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第33話 タイマン直前

 ────津久見が曽我部にリベンジマッチか。津久見に勝ち目ってあるの?教えてエロい人


 ────身体能力が三階層程度ってことは新人を抜けたばかりの下級探索者レベルってことだからそれを考えると普通に勝ち目はない。けど曽我部の視界の隅で小雛ちゃんがパンチラでもしてくれればチャンスの芽は生まれるだろうな


 ────ちゃんとエロい人で安心した


 ────どんな顔して文字打ってんだよこいつ


 ────真面目ぶった文面で煩悩垂れ流しなの笑えるwww


 ────いけ!!はじめんの勝利は君のパンツにかかってる!!


 ────あ、小雛ちゃんがゴミを見るような目をしてる


 ────謝っとけ


 ────あ、俺はなにも言ってないんで


 ────そんな顔もできるんだ


 ────ゾクゾクする


 (私の視聴者ってなんでこんな人ばっかりなんだろ)


 大真面目な雰囲気の中、たった一つのコメントのせいでわらわらと湧いてくる変態たちに小雛がげんなりとした表情を浮かべた。


 しかし、コメント欄から視線を離せばその目に入ってくるのは真剣な顔つきをした男が三人。


 うち一人は仮面をしていてその表情は伺い知れないが、それでも言葉の端々から感じられる雰囲気は少し剣呑としていた。


 普段の柔らかな口調とどこか飄々とした雰囲気の彼からは想像のできないものだった。


 確かな怒りが彼からは感じられた。


 そしてそれは喧嘩を吹っ掛けられた張本人も同様らしく、顔を真っ赤にしてわなわなと身体を震わせていた。


 「馬鹿にしてんのか。俺がそんな雑魚に負けるとでも思ってんのかよ!こちとら超速で中級探索者にまでなり上がった天才探索者様だぞ!!一般人が指輪の力でちょっと強くなったからって勝てる存在じゃねぇんだよ!分を弁えろよ三下!!」


 思いっきり張り上げられた怒声が仮設ダンジョンの中で大きく響いた。


 それは思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声で、身体能力が増した探索者が全力で声を張るとここまで大きな音になるのかと、小雛は顔を顰めて探索者という存在が常軌を逸していることを改めて思い知った。


 ────びっくりした


 ────音割れヤバかったな


 ────耳が死にました


 ────『音量注意』ニキ仕事して


 ────声でかすぎだろ……肺活量どうなってんだよ……


 画面の向こう側にいる視聴者たちも同じ感想を抱いたのか、おちゃらけるコメントもちらほら散見されるが、驚いているものや怯えるものも少なからず存在した。


 なにより、一気に減ったコメントの数が画面の向こう側にいる人々の驚愕を悠に物語っている。


 しかし、その大音声を正面からぶつけられた津久見の態度は何一つ変わらない。


 毅然とした態度を崩すことなく、ただじっと曽我部を見据えている。


 その顔は試合前のボクサーの顔だった。


 だからこそ曽我部は苛立ちをより強く募らせるのだろう。


 一度負かした相手に、完膚なきまでに自分が上位者だと分からせた相手に、再戦を挑まれるということに対し屈辱を感じてしまうのだ。


 一度負けた相手に再び挑むという行為を理解できない曽我部は、そのチャレンジ精神を自分への侮りだと曲解してしまう。


 舐められることを酷く嫌う曽我部には津久見のその態度が我慢ならなかった。


 「お前が多少強くなったくらいで俺に勝てると思っているのがマジでムカつく。────分かった。いいぜ、相手してやるよ。またリングの外でべそかかせてやる」


 自分が負けるなど微塵も思っていなさそうな曽我部は津久見を強く睨んで湊の提案を受け入れた。


 しかし、そこで曽我部の言葉は止まらない。


 腰の剣に手を掛け、ニヤリと笑みを浮かべた。


 「ただし、やるのは前のようなスパーリングなんてぬるい試合なんかじゃなく、武器を使った命懸けの戦いだ。ここに来て拳だけなんて日和ったことは言わねぇよな?俺は探索者でここは仮にもダンジョンだ。今更ルールだのフェアだの言わせねぇよ」


 剣を抜き、切っ先を相手に向ける曽我部。


 切っ先を向けられた津久見が怯むこともなく曽我部へと近づき、その切っ先の前に立ち向かう。


 「望むところだ」


 「─────ッ」


 少し腕を前に突き出せばそのまま剣が刺さる距離に立つ男。


 その男が見せる鋭い視線に、脅しをかけたはずの曽我部の方がたじろいだ。


 「……はっ、強がってるようだがちゃんと理解してんのか?探索者の戦いってことを。それは【スキル】を使う前提だってことだぞ」


 その言葉に津久見は一瞬身構えるような素振りを見せた。


 当然だろうと小雛は思う。


 スキルはどれも使用者自身の技能に


 それまでの拙い動きが嘘のように、使用者に達人級の動きを齎すのが【スキル】と呼ばれる超常の代物。


 探索者を探索者たらしめるものこそが【スキル】の存在と言っても過言ではなかった。


 普段の動きから乖離した洗練された一連の動きは、探索者である小雛にとっても瞠目するほどのもので、例え相手が格下の探索者であっても【スキル】だけは警戒しないといけないと思わせるほどに強力な結果を齎す。

 【スキル】と言った瞬間の津久見の表情の変化を曽我部は見逃さなかったのだろう。


 自分が依然として優位に立っていることを再確認し、獰猛な笑みを津久見へと向ける。


 対して津久見は目を伏せ、気持ちを整えるように深く息を吐き、再び固い意志を宿した瞳を正面へと返し、挑発するように歯を見せた。。


 「叩き潰してやるよ」


 「─────てめっ」


 そのまますぐに始めてしまいそうなバチバチの二人に湊が手を叩いて気を逸らせた。


 「はいはい。始める前に一つだけ。当然だけど相手を殺すことは禁止です。殺傷せしめる攻撃が確認された時点で僕が介入してその時点で試合は終了。判定は僕がします。安心して、ひいきだけはしないから」


 審判を務めると宣言した湊にアウェイである曽我部はなにか言いたげな様子を見せるが、力の差を理解している曽我部は渋々と受け入れるしかできないようだった。


 対して縁故があるらしい津久見は小雛から見ても複雑そうな表情を浮かべていた。


 その表情はどこか身内に厳しい人物にアンフェアな戦いを強いられるのではないかと心配しているようにも小雛には見えた。


 「大丈夫!手足の一本や二本吹き飛んでも生やせるポーション用意してるから!思う存分戦いなさい!」


 まるで子供たちを安心させて発破をかけるような親心に満ちた言葉にも聞こえるが、言っている事は狂気に満ちている。


 小雛は、それって本当に元の手足が生えてくるんですか?と疑問を口にしたかったが、戦いを前にしてそうなるかもしれない本人たちを前にしてそれを口にするのは流石に憚られた。


 (あ、津久見さんの顔が……)


 どうやら小雛と同じ考えに至ったのか、津久見は顔を青くしていた。


 首を振ってバチンと両頬を叩いて気合を入れ直している。


 【スキル】の下りの時より身構える津久見の姿に小雛が隣のマッドにジト目を向けるが、本人はその視線の意味を理解せずに小首を傾げていた。


 「じゃあ、準備を始めよう」


 湊がそう言うと、ダンジョンの壁がゴゴゴ、と音を立てて動き始め、狭い通路から一転、体育館ほどの広さへと姿を変えた。


 流石にこれではもう顔に出して驚かないが、なんでもありだな、と小雛は思った。


 「さぁ、白黒はっきりつけようか」


 津久見が距離を取って、その場でジャンプを繰り返し息を吐き、曽我部がそれを見て嗤う。


 両者の距離が十分だと判断した湊が号令を発した。


 「始め!!」


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