「なんで連絡寄越してこねぇんだよあの女!!」
自分の思い通りにいかないことに苛立った曽我部が怒りに任せて壁を殴った。
激しい音と共に一部の壁が崩れるが、ダンジョンの壁は外の建物とは強度が違い、大きく崩れることはなかった。
しかしダンジョン内に大きく響き渡った音によって魔物の気配がぞろぞろと自分の下へと集まり出していることに曽我部は気付く。
ダンジョン用のスマートフォンの画面を見て悪態をついた。
彼女──────桜咲小雛にDMを送ってもう既に一週間以上が経っている。
迷っているだとか、気付いていないとかではない。
これは完全に無視だ。
それに気付いた曽我部は彼女にプレッシャーを掛けるようにネットに隅に書かれていたような嘘か本当かもわからない噂を赤竜事件の真偽の追及と共に合わせて流した。
徐々に彼女の首を絞めるような噂を数万人の視聴者の前に出し続けたが、それでも彼女からの連絡は終ぞなかった。
痺れを切らした曽我部は遂に自作の捏造情報まで用意して流布したが、それでも彼女を釣ることができず、こうして行き場のない怒りをダンジョンで発散させていた。
魔物の蔓延るダンジョンに於いて、無暗矢鱈に物音を立てる行為は決して褒められた行為ではない。
しかしそれでも今の曽我部にとってはそれも都合の良い展開だった。
なにせここは曽我部の適性階層から大きく離れた第五階層。
豚鬼(オーク)すら出ない簡単な階層だからだ。
溜まったストレスの発散にはちょうどいい。
集まってくる白毛狼(ホワイトウルフ)と大蜘蛛(ビッグスパイダー)を力任せに斬り殺していく。
曽我部の
剣を振るう一般的な職業だ。
しかし中級探索者ともなればその力は凄まじく、そこいらの剣士と比べても全てのパラメーターが水準を大きく上回っている。
この程度の階層ならばスキルを使うまでもなく、雑な剣の一振りで白毛狼も大蜘蛛も軽々と塵に還すことが曽我部には可能だった。
中級探索者にとって、稼ぎとしても経験値稼ぎとしても旨味のない、ただの八つ当たりにも等しい生産性のない行動だった。
「【ハードスラッシュ】!【ハードスラッシュ】!【ハードスラッシュ】!【ハードスラッシュ】!【ハードスラッシュ】!」
スキルを使わずともなで斬りにできる相手に、全力でスキルを連発する。
白毛狼を叩き斬っても力の余りある剣が床を砕く。
払った剣は大蜘蛛を一線し、その後ろの壁に触れた切っ先が甲高い金属音を上げる。
スキルを発動する際に必要な言葉───トリガーワードも怒声のように発されているため、曽我部の周囲にはさらに魔物が集まってくる。
周囲に集まる魔物の数が優に十を上回っても曽我部の表情に焦りは見られない。
五階層相当も格下の魔物相手に囲まれても探索者にとって怖いものは全くない。
それほどまでに力の差が隔絶しているのだ。
このままでは無限に敵が集まって来そうだが、自分の速力を知る曽我部はこの群れを突っ切って戦闘から離脱することもできた。
好きな数倒して好きな時に離脱する。
随分と勝手の効いた行動だが、当然弊害がないわけではない。
「今日はこの辺りでいいか」
薄暗いダンジョンの中、魔物が息絶え、淡い光へと消えていくこの瞬間が、曽我部にとって一番のダンジョン内での楽しみだった。
「っぱ雑魚相手に無双するのが一番楽しいな─────よっと」
散っていく光よりもなお多い魔物に囲まれた状況の中、大きくジャンプして曽我部は魔物の群れを飛び越えた。
満足した曽我部は魔物との戦闘から簡単に離脱。
桜咲小雛をどう手籠めにするかと思考を移してそのままその場所を後にした。
─────うわっ、なんでこんなに魔物が集まってるんだよ!
─────この数は無理だ!退却!
─────いや!糸が足に絡まってっ、待って!置いていかないで!
─────くそ!なんでこんなことに……あ
五階層の魔物は普通の探索者にとっては決して弱いと言える魔物ではない。
たとえ五階層を狩場とするパーティーであっても、数的不利に陥れば命はない。
既に走り去ってしまった曽我部に彼ら、彼女らの断末魔は届かない。
今日この日、一人の探索者の浅慮な行いによって一つもパーティーがダンジョン内にて消息を絶った。
しかし、これもダンジョンではよくある話。
ロクな調査も行われず、死んだ原因も暴かれることはない。
故に、この件が曽我部明人を咎めることはないだろう。
曽我部はこういったことを日頃から続けていた。
背後で起きる悲劇に気付かぬまま、五階層を抜けようとしていた曽我部の下に一通のメッセージが届いた
差出人の名前を見て曽我部が笑う。
機嫌を良くした男が鼻歌混じりにダンジョンを後にした。
◆
翌日、ギルドのフロントに曽我部は訪れていた。
周囲からやっかみや憎しみの目を向けられながらもそれらを意に介さない曽我部の足取りは重いどころか軽やかだった。
にやにやとした気持ちの悪い笑みを浮かべながら、曽我部とは違った視線を一身に集める一凛の花に目を奪われた。
小さな顔に整った目鼻を揃えた色白の美女。
日本人離れしたプロポーションは男たちの目をくぎ付けにするほどに煽情的だ。
切った張ったの野蛮な探索者のイメージからかけ離れた妖精のような相貌の彼女は、今まさに曽我部が求めて止まない時の人。
容姿だけでなく、探索者の才能にも恵まれた彼女の名前は桜咲小雛。
異例の事件に巻き込まれ、それを配信に乗せたことによって一躍世界的な有名人へと駆けあがった彼女こそが曽我部の約束の相手。
昨日、帰りがけにメッセージを送ってきた相手だった。
「お待たせ。小雛ちゃん」
「……」
わざと周囲にも聞こえるように発した声に、フロントの中がざわついた。
周りに親し気であることをアピールするためにため口かつ下の名で。
周囲の男たちの嫉妬に満ちた視線に気持ちよくなった曽我部が、周りを見渡して勝ち誇った顔を見せつけた。
ダンジョンに咲く大輪の花を手中に収めたことをアピールするかのように。
「第十階層だっけ?行こうか小雛」
「はい」
淡白なやりとりだけして先に行こうとする小雛の腰にさりげなく手を回そうとするが、華麗に避けられてしまい、広げた手が遊んでしまう。
手持無沙汰になった手を何事もなかったようにゆっくりと下ろして彼女の後に続いた。
今日は彼女からのお誘いだ。
いきなり外でのデートとはいかなかったが、堅物であろう彼女のことだ。
こういった馴れ初めも乙なものだ、と曽我部はダンジョンデートのつもりでいた。