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第31話 ゲーム

 ────この人ボクシングの人だよね?


 ────ついこの間引退会見テレビでやってた


 ────一般人でしょ?


 ────探索者になったの?


 ────まさか、本人が探索者にはなれなかったって昔に語ってる


 ────じゃあなんで?


 予想外の人物の登場に混乱する視聴者たち。


 小雛も彼が来ることを聞かされておらず、曽我部と同じように困惑を浮かべていた。

 「みな────マスターお久しぶりです」


 「覚悟を決めたみたいだね」


 「はい」


 「あ、あのっマスター、これって……」


 顏馴染みを思わせる二人のやり取りに小雛が口を挟む。


 確かに以前、湊との関係を匂わせていたが、まさかダンジョンの中にある筈のこのマスターの店に来るとは思いも寄らない展開だった。


 「ごめんね小雛ちゃん。はじめくんが協力してくれるようになったのはここ最近の話だからまだ小雛ちゃんに伝えられてなかったんだよね」


 「そ、そうなんですね……」


 事の経緯よりも両者の関係性の方が小雛個人的には気になったのだが、なんとなくこの場に聞けるような雰囲気ではなかった。


 それはマスターの近くで怖い顔をしている一がいるからだろうか。


 まるで戦場に降り立った兵士のような顔つきだと、小雛は感じ取った。


 覚悟が違う。


 そういう印象だった。


 「曽我部くん。どうかな?一緒にゲームでもしないかい?」


 「は?ゲーム?」


 湊の提案に怪訝な表情を浮かべる曽我部に淡々と湊が続けた。


 「そう、ゲーム。君たち探索者にとってはとても簡単なゲームだよ。なんせいつも通りのことをすればいいんだから」


 「あ?一体どういうことだよ」


 状況をまるで呑み込めていない曽我部の不機嫌な言葉に、湊が沈黙で返した。


 俯き、竜の仮面越しに右目を抑えた湊が頭を上げる。


 やおらに持ち上げられた面、その奥が微かに光っているようにも小雛の目には映って見えた。


「今日はとりあえず、臨時休業といこうか」


 「え?」


 小雛がその言葉の意味を理解する前に、暗闇が落ちた。


 それは一瞬のことで、すぐに視界に光が戻る。


 そして光を取り戻した小雛たちが驚愕する。


 「こ、ここどこですか!?マスター!」


 「さっきまで店の中にいたはずじゃ!?」


 二人が驚くのも不思議はない。


 なぜならば、今四人が立っている場所はレンガ造りの迷宮の中。


 ダンジョンのような場所であったからだ。


 ────うそん


 ────は?ナニコレ


 ────転移?


 ────うそ……これって……


 「ここは僕が創った特殊な空間だよ。仮設ダンジョンとでも呼べばいいかな?」


 「仮設……ダンジョン?」


 「ダンジョンじゃないんですか?」


 小雛の感覚ではここは東京ダンジョンの上層と同じような見た目をしている。


 第一階層から第六階層辺りのどこかに飛ばされたと考えた方が自然だった。


 ────なんだよ仮設ダンジョンって


 ────え?創ったって言った?え?創ったって言ったの?


 ────まじでCGって言われた方が納得いくんだが……


 ────【悲報】潔白を証明する度に捏造を疑われる【変態仮面】


 ────誰かこれが壮大なドッキリだと言ってくれ


 ────接続者コネクターどころじゃなくてこれってまさか保有者ホルダー……?え?マジ?


 あまりの出来事に信じられない視聴者たちがむしろ疑い始める結果となっているが、余裕のない小雛もまたそれらのコメント欄に目を通す余裕がなかった。


 「そこだと弱い魔物しかいないからね。都合が悪いんだ」


 「都合……?」


 「曽我部くん。これで僕が空間系のスキルみたいなことができるっていう証明にはなったよね?」


 「……」


 目も前でこうも付きつけられれば流石の曽我部もぐうの音も出せない。


 それどころか、今は竜の仮面を被る男の規格外な能力を前に、怯える様子すら晒している。


 しかし、小雛の脇に浮くカメラを視界に留めて、曽我部は虚勢を張った。


 「げ、ゲームってなにをすりゃいいんだよ」


 震える声をどうにか抑えて思い出せる範囲で湊の言葉へと聞き返す。


 湊の直前の言葉は、取り乱していた曽我部の耳には届いていなかったようだ。


 薄暗いダンジョンの中、湊が説明を始める。


 「この仮説ダンジョンの中には五階層から十二階層レベルの魔物がちらほら歩き回ってる。魔物の強さに応じてポイントを設定して、最終的にポイントの多い方が勝ちって事にしよう」


 「競争しようって?なんのために……俺になんの得もないだろう!」


 「そうだなぁ。曽我部君が勝ったら僕の造った武器を一つ上げるよ。小雛ちゃんの持つ武器にちょっと憧れてたでしょ?」


 「そ、それは……」


 図星を突かれた曽我部が言葉を濁す。


 「相手は誰だよ。まさかあんたってわけじゃないよな。言っとくけど小雛ちゃんが相手だったら俺は降りる。勝ち目が無いからな」


 潔く小雛との力の差を認める曽我部。


 しかし実際は得物の差としか認識していない。


 「相手はこの子だよ」


 そう言って湊が背中を押したのはこの状況でも狼狽えることのなかった津久見であった。


 「は?そいつと?冗談だろ。ただの一般人が魔物と戦うって?」


 「マスターの言う通り。相手は俺だ」


 「お前マジで言ってんの?俺に負けたあと引退宣言したって聞いてメンタル折れたのかと思って笑ってたけど、こんな自殺の仕方選ばなくいいだろ」


 腹を抱えて笑う曽我部。


 そんな挑発を受けても津久見は表情を一貫して変えない。


 「彼の力はこちらでいくらか補わせてもらうよ」


 そう言って湊が異空間から取り出した指輪を津久見へと渡した。


 「え?マスターそれって……」


 「これはある程度身体能力を上げてくれるアクセサリーなんだ。とはいっても、三階層、良くて四階層到達程度の身体能力しか得られないんだけど。もちろん【スキル】なんてものもない」


 小雛の口にシーと人差し指を当てて、続ける湊。


 顔を赤くした小雛に曽我部がムッとしながら答える。


 「能力強化ってそれだけでもかなりレア……いや、それでもその程度しかないなら俺が断然有利なことにはかわりないと思うけど?」


 「それはやってみなくちゃ分からないさ。ねぇ?はじめ君」


 「はい、マスター」


 勝てると思っていそうな津久見の顔に曽我部が不機嫌に地面を踏みつける。


 「くっそ偉そうに。分かった、やろうじゃねぇかよ」


 にやりと仮面の下で湊が笑う。


 「小雛ちゃん俺が勝つところ見届けてくれよ。そして俺が勝ったらデートしてくれ」


 「いやです」


 まさか断られるとは思っていなかった曽我部が思わずたじろいだ。


 「はいはい。早く始めよう。因みに撃破の確認は小雛ちゃんが持ってるのと同じ自動追尾型のカメラによって送られてくる映像で行う。はじめ君、準備は良いよね?」


 「ウォーミングアップは済んでます」


 「流石だね。それじゃ始めようか。魔物のポイントは階層×1ポイントでポイントの多い方が勝ち。制限時間はこれより一時間。じゃあはじめ!」


 二つの丸い形のカメラを二人に放り投げると共に湊が号令を出す。


 その号令の直後に津久見がロケットスタートを決めて駆けだした。


 「はー、だっる……」


 対照的に気怠そうに足を踏み出した曽我部が小さくなっていく津久見を馬鹿にしたように眺めながらゆっくりとした足取りで歩いて行った。


 「マスターなんでこんなことを?」


 湊自身の潔白は、最初の邂逅を持ってその殆どを証明していたはずだ。


 曽我部の様子を見るに湊との力の差は本能的に理解しているようにも見えた。


 もう画面の向こうの人間は湊と【DD】ショップに対する疑念など殆どもっていない筈だ。


 「あの子は昔からの友人の子なんだ。だけどあの曽我部って子に負けてから酷く落ち込んでいてね。元気づけるためにはやっぱり復讐リベンジが一番だと思うからこの機会を設けたんだ。まぁ、おじさんの老婆心ってところさ」


 「でも……勝てなきゃあの人。それにあの指輪は」


 「大丈夫、問題ないよ。あの子は一歩を踏み出した。もう止まれない」


 「それってどういう……」


 それ以降なにも応えない湊に、津久見の身を案じる小雛。


 戦いの結果は一時間後に現れる。



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