武器や防具、装飾品や用途の分からない物まで壁にびっしりと飾られている物々しい店内に、いつもの光景となった小雛の姿があった。
最近みるみる内に暗くなっていく彼女の様子に湊も心配している様子だ。
「最近元気ないね小雛ちゃん」
いつものように【DD】ショップに遊びに来ている小雛だが、ここ最近は特に元気がない。
未だに鎮火されることのないデマが原因であろうことは湊にも察しがついていた。
「アンチスレの伸びが酷くて……」
曽我部の誘いをガン無視し続けた結果、曽我部の追及は激しさを増し、動画の真偽や湊の正体などの話からも脱線し、遂には小雛個人への攻撃にまで事は発展していた。
男遊びをしているビッチなど援助交際など、果てには暴力事件を起こして金にものを言わせて隠蔽したなどのデマを流布されるまでに至ってるのだ。
もちろんどれもデタラメで、ソースも根拠もない嘘ばかり。
しかし、ネットの情報を鵜呑みにするバカはこの現代でも多く存在し、その炎上に乗っかって自分のストレスのはけ口にする輩が粘着するように延々と小雛の悪口を書きなぐる始末に流石の小雛でも堪えないわけもなかった。
最近では街中を歩いているだけで周囲からひそひそと自分の悪口を言われているような気さえするほどだ。
少なくとも確実に以前のように明るく声を掛けてくれる人は減った。
湊の迷惑アイテムに翻弄されても彼と縁を切らない優しい彼女であってもこれには流石に我慢の限界が近かった。
「それにお客さんがずっと来ないのも私のせい……ですし」
「どうして小雛ちゃんのせいになるのさ」
カウンターテーブル越しに、煎れたてのコーヒーを注いだマグカップをコトリとソーサーの上に置く湊が気遣わし気な声を小雛へとかける。
「それは……」
小雛は自分が曽我部の誘いを無視し続けているために、曽我部から執拗な攻撃を受けていると感じていた。
事実、それ以降デマの悪質性は日に日に増して行っている。
自分の誘いに乗らないならもっと苛烈に追い詰めるぞ。
曽我部にそう言われているような気持ちだった。
「心配しなくても、お客さんは少しづつだけど増えてきてるよ」
「え?来てるんですかお客さん?!」
「それなりに入口は増やしているからね。来ても不思議じゃないよ。元々の常連さんも噂の払拭に協力してくれているし、そのうち噂も落ち着くよ」
「そう……ですか。良かった」
ほっと胸を撫でおろす小雛の姿に湊が竜の仮面の下で微笑む。
どうやらいくらか安心感を与えられたようだと安堵したのだ。
「でも、小雛ちゃんの方のデマは看過できないね」
素顔も所在も知られていない湊に悪評の影響はほとんどない。
しかし、素顔も知られており、普通に街中を歩くこともある彼女にとって流布されているデマは生活に支障を与えるレベルで害悪だ。
「店の宣伝に貢献してくれた小雛ちゃんを守る義務が僕にはあると思うんだ」
「そんな……守るだなんて」
湊の言葉に乙女全開な小雛は、こんな状況も悪くないかもとすら思い始めていた。
強い女だ。
「でも私も自分の事ですから、私にできることがあったらなんでも言ってください!二人でこの困難を乗り越えましょう!」
頑張りましょう!と意気込む小雛。
小雛ももう大人だ。
例え炎上という経験したことのない災難でも自分の力で乗り越えなければならないと小雛は考えている。
他人に頼ってばかりで事の解決を待つだけの大人にはなりたくなかった。
苦しい状況でも湊となら頑張れるという気持ちが小雛にはあった。
「小雛ちゃん!!」
「ひゃっ、ひゃい!」
感激した様子の湊に両手をがしっと握られた小雛の顔がきゅーっと蒸気を吹き出すほどに真っ赤になった。
「よく言った!小雛ちゃん!僕は嬉しいよ。小雛ちゃんが乗り気になってくれて。今回の事を解決するための道具の実験をどうしようかと考えていたところなんだ!」
「え?実験?」
サー。
頭のてっぺんまで赤かった顔色が瞬時に引いていく。
顔色は今や正反対だ。
視界の端でそわそわしている縄がちらついた。
しまった、と小雛は自分の言葉が失言であったとことに今更ながら気付く。
小雛はどうやって自分の言葉を撤回しようかと考えたが、撤回するのはあまりに情けないし、それ以上に自分も頑張るという気持ちは当然ながら揺るぐものではない。
ならばと、自分が助かる方法を脳内で模索するが、少年のように喜ぶ湊を前に思考が上手く巡らない。
握られている体温の高い手が何より思考の邪魔をしていた。
「うぅ……い、いや私はそのーぅ」
「さぁさぁ!常連さんが来る前に色々と試して行こう!!」
ノリノリの湊の異空間から何かを取り出そうとそう言葉にした瞬間、小雛は───それだ!───と食いついた。
「マスター!自分で言うのもあれですが!私はこのお店の常連です。もっと大切に扱われるべきだと私は主張します!!」
ろくでもない副作用ばかりの人体実験などもうこりごりだ。
カメラが無いとは言え、それでも気になっている人の前で尊厳がぶち殺されるところなんて見せたくなどなかった。
だから小雛は他の常連さんのように自分もお客として大切に扱われるべきだとそう主張したのだ。
(決まった)
小雛は自分の中に手応えのようなものを感じてガッツポーズを決めた。
「小雛ちゃん」
優しくて柔らかい、包み込まれるようなそんな声と共に、ぽんっと肩に手が置かれた。
薄暗い店内の雰囲気が小雛のムードを盛り上げる。
がっかりしている縄など既に眼中にはなかった。
「ますたー」
分かってくれた。
そう思った小雛の目尻に感動で涙が溜まる。
「小雛ちゃんは確かに毎日のようにうちに来てくれてるね。こんなおじさんとも仲良く話してくれて、僕の生活は彩のあるものに一変したよ。それも君のお蔭だ」
「ますたー……!」
彼の顔が近い(お面)
息のかかるようなそんな距離で紡がれた優しい言葉と感謝の言葉に小雛の胸が高まった。
それはまるでラブシーンのようで乙女全開の小雛にとって垂涎の展開とも言えるもの。
(も、も、も、もしかして───こ、告白もある!?)
もう片方の肩にも手が置かれ、二人の距離はより近くなる。
「あ……」
自然と目を瞑る小雛。
心はもう湊を受け入れていた。
「でもね?小雛ちゃん……もう気付いてる?──────」
(気付いてます。マスターの気持ち……私も)
「──────小雛ちゃん、うちで一度も買い物してないよね?」
「…………………………………………あ」
「それじゃあ、常連さんとは言えないね♪」
ウキウキと異空間をまさぐり始める湊。
小雛は自分の退路が断たれた事を知った。
「告白じゃなかったぁぁぁあああああああ!!!」
「酷薄だなんて、僕はそんな酷い人間じゃないつもりなんだけどな」
「いやぁぁああああああああああああ!!!!」
この後滅茶苦茶実験した。