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第39話 剣聖の技

 刀を構える湊から大きな力は感じられない。


 しかし、彼から何かが消え失せたような感覚はあった。


 それが恐らく湊の力の一部、肉体能力の制限なのだろう。


 それがなくなったことに気付けば、不思議と目の前の男からひしひしと伝わっていた脅威も今はまるで感じられない事にも気付ける。


 身体能力が一般人レベルにまで落ちたことは本当なのだろうと、曽我部は確信した。


 (探索者の力もなく技術だけで俺に勝つ?あり得ないだろ)


魔術師クラスの探索者でもなければ、【職業クラス】の齎す身体強化の恩恵もなくどうやって自分に勝つつもりでいるのかと曽我部は疑問を抱いた。


「まさか、その刀にチート染みた能力でも付与してんじゃないだろうな」


 湊の取り出したシンプルな波紋の日本刀に目を付ける。


 湊がこれまでチート染みた武器やアイテムを度々配信に乗せていることは曽我部も知っている。


 その能力も彼の立派な手札の一つだ。


 しかし、


 「これに特別な能力は何もないよ。。あるのは思い出くらいなものだよ」


 そう言って感慨深げに峰を撫でる男の様子は嘘を吐いているようには見えなかった。。


 「どうでもいいけど、卑怯な手を使わないんだったらなんでもいい。良いんだよな?今の弱いあんたをボコっても。後で仕返しとか勘弁してくれよ」


 「そんな恥知らずなことはしないよ。君が勝てたら……そうだな、僕を奴隷のように扱っても構わないよ。なんでもいう事を聞いてあげる」


 ────ガタッ


 後ろで何者かが強く動揺する感覚があったが、湊も曽我部もとりあえず無視した。


 「男からそんなことを言われても全くそそらないが……あんたは別だな」


 (金もチートアイテムの好きなだけ貪ってやる)


 ────ガタガタッ


 そんな思惑を抱く曽我部の台詞にまたも背後から何者かが慌てふためく気配が感じられたが、今の曽我部にはそれに目を向ける余裕まではなかった。


 臨戦態勢に入った曽我部が欲望の眼差しを湊へと向けた。


 「小雛ちゃん、戦闘の合図を……ってどうしたの?顔を赤くして」


 振り返った湊が顔を赤く染めてあわあわと普通ではない様子の小雛に小首を傾げた。


 まさかチョーカーの副作用かとも思いもしたが、このチョーカーにはそれらしいものは確認されていない。


 (でも小雛ちゃんだしなぁ)


 「私は反対です!そんな破廉恥な賭け事はいけないと思います!」


 「「???」」


 「あ、すいません。代わりに俺が合図を出しますので」


 「津久見さん!?」


 いきなり意味の分からない事を叫び出す小雛に、相対する両者の頭上に疑問符が浮かび、小雛の勘違いをくみ取った津久見が代わりを申し出る。


 ぎゃーぎゃーと納得のいってない様子の小雛を無視して津久見が合図の手を振り下ろす。


 「開始!」


 その合図と共に曽我部が仕掛ける。


 ダンジョンの固い地面を全力で蹴ると、人の域から外れた驚異的な脚力によってロケットスタートを決め、湊へと迫る。


 曽我部の優れた動体視力が湊の眼が自分に追いついていないことを見破る。


 反応できていない湊の首へと剣を振るう曽我部の顔は勝利を確信していた。


 「学ばないね。君は」


 「は?」


 「これじゃ、さっきの焼きまわしじゃないか」


 そこには刀を振り上げた湊の姿があった。


 相手の首を傷つけるはずだった曽我部の剣は、湊の刀に弾かれ、行き場を失っている。




 「……どうやって」


 確かに湊は自分の刀で曽我部の剣を弾いた。


 それを曽我部は自分の目でしっかりと確認した。


 脳裏に残る光景を振り返って見れば、それは目にも止まらぬ速さでもなく、探索者にとって鈍重とも言える速度でしかなかったはずだ。


 にも関わらず、曽我部はその防御を掻い潜ることが出来なかった。


 なぜかそこ以外に剣を振る場所がないように感じられたからだ。


 それに刀との衝突の際に感じた力は非力の一言に尽きる。


 これ自体はチョーカーが正しく機能している証左と捉えていいだろう。


 驚くほどに抵抗を感じられない程ですらあったため、なぜ自分の剣が相手の刀を押し込むこともできずに上へと弾かれているのか、曽我部には全くと言って良いほど理解が出来なかった。


 一瞬の交錯の記憶を何度繰り返しても、どうしてこんな結果になってしまったのか分からない。


 「今のは簡単な誘導フェイントとただの流しだよ。剣士なら基本と言える技術の一つさ」


 「くっそ!まぐれだ!」


 相手は一般人と同程度の身体能力しかない男。


 中級探索者として人外の力を振るう自分がいいようにされたとあればいい笑い物だ。


 それを許せない曽我部が躍起になって湊に連撃を見舞った。


 「だあぁぁあああああああああああああ!!」


 一合、二合、三合と剣を交わし、その衝突の勢いは次々と増していく。


 金属同士の叩く硬質な音がペースを上げながら何度も響く。


 間隔が狭くなるにつれ、曽我部の剣の威力も増していく。


 しかし、剣戟の音は不思議と耳を劈くような不快な音にはならない。


 まるで鈴の音のような澄んだ音がうす暗いダンジョンに奏でられていく。


 「くそっくそっくそっ」


 どうなってやがる。


 曽我部はそう叫びたくなるのを堪え、力を全て剣に込めていくが、状況は一向に変わらない。


 ただ目の前に、表情の読み取れない竜の仮面の男が淡々と自分の剣を叩き落としてく光景が続いていく。


 既に曽我部はめいっぱいの力を腕に込めて振り続けている。


 振るう剣の切っ先は自分でもブレて見えるほどの剣速に至っている。


 にも関わらず、目の前の男は曽我部の剣を難なく凌ぎ続けている。


動くこともなく。


 「指導その一。力任せに剣を振るうな。脱力し力を籠めるのは最後の一瞬に留めろ。そうでないと、エネルギーロスが大きく十分に力を発揮できない。なにより、動きが読みやすい」


 真下に逸らされた剣に体重を引っ張られ、切っ先が地面を叩いてしまう。


 絶え間なかった曽我部の連続攻撃に間隙が生まれた。


 「指導その二。素振りは全ての基本だ。真っすぐな剣筋が描けなければ剣は剣としての役目を果たせない。ブレた剣は弾くに易く、軌道もこちらの思いのままだ」


 戦いの最中、曽我部は上から目線の湊の余裕が癇に障り、荒い息の中、再び嵐のように攻撃を仕掛ける。


 その工夫のない攻撃に、湊が攻撃を逸らしながら、弾くたびに言葉を口にし始める。


 上、下、右、左、と剣を弾くたびにそう零す。


 そしてその言葉の意味を理解して曽我部の顔が青ざめた。


 「お、お前……っ」


 それは次に曽我部が振るう剣の向き。


 つまり、曽我部の剣を弾いた段階で、次に曽我部がどちらから剣を振ってくるのかを予測していたのだ。


 「動きの予測は半分正解だ」


 湊が言葉を投げ返すように、そう告げる。


 まるで頭の中を覗かれたようなその言葉に曽我部が不快気に顔を顰めた。


 湊の言葉に逆らうために、弾かれると同時に聞こえる向きとは違う方向から剣を振ろうと、さっきからずっと試しているが、上手く身体が言う事を聞いてくれない。


 憎々しくも、湊の言った方向からしか剣が振れないのだ。


 「人間の身体は制限が多い。構造的にも筋力的にも……精神的にも。特に高速戦闘下にあればあるほどその軌道修正は難儀なものになってくる。だからこそ、より優れた技術が求められるようになる。覚えておくと良い、より速ければ良い、より力があば良いというわけではないんだ。それらはそれらを制御する技巧が支えて初めて効果を発揮する────────」


 遂に剣が大きく弾かれ、曽我部の正対線が晒された。


 「────────つまり今の君は宝の持ち腐れ、というわけだ」


 「────────あ」


 さほど早くない、ゆったりとした湊の踏み込み。


 しかし、体勢を崩した曽我部に避けるだけの余裕はなく、そして意識の間隙を縫うような湊の足捌きに、曽我部は湊の動きがまるでコマ送りのように見えてしまい、小さく悲鳴を上げてしまった。


 トンッ、と腹に感じる弱弱しい湊の拳。


 曽我部は湊の状態を思い出し、元気を取り戻した。


 「その身体能力じゃ俺を倒すのは無理だよなぁ!あいつのパンチの方がよっぽど重かったぜ!マスターよぉ!!【ハードスラッシュ】!!」


 技術が二人の明暗を分けていることは理解した。


 しかし、探索者としての力を失わずにいる曽我部にはそれを埋める力技があった。


 武を知らぬ者すらも、達人の技を再現せしめる【スキル】が、湊の足場を食い破らんと牙を剥く。


 見違えるほどに変化した曽我部の剣と体捌きが湊のコントロールから逃げ出し、常人では反応もできない一閃を空に描いた。


 「お見事」


 称える湊の肩口を真上から剣が狙う。


 そしてそれを阻もうと挟み込まれる苦し紛れの湊の手。


 (とった!)


 ───────がんっ


 「──────ッ」


 聞き覚えのある音。


 しかし、記憶に新しいそれよりも軽い音に曽我部が息を飲んだ。


 曽我部の放った【スキル】は、湊の逆手に弾かれ、地面に切っ先を埋めた。


 「すごいね。剣筋をぶらされても地面に弾かれずに食い込ませるなんて。名うての剣士と見える」


 「ありえ───だって、すきる……だぞ……」


 魂が抜けたような曽我部だったが、彼が非力である状況は変わらないと希望を見出した。


 「言ったろ?人間の身体は制限が多いと。特に────構造部分はね」


 「まさ────────」


 自分の腹に置かれた拳を見て、その認識の間違いに曽我部は焦りを見せた。


 置かれたのは腹でなく鳩尾、拳ではなく掌底。


 待ってくれ。


 そう言おうとした瞬間、湊の全体重がその掌底へと移動し、大きなエネルギーを無駄なく曽我部の体内へと伝えた。


臓腑へのダメージに耐え切れず、曽我部がその場に吐瀉物を撒き散らせながら膝を突く。


 全ての逃げ道を断たれた曽我部は遂に自らの敗北を認めた。


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