「見つけた!!」
小雛の前にようやく現れた【DD】ショップの入口。
苦労して見つけることのできたその木製の扉に小雛が心から安堵の息を吐いた。
小雛はまさか普通の手段で入口を見つけるのがこんなに大変だなんて思いもしなかった。
湊から貰ったこのウサギのブローチがこんなにも便利なものだったなんてと、小雛は改めて感謝したい気持ちになる。
(でもこれ持ってることがバレたら殺されるかもしれないんだった……)
小雛は自分の髪を止める頭のブローチに手を当てて複雑な気持ちに陥った。
「ちょ、速いってっ、ぜぇぜぇ……小雛ちゃん……っ」
小雛の後にかなり遅れて追いついた曽我部が膝に手をついて呼吸が整うのを待っている。
「見つけましたよ。曽我部さん」
「え?見つけたって……は?マジ?」
まだ息が荒い中、その言葉に曽我部が顔を上げ、その扉を視界に認めた。
「……マジで、あんのかよ」
呆気に取られる曽我部の顔に次第に焦りの色が浮かび上がってくるのが小雛にも見て取れた。
────ざまぁ!
────嘘な訳ねぇだろボケ
────嘘つきはどっちなんすかねぇwww
────謝れよ
────デマをたらたらと流しやがって
────謝・罪・謝・罪・謝・罪!
形勢逆転で大盛り上がりを見せるコメント欄に曽我部が悪態をつく。
「ちっ……扉が見つかっただけでまだ全部が真実だって証明にはならないだろ」
────往生際悪くて草
────だったらさっさと入れカス
────マスター久しぶり見れるの!?
────ひょっとこが待ち遠しい
「ここを通ればマスターの居るお店に入ることが出来ます」
小雛が扉を開けた先は、渦巻くような異空間が広がっている。
それはまさに非日常の光景。
ダンジョンと言うファンタジーに慣れた現代人であっても見慣れぬ空想のような現実だった。
一足先に小雛が怖気づくこともなくその異空間へと足を踏み入れた。
「ちょっ、まっ────────」
後ろから叫ばれた制止の声を振り切って。
◆
「やぁ、いらっしゃい小雛ちゃん」
「ますたぁぁぁぁあああっ!」
お店の中へと入った瞬間に聞こえる湊のその落ち着いた声に、小雛が半べそを掻いて駆け寄った。
「あらら、どうしたのさ小雛ちゃん。そんなに泣いて」
「罰ゲームで好きでもない人とデートに行かされるところでしたぁあ」
「それは良くないねぇ。相手の気持ちは慮ってあげないと」
────マスターだ!!
────久しぶりにきた【変態仮面】!
────ええ声やなぁ
────きゃああああ!マスタァァアアア!!抱いて!!
配信上での登場は久しぶりである湊は小雛の視聴者たちから熱烈な歓迎を受けていた.
久しぶりの七不思議の一角、【変態仮面】の登場にコメント欄が狂喜乱舞に包まれた。
しかし、その一方で違和感に気付いた者たちが不満を口にした。
────誰だこいつ
────竜の仮面?
────ひょっとこは?
────おい!仮面間違ってるだろ!?なんでそんなかっこつけた仮面してんだよ!
────アンチになります
仮面がひょっとこから竜の仮面に変わっていることに一部の視聴者がかなりご立腹の様子だった。
なにが彼らをそんなに駆り立てるのか、小雛には分からなかったがこのことは湊に伝えない方がいいだろうと考えた小雛はそのことを黙っていることにした。
「────なん、だよこれ。なんでこんな所に出るんだよ……」
小雛が入ってから遅れること数十秒。
やっと曽我部が店内へと入ってきた。
「いらっしゃい曽我部君。君のことはいろいろと聞いているよ。随分とやんちゃしているみたいだね?」
「【変態仮面】!?……誰だお前。ひょっとこの変態以外は知らねぇぞ」
自分の店を悪く言われながらも大人の対応を見せていた湊だったが、曽我部の恐れ知らずの言葉に(#^ω^)ピキピキと表情筋を強張らせた。
しかし、ここでキレるのは頂けない。
これからたくさんのお客さんを迎え入れようと考えている最初の段階で怖いイメージを持たれるのを避けたいと考えているからだ。
「あの……もう遅いかと思いますけど」
そんなこと考えてるんだろうな、となんとなしに察した小雛がそう言った。
「……ごめんね。いつもはこのお面なんだけど、あの時はたまたまあの仮面だったんだ。これからはこっちのお面で僕を覚えてくれると嬉しいかな」
────嫌です
────日和ってんじゃねぇぞ!
────ひょっとこに戻せ!
────そのお面もカッコいいけど面白くはないです
散々な言われようであるコメント欄は幸いなことに彼の目には届いていない。
これをそのまま湊に伝えるとショックを受けそうだ。
「ところで曽我部君。これで僕たちが嘘を吐いていないってことは理解できただろ?これまでの発言を撤回してくれると僕としては助かるんだけど」
「……あ、いや……」
まさか実際に自分がここに来るとは露にも考えていなかった曽我部はしどろもどろになった。
「まぁ、いいや。僕は実際のところ君に感謝しているんだ、曽我部君」
「マスター?」
追及を強めるどころか、逆に感謝を伝える湊が小雛にとっては不思議でならなかった。
それは曽我部としても同感の様子で、警戒心を強めているのが分かる。
「君のお蔭で
「は?……何言ってんだ?」
言われた事にまるで心当たりのない曽我部が怪訝に首を傾げた。
「どういうことですか?マスター」
小雛としても湊がなにを言っているのかを理解できない。
曽我部をここに連れてくるように言ったのは湊だったが、連れてきてなにをするかまでは小雛は教えられていなかった。
それがまさか彼の口から曽我部に対して感謝という言葉が出るとは露ほどにも考えていなかった小雛は信じられないという思いが強く顔に出てしまう。
「こういう事だよ」
そう言って湊がパチンッと指を鳴らすと、扉が開かれる。
入口とは違う別の扉。
いつの間にか現れていたその扉が開き、中から人影が現れた。
中肉中背の湊よりやや背の高い男性のシルエットが次第にその姿を露わにする。
「うそ……どうして」
「は?なんでこいつが……?ここはダンジョンの中だろう!?」
中から現れた人物────元・プロボクサー津久見