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第46話 腕生やす、アレ失くす

 「あの扉から、君が入ってきた第十階層に戻ることができるよ」


 もうお前に用はないとでも言うかのように伝える湊に、曽我部が顔を強張らせ、足を縺れさせながらも逃げるようにして出て行った。


 「覚えてろよ!!」


 最後にテンプレートな負け犬の遠吠えを吐いて逃げるようにして出ていく姿は、見ている側からするとあまりに滑稽な姿であった。


 それは直接目にしている湊たちからはもちろん、画面の向こう側から見ている視聴者たちにはさぞ強烈に情けない姿に映っているだろうなと、小雛は考えていた。


 ────だっせぇ


 ────『覚えてろよ!!』wwwwwwwwww


 ────テンプレ頂きましたぁぁああ!


 ────メシウマ


 ────物足りねぇな


 ────もっと分からせた方がいい


 小雛の目に映るコメントにはやはり、彼に対する辛辣な意見が多く寄せられている一方、未だに溜飲のさがらない層が一定数見受けられた。


 小雛としては、自分のあらぬ噂の払拭もできたし、このお店の存在の正しさも証明ができたため特にこれ以上望むことはないのだが、彼について囁かれている悪い噂を鑑みれば、制裁が十分でないと納得しない人たちがいても納得がいくと言うものだ。


 もしかすると、これらの声は被害者たちの縁者の声なのかもしれないと小雛は思った。


 「あの、マスターはこれで良かったんですか?」


 「うん?まぁ、良いんじゃないかな?僕は元々彼にそう思う所はなかったし、はじめ君のリベンジマッチと、小雛ちゃんのくだらない風説の払拭を果たせたならそれで満足だよ」


 「マスター……」


 「それに彼が本当に大変になるのはこれからだろうからね」


 「そう、ですね」


 全世界に醜態を晒したのだ。


 誰であっても屈辱的な事だろう。


 特に人並以上にプライドを拗らせたあの男にとっては。


 「はじめ君ももうこれ以上彼に望むことはないだろう?」


 「はい……俺はリベンジを果てせただけで十分です。それに……」


 握った拳を見つめる津久見。


 それはなにか大切な物を握りしめているかのようだった。


 「むしろ俺はあいつに感謝しなければいけないのだと思います。自分の中にあった本当の”夢”を思い出すきっかけになったんですから」


 あれだけ公衆の面前で馬鹿にされ、愛するはずのボクシングを馬鹿にされ、それでも直向ひたむきな彼の言葉と真っすぐな目に、小雛は人としての強さを見たような気がした。


 「桜咲さんにも改めてお礼を言わせてください」


 「え?私ですか?」


 「はい。あの時、夜の公園での桜咲さんの言葉で、俺は一歩を踏み出すきっかけを貰ったんです。だからこうして、今の俺がある。そう思っています」


 そう言って小雛の前で頭を下げる曽我部に、小雛があわあわとし始める。


 「や、やめてくださいよ!私そんな立派なことなんて言ってないですから!?」


 頭を上げさせようとする小雛と、慇懃に礼を強行する津久見の攻防を眺めている湊がふと言葉を零す。


 「公園?二人共面識があったの?」


 湊の言葉と同時にコメント欄にも疑問を口にする声が上がった。


 ────夜の公園……


 ────まさか密会……?


 ────マスターだけでなくツクミンまで誑かしたの!?


 ────卑しか女ばい


 「ち、違います!たまたまダンジョン探索の帰り道にお会いして相談に乗っていただけですよ?!」


 誑かしてなんてないですから、と必死に弁明する小雛の様子をひとしきり楽しんだコメント欄も彼女の様子に満足していつもの風景へと落ち着いた。


 「うんうん、いいね。若い二人の馴れ初めとしては素敵じゃないか」


 「マスター!?」


 「どうかな?津久見君なんて顔もかっこよくて優しくて、将来有望な戦士だよ。僕から見れば二人はとってもお似合い────うん?どうしたの?小雛ちゃん」


 「み……マスター。もうその辺でやめてあげてください。ショックで桜咲さんの口から魂が半分飛び出てます」


 気になる男性から直接他の男を薦められて、暗に脈無しであると告げられたショックに、小雛はその場で口を開けて放心してしまっていた。


 ────南無


 ────草


 ────あきらメロン


 ────俺たちがいるよ小雛ちゃん(しゃあ!俺らにも希望が残った!)


 ────↑ねぇよ


 ────↑鏡みましょうねー


 ────良く言った!


 ────【悲報?】俺らのアイドル、変態に振られる【朗報?】


 「ところで、その、そろそろ俺の腕を治してくれると嬉しいんですけど……」


 「ぁ……ぁ……」と心ここにあらずの小雛を置いて、津久見が湊にお願いを申し出る。


 「あ、忘れてたよ。はじめ君はまだ自力で腕生やすのは無理だもんね。ちょっと待ってね」


 「あ、はい………………自力……?」


 目をぱちくりさせる津久見を傍らに、異空間に手を突っ込んでいた湊がフラスコ状の瓶を取り出した。


 「はい。これを飲めば腕を治せるよ」


 液体に満たされたポーションを受け取り、怪訝そうな顔を浮かべる津久見。


 「本当にとんでもないレベルの物をほいほいと……これ本当に安全なんですか?」


 ぽちゃぽちゃと音をたてるポーションを軽く振って、厄介な事にならないかと念を押す津久見に湊が指を立ててノンノン、と安全であることを強調した。


 「それは昨日安全性を確認したばかりだから大丈夫。安心して飲むと良い。僕も友人の大切なお孫さんを危険に晒すような真似はしないさ」


 したり顔(仮面)をしていそうな自信満々の湊を尻目に、ちゃぽんっとポーションの蓋を開けた津久見が、一瞬躊躇しながらも試しに一口仰ぐ。


 「────っ!?」


 すると苦し気な表情を浮かべた津久見の身体の傷が逆再生のように傷が塞がっていく。


 その光景に小雛も正気を取り戻した。


 「す、すごい。傷がみるみる内に治っていく。でもすごく苦しそうですけど……」


 「お、戻ってきたみたいだね。けど欠損部位を再生しようとしているんだからそれくらいの痛みは当然さ」


 「でも私たちが使うポーションは……」


 「……それはまた別の話だね」


 「別……?」


 どこか腑に落ちない彼の言葉が妙に小雛の心に残った。


 「流石み────マスター産。効果は抜群みたいですね」


 更に一口飲むと、べろりと剥がれた薄肉の間から覗く手の甲の骨が当たらな肉と皮で塞がっていき、更に口をつけると遂に左腕の断面がうぞうぞと蠢き始めた。


 激しい身体の再生に苦し気にしながらも、良い兆しに嬉しくなったのか、津久見が白い歯を覗かせていた。


 「すごい……欠損部位の再生なんて上級探索者でないと手に入らない代物だって聞いたのに」


 そう言えばここがその上級探索者御用達のお店であったことを思い出した小雛が一人納得の表情を見せた。


 「ふふん、さんざん副作用だとかなんだとか心配していたらしいけど、僕だって商品の改良はし続けているんだ。いつまでも不良品なんて言わせないさ」


 「やっぱり言われてたんですね」


 お得意様にさんざん文句言われてきたんだろうなぁ、と簡単に想像できた小雛はそのお得意様被害者に心の中で黙とうを捧げた。


 「(副作用がないなら)私もあののポーション欲しいです!」


 「うんうん。もちろん小雛ちゃんにだって売ってあげるさ!遂に僕の作った商品も何一つ後ろ指を指されない立派な…………………………うん?ピンク?」


 その言葉に湊が彼女へと聞き返す。


 「はい。ピンク」


 遠心力で仮面が飛んでいくのではないかと思うほどの勢いで湊が津久見の方へと振り返り、愕然とした様子でそのポーションを見た。


 「ピンク!?」


 今まで聞いたこともない湊のびっくりしたような声に釣られて小雛も驚いてしまう。


 あ、これは……


 と小雛が思った瞬間、珍しく焦った様子の湊が残りのポーションを飲み干そうとしている津久見へと手を伸ばして必死に叫んだ。


 「いけない!はじめ君!それは────」


 しかし、時は既に遅く、ポーションを飲み干した津久見が嬉しそうに新しく生えた細い腕を振って喜んでいた。


 「あ、マスターこれ凄いですよ!見てください!切り飛ばされた腕がもう生えてきました!全身治ったし、妙に身体も軽いし、真面なもの作れるんですね!見直しました!……ちょっと腕が細いのが気になりますけど、これも鍛え直せばいいだけですし────あれ?」


 ────ボンッ


 直後、津久見の身体がピンク色の煙に包まれた。


 「爆発!?な、なにが起きたんですかぁあ!?」


 「あぁ、遅かった……」


 膝に手を突いて項垂れる、落胆した様子の湊の姿がそこにはあった。


 またろくでもない副作用の気配を察した小雛が恐る恐る、晴れていく煙の中を凝視する。


 するとそこには────


 「けほっ、けほっ、なんだよ一体。けむいったらありゃしない」


 煙の中から聞こえる


 まさか、と思い、晴れた煙の中の座り込んだ人物を見る。


 そこには大きく開けた服から膨らんだ胸を覗かせる────女の姿が確かにあった。


 「なんっじゃこりゃぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」



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