバスターが放たれた。確かにすごい威力だ。接触していないにもかかわらず、ビリビリとした振動がシートから伝わる。巨大な光はリーファ星には向かわず、何も無い暗闇の彼方に放たれた。
私はコイルとルーシェに言った。
「内部のワード鉱石が残っていれば、ビスは再び悪用される可能性がある。この船を破壊しよう……」
「さよなら、ビス……。ロイが星を歪ませたせいで……」
『死ぬことはなかったんですよ。人間の作ったプログラムや仕掛けなんて、ビスなら簡単に解けたはず。そんなの、自分で死を選んだのと同じじゃないですか……あの彼女と、同じですよ』
「ルーシェ……」
寂しそうに呟くルーシェに声を掛けると、気を取り直したように答えた。
『そうですね。もう生体反応はありません。P・O・Sのアーキテクチャが転用される危険性もあります。一旦距離を取って光子魚雷で消滅させましょう。彼のワード鉱石を海賊に持ち去られるのも癪ですし。それと、
私達はビスを消滅させ、船体を修復する為にリーファへと向かった。その途中、ルーシェは私に問いかけた。
『もしこの銀河に、僕と同型艦がまだ
「何隻残っている?」
『作戦前に試作艦二隻を含めた七隻が生産されたようです。試作艦は火力チェックの為に僕等が破壊しました。作戦に参加したのは僕とビスを含めて五隻。そのうち一隻は敵司令本部のリアクターコアに体当たりして消滅しましたから……』
「生きているなら……お前を含めなければ残り二隻か……」
『はい。あの戦いではそれぞれ単独の任務に就いていましたから……」
その作戦終了後、ルーシェは識別信号を自力で解除し、無我夢中でその宙域を離れた。
残りの仲間の安否は確認していなかったらしい。
『ええ。僕やビスのように、コネクターである人間の意識を取り込んでいれば、まだどこかで生きている可能性が高いです」
「とにかく、もうこんな戦いは勘弁してもらいたいな……私はただの運び屋なんだから。もう会わないことを……神様にでもお願いするか……」
私はキャプテンシートに体を預け、眠気に誘われるがまま瞳を閉じた。
もうあの嫌な夢を見ることも無いだろう。なぜか、そう思えた。
* * *
私達はヴァーネットフィールドを展開してステルス機能を発揮し、リーファ星でもっとも人口の少ない土地に降り立った。理由は私の居眠りを妨げるほどの、無数のタキオン通信を受信したからだ。この星を救った感謝の言葉だろうが、そんなもので有名人になるのは勘弁してもらいたい。
艦はビスのフォトンランスによって船体を抉られはした。しかし、バイオマテリアルを散布すると一時間程で完全に硬化し、リニアカノンをものともしない元の装甲に戻るらしい。宇宙空間でも修復可能らしいが、それならどうしてリーファに戻ったのだろうか。あのままこの宙域を離れても良かったのに……。
私とコイルは丘の上の広い草原に座り、ただ青い空を眺めて修復を待っていた。
「ねえジェシカ。どうして空は青いんだろうね」
「前に言っただろ? レイリー散乱で青く見えるだけだよ」
「じゃあさ……」
コイルは私の顔を覗き込み、優しく笑った。
「じゃあさ。どうして私達、リーファに戻ってきたんだと思う?」
「知るか。ルーシェが落ち着いて修復したかっただけじゃないの?」
その間もなく、小型無限潜航艇のエンジンが響いた。
追っ手か? 私は腰のブラスターガンに手をかけ、辺りを窺った。しかしコイルはゆっくりと立ち上がってお尻に付いた砂埃を払うと、ポシェットからハーモニカを取り出して陽気な曲を吹いた。それは下手糞で、でもマルスがあの時吹いていた曲に似ていた。その短い演奏を止め、私に言った。
「もう自分に嘘はつかないんじゃなかったの? ジェシカ」
着陸した小型無限潜航艇はライルのものだった。
カークとフレイアがそこから降り、私達に近づいてくる。
まったくルーシェの奴、変に気を回しやがって。
カークは私に少し笑いかけてから言った。
「済まなかったな。お前を騙すつもりは無かったんだが……」
「別にいいよ。私はただの運び屋だから、報酬分の仕事をこなしただけだよ。お姫様を救い出せ、っていう依頼なら受けてなかっただろうけどね」
フレイアは私に一礼するとお礼の言葉を並べてきたが、お上品過ぎてなんだかむず痒くなる。次はコイルに近寄り、両手で握手をしながら言った。
「ありがとう、コイルちゃん。あなたには感謝してもしきれない程です」
「感謝なんていいよ! 私はただ歪みを治しただけだから」
そうか、フレイアに何か違和感を覚えたけど、コイルはフレイアの目を治したのか。そういえばあの時、コイルはフレイアの目に手を当てていたな。ほんと、不思議な子だ。ひょっとしたらあの顎髭の捜査官、クリフも……。
いや、彼は死んだ。コイルが手をかざしたところで、手遅れだっただろう。
過剰な期待はしない方がいい……。
続いてメルが駆け寄ってきて、コイルに抱き着いた。
一瞬寂しい顔を見せたけど、すぐに明るい顔に戻ってコイルの尻尾を優しく掴んだ。
「メルちゃん! 尻尾は触らないでって約束したのに~! にゃ~ん!」
「だってもうお別れなんだから1回ぐらい触らせてよ~」
こうやって見ると、コイルが異能者だってことを忘れてしまうな……。
そういえばライルがいないな。
そう思いながら辺りを見ていると、再びカークに声を掛けられた。
「ライルは馬鹿正直だよな」
「そ、そうかな? ただのお調子者でお世辞だけの男の子でしょ?」
カークは私の頭に手を乗せ、一度クシャっと乱暴に髪を撫でてから優しい顔を見せた。
「何でもかんでも疑うなって言ったはずだぜ? 世の中には本心を曝け出して開き直らないと、恥ずかしさに押し潰されちまう奴もいる」
そう言うとカークはフレイアとメルを連れ、小型無限潜航艇へと戻ってしまった。
コイルは三人に手を振ると、軽く微笑みながら私の顔を覗き込んだ。
「誰か……待ってた?」
「べ、別に? 誰も?」
その時、小型無限潜航艇から声が聞こえた。
「別に俺はいいっての! 今更出て行ったら余計恥ずかしいだろうが!」
おいおい、丸聞こえなんだけど。
コイルはその声を聞くと、再びハーモニカを短く吹いて急いで艦へと向かった。
ライルはカークに押し出され、ばつ悪そうに私の元へ来て言った。
「よ、よう。一時はどうなることかと思ったぜ。あ、そうそう。ペイントの件なんだけどさ」
私は笑いを堪えた。まったく、こんな時にまでペイントの話?
嘘でも、もうちょっと私の心配をしてくれても良さそうなものだけどな。
ていうか、彼は噓をつけないんだったな。
しばらくそのキラキラした瞳を見つめながらペイントの話を聞き流すと、ライルはそっぽ向きながら私に言った。
「これからどうするんだ? 行く当てが無いならさ、しばらくこの星に居ればいいよ。船の操縦も教えてほしいしさ」
「ああ……」
私達はすぐにここを発って、ベルリウス星へ向かわなければならない。これでライルともお別れなんだと思うと、急に胸が苦しくなった。自分に正直になれというなら、もう少しここに居ても良い気がする。でも……。
「私達は先を急ぐから。このまま行くことにするよ」
「そうか……じゃ、じゃあまた来いよな!」
また来い、か。私には再びここへ来る理由が何もないんだ。
ここを離れたら、もう二度と来ることもないかもしれない。
ここへ来る理由。それが欲しかった。
私はライルのキャスケット帽を奪い取り、それを被って目線を合わせたまま、ゆっくりと離れた。手を後ろに組んで勿体ぶったようなリズミカルな足取りは、我ながらあざといと思った。でも私は……。
「今度来た時に返すから……この帽子、それまで貸しておいてよね」
「ああ。必ず返せよな。それは俺の大切なものだから。必ず返してくれるって、信じて待ってるからな!」
でも私は、十七才の女の子なんだ。
私は俯き、急いでタラップを駆け登って艦の中へと入った。通路を走り、キャプテンシートに座ってライルの帽子を深く被る。
汗臭い……でもこれが、男の子の匂いなのかな。
『ジェシカ艦長。コイルさんがトイレから戻ったらすぐ出航しますけどいいですか?』
「ああ……」
コイルが遅れて操舵室に入ってきて、私の顔を覗き込もうとした。
私は更に帽子を深く被る。こんな顔、誰にも見せられない。
「ジェシカ。良い出会いがあってよかったね!」
コイルは優しくそう言うと、サーチャーズシートに座った。
私は涙を拭いてからキャスケット帽を被りなおし、ルーシェに命じた。
「よし! この星を離れるぞ! 耐Gエーテル充填!」
『はいジェシカ艦長! あ、忘れてました……カークさんからテキストメールが届いてますよ。読み上げますか?』
「ったくなんだよ。話があるならさっき話せばよかっただろ。Vドライブ機関のオートチェックまで時間があるし……こちらのモニターに表示してくれ」
そこには短い謝罪の一文と、あの依頼をした理由が書かれていた。
カークは元々リーファの傭兵で、その頃からフレイアと良い仲だったらしい。
密会がバレてしまい、傭兵の契約を解除されて建築屋へと転身。その後も名前を偽ってコロニーに建物を建てる傍ら会いに行ったり、例の木のパズルを送って連絡を取り合っていた。
ある日を境に、コロニーに近づけないどころか木の玩具も届かなくなった。自分を拒否しているのか、はたまた内部で何かが起こっているかもしれないと考えたカークは、ちょうどそこに現れた私に依頼をしたというわけだ。傭兵で稼いだ金を全額突っ込んで。そして木のパズルには点字でこう書かれていた。
「もし何かのトラブルに巻き込まれているなら、そこにいるインターステラトランスポーターを頼ってほしい。その指輪は二人にとって大切なものだ。必ず、また俺の元へそれが戻ってくることを信じている」
木のパズルには点字でそう書いたらしい。
彼女の愛を試し、万が一のことを思って私を利用した。
まったく、手の込んだことしやがって。読んでるこっちが恥ずかしくなってくる。
――必ず返してくれるって、信じて待ってるからな!
待て待て。それってさっきの……さっきの私達みたいじゃない!
ひょっとして私は、すごく恥ずかしいことをしたんじゃ……。
「ジェシカ? なんか顔真っ赤だけど……おトイレなら我慢しない方がいいよ?」
『ジェシカ艦長? トイレに行くならヴォルテックス・ドライブの開始を遅らせましょうか?」
「う、うるさい! そ、そういえばカークのメールにこう書かれていたぞ? リーファの王族が惑星外逃亡をしてフレイアはそのままリーファに……」
「あーなんかごまかそうとしてる! なになに? なに照れてるの⁉」
『ジェシカ
宇宙は想像以上に過酷で冷たい。
過去も未来もすべて飲み込んでしまう、広く暗いだけの空間だ。
この先、私達にどんなことが待ち受けているのか。
ベルリウス星に着いたら、全てが解るのかもしれない。
「ヴォルテックス・ドライブ準備」
『準備完了!』
「ルーシェ。ヴォルテックス・ドライブの前にひとつ聞きたいことがあるんだけど」
『なんでしょう?』
「ライルのペイントってどこに入れたんだ? さっき外から艦を見た時、それらしいものがまったく無かったんだけど」
「それ私も知りたーい!」
『あー、あのタトゥーですか? ……恥ずかしくて言いたくありません!』
ヴォルテックス・ドライブのエンジンによる熱に反応し、そのマークが船体の左右に浮かび上がる仕組みになっている。それはちょうど翼を広げた時にしか見えない。
二匹の猫が駆け、クジラが空を飛ぶ、何ともユニークなイラスト。
そしてこの艦のコードネーム
私がそれに気づいたのは、次の星で依頼を果たした後のことだった。
【完】