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第38話 物足りないチョーカー

 「君を倒すにも逸脱した肉体強化は必要ない────────一般人レベルで十分だよ」


 津久見の肉体の強化自体が不正だと、新たな突破口を見出し、息を吹き返そうとしていた曽我部が、その言葉に歯を食いしばった。


 「あんたがデタラメなことは見てれば分かる。こんな所に連れて来られればあんたの力が捏造だのやらせだの、それ自体がデマだったってのは理解したさ。この後正式に、謝罪動画を作ってアップするつもりだ。だけど、それは俺のことを馬鹿にしすぎだろ。確かに身体能力が上昇したあいつに不覚を取ったのは確かだ。試合では俺の負けでいい。だけどよ、ただの一般人程度の奴に俺が勝てないと決めつけるのは言いすぎだろっ。俺は中級探索者だぞ!陸上競技のワールドレコードの全てを塗り替えることもできるんだぞ!そんな俺が一般人レベルのやつなんかに負けるわけないだろ!?」


 探索者という人の枠組みから飛び出した立場に人並み以上のプライドを持つ曽我部にとって、湊の言い放った言葉は到底受け入れられるものではなかった。


 先ほどの戦いの敗北ですら


────津久見の身体能力が上昇していたから


────彼が世界レベルのボクサーだから 


と色々言い訳を並べることができるし、そもそも最初から本気でやれば自分が勝っていたとすら思っており、それが曽我部の心の安定剤にもなっていた。


 しかし、そうやって必死にプライドを守っていたところを湊に真っ向から否定され、怒りと不安から自分の手足が震え始めた。


 「やってみればわかるだろう?」


 「やるって……ま、待ってくれっ。あんたは強いだろう!さっきの動きは俺でもまるで追えなかった。あんたが跳びぬけて化け物レベルだってのは理解した!あんたはあの赤竜すら倒したんだ!俺が勝てるわけないだろう!!」


 湊の今までのデタラメな行いを直接目にすれば、それが嘘やでっち上げでないことくらい、色眼鏡を掛けていた曽我部ですら理解できてしまう。


 そんな奴がただの中級探索者である自分より弱いわけもないし、先ほどの目に止まらない動きを見せられれば、肉体スペックが天と地ほど離れていることも明白だ。


 そんな化け物に一般人レベルの肉体能力で十分だと言われても説得力の欠片もなければ、自分が相手にするという提案も受け入れられるはずもなかった。


 「もちろんこのまま戦うわけじゃないよ。それだと条件を満たせないからね」


 そう言って湊が異空間から取り出したとあるものを取り出した。


 「チョーカー?」


 「これは着用者の任意の下、その着用者本人の身体能力を大きく制限するマジックアイテムだ」


 「……それが本当だという証拠がない」


 「なら自分で着けて見ればいいさ。安心しなよ。本人がこのアイテムの効果を受け入れなければその時点で自壊する仕組みになってる。君を強制的に弱体化することもできないし、僕が戦いの最中にこっそりと力を取り戻すこともできない」


 二つあるうちの一つを曽我部へと投げ渡す。


 それでもまだ疑っているのか、曽我部は中々つけようとしない。


 「しょうがないなぁ。小雛ちゃんよろしく」


 「とばっちり!?」


 カチ。


 いつの間にか自分の後ろに回っていた湊にチョーカーを装着させられた小雛がその場に倒れ込んだ。


 「か、身体が重たいです」


 探索者向けに作られた武器や防具はより重たく作られる傾向にある。


 それは探索者が魔物の堅固な外皮や強力な攻撃へ対処するためのものであるからだ。


 つまりは重さはそのまま力に変わるということであり、探索者の生存率を上げるための自然な流れということだ。


 そのため、身体から力の抜けた小雛が、常人では持ち上げる事のできない装備に耐えられずに、その場に潰れて座り込んでしまったのだ。


 「……小雛ちゃん。心の中でそのアイテムの効果を拒絶してごらん?」


 「え?拒絶ですか?……ん~、拒絶ってどうするんですか?」


 「えぇ……」


 やっぱり不正だったのかと後ろからの疑念の視線を感じて湊が困惑してしまう。


 「じゃあ、元の自分の力を取り戻すイメージをしてみてくれる?お願い」


 「は、はい。それなら…………わっ!」


 パリンッと音を立ててチョーカーが砕ける。


 「こ、こ、壊れちゃいましたっマスター!わわわっ」


 砕けたチョーカーの破片を手に集めて焦る小雛の様子に湊が苦笑を浮かべた。


 ────任意のはずなのにいきなり付けられて発動って……


 ────この子もしかしてマスターのすること全肯定なの?


 ────卑しい女ばい


 小雛の様子を見て何も悪影響がないことを確認した曽我部が試しに自分の首にチョーカーを嵌める。


 すると、全身の力が抜けて小雛のように倒れ込み、地面に手をついた


 まるで鉛のように重くなった身体にさらに重たい武器と鎧の重さが伸し掛かり、呼吸をするのも苦しいほどの重圧が曽我部の全身に広がる。


 「ぐっ、解……じょっ」


 装着者に拒絶されたチョーカーが正しく自壊。


 曽我部の身体に力が戻り、苦しい重圧から解放される。


 「分かってくれたみたいだね。それならさっそく始めようか」


 三つ目のチョーカーを自分の首に嵌める湊。


 軽装の彼には制限による影響が薄いのか、変わりない様子に見えた。


 異空間から細身の刀を抜き出した湊がその切っ先を曽我部へと向けた。


 「技術指導をしてあげよう。まずは彼我の差を知りなさい」


 ◆


 湊の様子はいつもの飄々としたような余裕のある態度とそう変わらない。


 本当にあのマジックアイテムが作用しているのかが怪しいほどに。


 しかし、湊を信用している小雛は彼を疑うことはしなかった。


 「動画でも拝見しましたが、まさかマスターの剣が見られるとは思っていませんでした。それも指導のような形式とは。未熟な人間でも動きの意味をくみ取れるように気を遣ってくれるかもしれません。桜咲さん、見逃さないように注意してください。こんな機会は滅多にありませんから…………桜咲さん?」


 「は、はいっ。あ、そ、そうですね!しっかりと見ます!」


 「どうかしたんですか?さっきからずっと目をぱちくりしてますけど」


 湊がチョーカーを小雛に付けたあと、当の本人はなにかにハッと気づいたあとずっとずっと信じられないといった表情をし続けていた。


 まるでドッキリを喰らったタレントのように。


 「初めて……何も起きませんでした」


 「え?」


 「初めて変な副作用もなく解放されたんですよ!信じられますか!?」


 こんなことがあるのかと、未だに疑心暗鬼の小雛が、いつ何時何が起きてもいいように配信終了ボタンに手を掛けていた。


 「えっちなことも何も起きなくて!縛られることもなくて!人の姿のままでいられてるんです!私今すっごく幸せです!」


 「えぇ……」


 小雛が何をそんなに喜んでいるのかを良く分かっていない津久見が、テンション爆上がりのその姿を見て若干引いていた。


 「ふふっ、普通の商品もあるんじゃないですかぁ。だったらたくさん買い物しても全然いいのに~。もうマスターったら~」


 何も起きなかったことに大層嬉しそうな反応を見せる小雛だったが、コメント欄は真逆の様相だった。


 彼らのコメントを一言に纏めると


 ────チッ


 というものだった。


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