「俺は探索者を人間を辞めた存在だと思っています」
今まで落ち着いた様子を見せていた津久見が初めて見せた棘のある言葉に小雛の内心は穏やかではなかった。
小雛としては、曽我部にいいようにやられて憎悪の念をその胸に抱くこと自体は理解はできるが、他の探索者も同類であるような言い方は納得のいくものではなかった。
納得できない、と表情を隠せずに露わにしてしまう。
しかしそんな小雛の様子に気付いていながらも、津久見の態度は変わらなかった。
「桜咲さん。失礼を承知でお聞きします。人間を辞めた事実をどう感じられていますか?」
「辞めてなんかいません!私は今も昔も人間です!」
小雛の怒声に一瞬、周囲の虫の音も消え行った。
勢いのまま立ち上がった小雛を、静かに見つめる津久見。
その表情には謝意も後悔もなければ、探索者が見せる覇気に怯える様子も見受けられない。
真剣な顔つきそのものだった。
「人間であるかどうかは、力の多寡で決まるものではないと、私は思っています」
「探索者のように常軌を逸した【スキル】と呼ばれる正体も分からない力を持っていてもですか?」
「それは……それでもそう、思っています」
「超常現象を自在に操るような化け物も?」
「……はい」
「空間すら超越して竜すらもねじ伏せるような存在でも───」
「マスターは化け物なんかじゃありません!!」
怒りを露わにした小雛から数羽の鳥が一斉に夜の木々から飛び立った。
想いの嵩が高いのか、小雛の息が少し荒い。
「マスターは確かに同じ探索者の私から見ても、でたらめに強いですけど、それでも人外扱いをされていい人じゃありません!」
「……」
津久見はなにも応えない。
小雛の言葉を待つように、ただ静かに小雛を見つめている。
小雛は無意識にそれに応えるように言葉の続きを紡ぐ。
「マスターは優しくて、いつも私を暖かく迎えてくれます。お話相手をしてくれるし、美味しいお茶も煎れてくれて……お茶菓子はいつもちょっとだけ年寄り臭いし、変な道具でいつも迷惑してるし、バク君から助けてくれないし、危険アイテム押し付けてきて常に命の危険に晒されてるけど───」
「………」
「───それでも私の命の恩人で、暖かく接してくれる優しい人なんです。そんな人を化け物のように言われるのはとても不快です!!」
「色々とツッコミたい所はあるけど……まぁ、仕方ないか」
そう言って津久見が勢いよく立ち上がった。
「桜咲さんすみませんでした!何度も失礼なことを言ってしまって……」
「え……あ、いや……私もなんだか恥ずかしいことを口にした気が……わ、忘れてください!」
顔を赤くした小雛がパタパタと手を振って羞恥心を誤魔化そうと必死になっていた。
「おかげで吹っ切れました。ありがとうございます。そうですよね……桜咲さんの言うように力の多寡や形で人間の枠組みを決めること自体が間違っているんですよね」
「わ、分かってくれたら嬉しいです」
急に元気になった津久見に戸惑う小雛だが、どうやら自分の言葉が彼に届いたのだと知り、少し嬉しくなる。
「それと、これは
「先輩?」
その言葉に引っかかりを覚えるも、言葉の続きを待つ。
「俺から見た桜咲さんは、争いを好むような、生き物を殺せるような方には見えません。どうして探索者で居続けられるんですか?」
「え……」
真剣な表情の彼のその言葉に小雛の思考が停止した。
魔物とは言え、いつから自分は生き物を殺して平気な人間になったんだろうか。
慣れのはずだ。
憧れから探索者になって、そして魔物を倒すにつれて、良心の呵責も……
(あれ?私っていつ魔物を倒すのに慣れたんだっけ?)
小雛は記憶を掘り返しても、自分が魔物の殺生に苦しんでいる姿など、ごく初めの時期以外に見つけられなかった。
気づけば魔物を殺すことが当たり前になっていたように思える。
「……探索者をやっていれば自然と慣れるもの……だと思います」
探索者として胸を誇っていいはずの事だ。
しかし、小雛の言葉に力はなかった。
「そうですよね。やっぱり慣れですよね」
「あ、はい……」
「桜咲さん。今日はありがとうございました。お蔭で俺は新しい世界に飛び込めそうです」
「新しい世界?」
「それでは、失礼します!」
そう言って津久見は走り去ってしまった。
心なしか、その足取りは初めよりも軽やかに見えた。
「なんだったんだろ。上手くアドバイスできたのかな?」
急な出会いと相談に困惑したものの、それでも誰かの役に立てたのだと感じることの出来た小雛の胸に少しの満足感が湧いて頬が緩んだ。
(マスターのことも分かってもらえたし……ちょっと恥ずかしいこといっちゃったかな……)
小雛は両手で頬を抑え、照れた様子を見せた。
そんな中、ハッと小雛は自分の犯した失態に気付いた。
最後の質問に気を持っていかれて失念してしまったのだ。
「マスターとの関係聞くの忘れてたぁぁあああ!!!」
なんの時間だったのかと小雛は嘆いた。
数日後、津久見