「ば、化け物かよ……(本音)」
探索者の力を制限された只人同然のはずの男が、中級探索者パーティーでも倒すのが困難な下層の魔物を、たった一本の細い刀で塵へと還した光景には、赤竜の映像の時とは違った異質な空気が感じられた。
曽我部は自分が今まで培い、頼りにしてきた価値観が大きく崩れるような感覚に襲われ、その場で狼狽えた。
それは探索者だから“強い”、他人より“優れている”、そう言った選民思想に優越感を感じていた彼にとって、信じがたい、否、信じたくない光景そのものでしかなかった。
「あり得ない!お前っ何をした!(本音)」
目で追える動きで、不思議な力も何も感じられない、自分でも出来そうに思えてしまうそんな動きで、この男は自分の能力でも勝つ事のできない下層の魔物相手を一刀に伏してしまったのだ。
後ろから見ていた曽我部にとって、それは過程と結果の伴わないイカサマにしか映らなかった。
────まだ言うか。
そう言いたげな面倒そうな湊の姿に曽我部が詰続ける。
「なにか細工したにちげえねぇ!……お前のそのチョーカー、何も機能していないんじゃないか!?そうだ!それで俺と戦った時も元の力で────────」
「僕の身体能力が一般人レベルにまで下がっていなかったって、実際に僕と戦った君は思うのかい?」
「思わない!(本音)……あっっ(本音)いや……ちが──わない(本音)くっ……」
湊のマジックアイテムのマスクによって本音しか話せない曽我部に腹芸などできるはずもなく、自ら彼の潔白を証言してしまう。
あまりの悔しさにマスクを外そうとする曽我部に湊がそれを制止した。
「ダメだよ。まだあの
「死ぬのはイヤだ!(本音)」
パッとマスクに掛けた手を離す曽我部の姿を見た視聴者たちからの「ダサい」というコメントにまた曽我部が歯噛みした。
「だ、だけどここはあんたが創った空間だって話だろ!?あんな魔物もあんたの思いのままじゃないのか!?」
マッチポンプを疑う曽我部に湊が硬直。
仮面に手を当てる姿がまるで話の分からないガキを相手にする大人のように見えてしまうが、曽我部にはそれに一々腹を立っている余裕などなかった。
「魔物を誘因することはできても、操り人形のように自由にはできないよ。それを証明しろと言われても難しいけど」
「ほら見ろ!!あんな光景、イカサマでなければ信じられる訳ないだろ!(本音)」
尚も諦めずに責める曽我部を見かねた津久見が苦言を呈す。
「往生際が悪いぞ曽我部(本音)マスターの気持ち悪さはお前が身を持って知ったばっかだろ(本音)」
「くっ、確かに(本音)だぁぁあっこのマスクうざったらしい!(本音)」
「あなたはそれよりも先にマスターに謝罪するのが先です!あんなにこのお店の風評を損なわせたんですから!それにあなたのような人がマスターを好きにするなんて見過ごせません!(本音)
「お、俺は悪くねぇ!(本音)」
「なっ!?あなたって人は!(本音)」
「ならせめて、デマを流した事を認めたらどうだ?(本音)」
憤る様子の小雛の横で、津久見が彼へとそう言った。
「お。俺は実際にネットで書かれていた記事を拡散しただけだ。俺がデマを作ったわけじゃない!(本音)」
曽我部にとって、それが嘘かどうかなんてのは実際のところどうでもよかった。
ブームに乗って再生数とチャンネル登録者数が稼げればそれでよかったのだ。
自分の行いに罪悪感のない曽我部が、必死に弁明する。
「多少は俺の方でも話は盛ったが、それも動画を盛り上げるための工夫だろう!?配信者なら当然の努力義務だ!(本音)」
「マジで性根から腐ってやがる(本音)」
「私をあなたと同じにしないでください。不快です(本音)」
曽我部の言葉が掛け値なしの本音であることを湊のマスクが証明しており、本当に自分はなにも悪くないと思っている彼の本心を聞いた二人が、軽蔑したような目を彼へと向ける。
「僕はまぁ、この配信でこのお店の風評被害が払しょくできたのならそれで良いんだけどね」
今回の被害者である湊のその言葉に、バッと、小雛が驚いたような顔で彼を見た。
「良いんですか!?ネットでたくさん酷いこと書かれたんですよ!マスターは一番の被害者なんですからもっと言った方が……(本音)」
「僕への誹謗中傷は別に気にしてないかな?特にインターネットを使う訳じゃないし……なんだっけ?自分の事をインターネットで調べること……あの子が言ってたな……えっと……エロさ?」
「エゴサです。マスター。それで検索に掛かるのはいかがわしいサイトかと……(本音)」
呆れたように訂正を入れたのは津久見だった。
「そうそう!エゴサ!僕そう言うのは興味ないから、僕の悪口が書かれていても目にする機会もないんだよね。だからあんまり怒る気持ちは湧かないかな?」
「でもマスター……私はイヤです、マスターとこのお店が悪く言われるのは(本音)」
「小雛ちゃんは良い娘だね。僕の代わりに怒ってくれるんだから。でも僕は平気だから。ありがとう。あっ、でも《【DD】》の事を悪く言っている人が教えて?直接お話に伺うから」
にっこりと声を明るくする湊の様子に肝が冷えたような怖気が三人を襲った。
「……平気?(本音)」
小雛が平気ってなんだっけ?と言ったような表情を浮かべる。
「なら、もういいだろっ?あんたは俺を許してくれるんだろ?早く帰らせてくれ(本音)」
湊の真意を知った曽我部が早く帰してくれと懇願した。
できるだけ早くこの化け物から逃げ出したいのだ。
しかし、湊はまだ続きがあるのか、そんな曽我部から目線を離さないでいた。
不思議に思った曽我部が、怯えを堪えて聞く。
「な、なんだよ……」
「君はまだ、謝らないといけないことがあるよね?」
「は?な、なにが言いたいんだよ。あんたに関してはもう────」
「僕の事じゃないよ。小雛ちゃんのことについてだ」