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第41話 お前ら口閉じてろ(本音)

 曽我部を除いた三人が警戒した様子で闇の向こうの一転を凝視する。


 危険な気配の先触れは異様な臭いだった。


 生ごみのような腐敗臭に小雛と津久見の二人が鼻を塞ぎ、より近い場所に蹲っていた曽我部が、残る内臓へのダメージに追い打ちをかけるその悪臭に再びえずいた。


 「イヤーマイッタネェ」


 そんな中態度一つ変えない湊が頭を掻きながら異空間をまさぐり始めた。


 どうしてそんなに白々しいのかと突っ込む間もなく闇の中から悪臭の主が姿を現した。


 「獄屍オウグル!?どうしてここに!?」


 ────獄屍オウグル


 それは闇の力に自我を乗っ取られ、朽ちて尚、戦いを求める鬼の屍兵。


 大鬼オーガを素体としたゾンビ種に分類される獄屍の強さは凄まじいものであり、それは元の姿である大鬼すらも上回る。


 探索者として高い立場にある小雛は相応にダンジョンや魔物の知識を有しているため知っていた。


 強さにして凡そ第十五階層。


 小雛でも苦戦を免れないどころか勝ち目の薄い相手であった。


 しかも、獄屍は東京ダンジョンでは確認されておらず、確認されているのは大阪支部と島根支部の二つのみのはず。


 どうして東京ダンジョンの中で獄屍が出てくるのか小雛には分からなかった。


 そして獄屍の最も厄介な性質が────


 「みんな、これを付けていて。あの魔物の放つ死臭は生者にとって猛毒になるから」


 そう言って湊がやや強引に曽我部の口にマスクを付けさせた後、二人にもそのマスクを手渡した。


 「え?これって……」


 急いでつける津久見の隣で、手に持ったマスクを見て嫌な思い出をフラッシュバックさせる小雛が湊に抗議の声を上げた。


 「これ────あの時のマスクじゃないですか!」


 そう、それは初めて会った時、第十八階層の毒霧から身を守るために手渡されたマスクであり、同時に装着者の本音を強引に引き出すという非常に厄介な副作用を齎すあの時の呪物であった。


 「ごめんね?これじゃないといけないから」


 申し訳なさそうに手を合わせてお願いのポーズを湊にされると、小雛はそれ以上文句を言えずマスクを着けた。


 「そういう風にお願いするのずるいです!なんでもいう事聞いちゃいそうになるじゃないですか!!(本音)」


 なんてことを口走っているのかと小雛は自分の顔を両手で覆ってカメラに背中を向けた。


 ────もういいって


 ────分かってるから


 ────ぐぬぬぬぬ


 ────やめて……やめて……


 ────小雛ちゃん……


 ────おい誰かこの女の好きな男のタイプ、今聞いてみろよ。ここにいるうちの何万人か殺せるぜ?


 「マスター。俺あいつと戦ってみたいです(本音)」


 「君は今重傷負っているんだから、今は大人しくしていようね」


 「曽我部の野郎……殺してやる(本音)


 血が湧く津久見が物騒な事を言っているのを湊が宥めて、獄屍の下へと戻る。


 どこかから出てきたドッグロープが湊の顔を見上げ、「アレ?」と言うように曽我部を見る。


 「そうそう、お願いね」


 顔のように膨らんだ縄の端っこを嫌そうにだらりと下げて、嫌そうに身体を引き摺って曽我部の元まで行き、脚に絡みつくとそのまま後ろへと引き摺って行った。


 「おいっ離せ!自分で歩ける!ってなんで勝手にこいつ動いてるんだっ!え!?こわっ!(本音)」


 曽我部がそのまま小雛と津久見の所まで強制退場させられたところでドッグロープが彼を開放。


 小雛のスカートに曽我部を縛った部分を擦りつけていた。


 「汚いから辞めてくれる?(本音)」


 三人が緊張したのは一瞬のみ。


 相手が獄屍“程度”であると分かれば怖い相手ではなかった。


 なにせ戦うのは自分達ではない。


 彼一人で十分だ。


 赤竜すらも圧倒し、世界を震撼させたこの男にとって、腐った大鬼程度屁ですらないのだから。


 ────────ア゛ア゛ァァァ


 あぶく立つのような濁った呻き声の前に湊が正対し、小雛が安堵の表情を浮かべた。


 子どもと大人のような体格差も、身に纏う雰囲気の差もあまりにかけ離れた両者であるが、知っているものからすれば、彼がそんなものでどうにかなるなど露すらも思わない。


 「マスターの後ろ姿……かっこいい(本音)」


 「あの人なら一瞬で片付くでしょうね。動き盗めるといいな(本音)」


 「ちっ、悔しいけどあの化け物が負けるイメージがわかねぇ(本音)」


 ────所詮オウグルやしなぁ


 ────赤竜と比べたら?


 ────↑うんこ


 ────あっちでも腐ってる奴出てきて臭


 ────未来のお前らじゃん


 ────↑殺すぞクソガキども


 ────流石にあれはビジュアルが悪すぎる


 ────マスターの異種姦……売れるかも


 ────↑これもう開示請求通るだろ


 ────でも今のマスターってさぁ……


 湊の逞しい後ろ姿をうっとりとした表情で「かっこいい」と何度も零す小雛と、真剣な表情で一挙手一投足を一瞬も見逃すまいと目を見張る津久見、そして悔しさから目を離そうとした三人の目に何かが止まる。


 まるで何か重要な事を忘れている時の引っかかりに、記憶を辿り首に目をやった。


 ────まだチョーカー付けたままだよね?


 「「「あああぁぁああああ!!!」」


 三人の悲鳴と同時に、湊の身体がぶっ飛ばされた。


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