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第32話 大番狂わせ

 急ぐ様子のない曽我部が目についた魔物の品定めをしていた。


 「ゴブリンは確か三階層だったか?ポイントとしても全然美味しくないな。ムシムシ。もっと美味しい敵出て来いよ」


 歩いた限り、このダンジョンはそこそこ広い。


 各階層の魔物を内包しているというだけはある。


 津久見とかいう男の身体能力はおよそ三階層レベルだとあのうさんくさい男は言っていた。


 そのくらいの身体能力が妥当なのは津久見の走る姿を見た時に感じた。


 つまり奴は今自分が見逃した小醜鬼ゴブリン程度の力しかないということになる。

 精精倒せてもそのくらいの相手のみだろう。


 頑張って一度に3ポイントしか手に入らないあの男に自分が負けるとは全く思っていない。


 曽我部は十階層に出てくるガーゴイルを一匹見つけてニヤリを笑った。


 二体も出られると苦戦するが、一体のみなら初撃でスキルを叩きこんで断然優位に立ちあえる。


 手に入るポイントは一体で10ポイント。


 あの男の三倍以上だ。


 「吠え面掻かせてやるぜ」


 あの自信と覚悟に満ちた気に入らない顔を思い出して嗜虐心を丸出しにする曽我部がガーゴイルへとスキルを放った。


 ◆


 ガーゴイル二体、豚鬼オーク四体、大醜鬼ホブゴブリン五体。


 合計74ポイントがこの一時間で曽我部の稼いだポイントだった。


 「大鬼オーガも狙いたかったけど、無茶する必要もないしな。こんだけあれば余裕だろ」


 余裕綽々の素振りを見せる曽我部。


 事実、ただのゴブリンなら25体も倒さなければ抜かすことのできないポイントだ。


 ゆっくり戦ったつもりだったが、これでもやりすぎたかもしれないと曽我部は考えた。


 スパーリングを思い出して、負けるはずがないと思う曽我部が湊たちのところへと戻ってきた。


 「まだ少し時間があるけどいいの?最後までポイント稼がなくて」


 曽我部はだるそうにスマホの時間を確認するが、湊のいうように決められて時間が残り数分程度残っていた。


 「十分稼いだし、ただの時間前行動だよ。俺の勝ちなんて最初から決まってんだし、最後まで必死になるほうがかっこ悪いだろ」


 「僕はみっともなくても、最後まであがく人間の方がかっこよく思うけどな。小雛ちゃんはどう思う?」


 「私のマスターの言う事に同感です。それに、余裕を持つのと相手を嘗めてかかるのは別問題だと思います」


 「ちっ、さっきからさぁ小雛ちゃんちょっと俺のこと嘗めてない?隣にそいつがいるからって気が大きくなってるよね?」


 「そ、そんなことはないですっ」


 ちらっ、と横を見る小雛の顔が曽我部の癇に障る。


 「ビッチらしく男の顔色伺ってんのか?そうやって男に媚びて色々貢がせてんだろ。その腰の小刀もどうせその男を色香に掛けた貢物だろどうせ」


 態度の変わった小雛に業を煮やした曽我部がネットに蔓延る小雛のデマを引き合いに出して中傷を口にした。


 「わ、私はビッチなんかじゃないです!ち、違いますからねマスター!」


 「え?うん。信じてるよ」


 割とどうでも良さそうな湊の反応にショックで固まる小雛の様が気に入らない曽我部が目を逸らして舌打ちを打った。


 「お、はじめくんも戻ってきたようだね」


 「時間は大丈夫ですか?」


 「ギリギリだけど大丈夫。ほぼぴったりだ」


 制限時間ギリギリに戻ってきた津久見は全身にびっしょりと汗を掻いていた。


 身体も全身傷だらけで、服に血が滲んでおり、打撲の跡もくっきりと残っているほどに痛々しい姿であった。


 しかし、顔にだけは傷は見られなかった。


 「はっ。随分と満身創痍じゃないか。ゴブリン相手に苦戦でもしたか?」


 津久見の姿を見て大きく笑う曽我部が勝負の結果を催促した。


 「もう結果なんて分かり切ってるだろ。早く終わらせて俺にあんたの武器をさっさと譲ってくれよ」


 「そうだね。結果発表といこうか。じゃあ最初に戻ってきた曽我部君から────ガーゴイル二体、豚鬼オークが四体、大醜鬼ホブゴブリンが六体で、ええと、凄いね、合計80ポイントだ。大健闘と言ってもいいんじゃないかな」


 「大醜鬼六体?五体じゃなくて?」


 「そうだよ。君が戦いの途中で敵が多くなって逃げた際に、直前まで戦ってた大醜鬼が出血死したんだ。だからそれもカウントした結果だ」


 「ラッキー。こりゃ勝ったな」


 「実際かなり健闘したと思うよ。純粋な能力だけで言えばもう少し上の階層で戦うこともできるんじゃないかな?凄いね、上級探索者もすぐそこかもしれないよ」


 「は、当然だな」


 勝ち誇った顔を傷だらけの男に向ける。


 しかし、その顔には色濃い疲労は伺えど、負けを悔しがるような悲壮感は全く見られなかった。


 (自分のポイントを数える余裕もなかったのか?)


 必死に戦っても現実を直視できていない男を哀れに思いながらも、余裕の面持ちで湊の言葉を曽我部は待った。


 「それじゃ、次ははじめ君だね。うんうん、お、凄い数だな────小醜鬼が全部で10体────」


 「10体?それじゃ全然足りないって。もっと狩ってるものかと思ったけど全然じゃん」


 自分の勝ちを確信した曽我部が津久見のその体たらくに腹を抱えて笑っていた。


 しかし、湊の結果発表はそこで終わらない。


 「─────大醜鬼が四体、豚鬼が三体」


 「は?」


 「そして最後に大鬼(オーガ)が一体」


 「ちょ────まてよ」


 「合計────84ポイント。見事はじめ君の勝利だ!」


 「シャァッ!」


 ガッツポーズを決めて喜ぶ津久見とは対照的に曽我部が呆然と立ちすくむ。


 ようやく結果を理解した曽我部が我を取り戻し激高を見せる。


 「不正だ!!」


 声のひっくり返りな怒声が張り裂けんばかりに響き渡った。


 「あり得ないだろう!?そいつは探索者にも慣れなかった一般人だぞ!!そんな敵を倒せるわけがない!大鬼だって!?俺でも難しい相手だぞ!?ど素人がどうやって大鬼に勝てるって言うんだ!」


 「映像も残ってるけど見るかい?」


 怒るでもなく呆れるでもなく、ただ淡々とした湊の声が、曽我部にとって少し不気味だった。


 湊の言う通りにその映像を見てしまうと現実が確定してしまいそうで、逃れられない何かに捕まってしまいそうで、曽我部は湊が差しだしてきたタブレットを払い落した。


 「そんな映像も不正に決まってるだろ!?捏造だ!お前たちのお得意の捏造に決まってる!?お前らだっておかしいと思うだろ!!?」


 曽我部が意見をぶつけたのは小雛の小脇に浮遊するカメラ。


 画面の向こうの視聴者たちであった。


 ────さすがに信じられない


 ────俺たちも映像見てないからなぁ


 ────普通に考えてあり得ないけど、どうなんだろ


 ────マスターたちに関する事はもうなにも分からん


 ────マスターみたいなのみいるんだしそれもあり得るんじゃね?(感覚麻痺)


 「み、みんな……」


 自分のスクリーングラスの機能をオンにしてコメント確認する曽我部はその反応に満足した様子で勝ち誇る。


 「ほら見ろ!お前の視聴者ですら疑いの目で見てる!お前たちはみんな詐欺師だ!」


 「曽我部!お前!」


 負けを認めない曽我部に苛立ちを爆発させた津久見が初めて曽我部へと食いついた。


 「まぁまぁ、落ち着いてはじめ君」


 「でもっ」


 詐欺師呼ばわりに何も言わない湊に納得のいかない様子の津久見の肩に手を置いて落ち着かせる湊が曽我部へと振り向いた。


 「それなら今ここで試してみればいいじゃないか曽我部君」


 「は?……なにを」


 「はじめ君の強さをさ」


 その言葉に津久見が目を見開き、直後、その目が据わる。


 「たらたらと男が文句を垂れてもみっともない。それなら男同士、拳で語り合えばいいじゃないか、そう思うだろ?────はじめ君」


 「はい!もちろんです!」


 津久見が両拳を打ち鳴らしてやる気を見せた。


 「さぁお前も漢を見せろよ」


 その言葉は曽我部へ向けて湊から発せられたものだった。


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