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第44話 公開告白

 湊のその言葉の意味が思い当たらず、困惑する曽我部。


 今、この化け物の不興を買うのは出来るだけ避けたい曽我部が必死に頭を働かすも、心辺りは見つからかった。


 その様子に湊が呆れたように面に手を当てて溜息を吐いた。


 「君が流した彼女に関する風説の話をしているんだ」


 それを聞いて彼が何をいわんとしているのか察しのついた曽我部が小雛の方へと顔を向けた。


 「その女がヤリマンだのビッチだのって話か?そんなの俺が広める前から存在する噂だろ(本音)」


 「君が捏造した嘘はないと?」


 「……チッ、俺がでっち上げた嘘も……ある(本音)」


 曽我部は自分の意志を無視して真実を口にさせるこのマスクに強い不快感を覚えながらも、この状況とバツの悪さに口ごもる。


 [どうしてそんなことを……(本音)」


 眉を下げて困惑の表情を浮かべた小雛の様子に、曽我部は敵意の眼差しを向けた。


 「お前が俺の誘いを無視するからだろ!(本音)」


 「そ、そんなことで────!?」


 曽我部の口から出てきた犯行動機が小雛の予想を超えてくだらなかったからだろう。


 彼女は大きな目をまん丸にして驚く姿を曽我部に見せた。


 ────しょーもな


 ────相手にされないから陰でありもしない事ばらまくとかやる事女子小学生かよ


 ────訴訟もんだろ


 ────4ね


「くっ……」


 ホームグラウンドのはずの自チャンネルの配信ですら、今や自分を擁護するコメントは殆ど見受けられない。


 辛辣なコメントの数々に、曽我部が苛立ちと悔しさに歯を食いしばった。


 しかし、探索者になってからの半年間で、十代から募らせてきた劣等感を醸造し続けてきた曽我部の自尊心は、このまま黙って潔く罪を認めるほどに清らかではなかった。


 「はっ、確かに俺が想像した噂を流したことは認めるさ……けどよ、それもあながち間違ったことでもないんじゃねぇの?(本音)」


 「なにが言いたいのかな?」


 開き直る曽我部に湊が聞き返す。


 どこか圧を感じられるその言葉に一瞬息が詰まるような感覚を覚えた。


 「火のない所に煙は立たない……だったっけ?その女に関するそう言った下品な噂は元からそれなりにあったんだぜ?(本音)」


 「……ち、ちがいます!全部デタラメです!(本音)」


 曽我部の言葉に小雛が慌てた様子で《湊》へと弁明した。


 「そんな恰好で配信者なんてやってる女だぜ?承認欲求の塊みたいな女が、都合よく男にそれを求めないとでもお前らは本当に思ってんのか?配信者なんて大概男も女も裏で猿みてーに盛ってんだよ」


 「────なっ」


 絶句する小雛を無視して曽我部が続ける。


 「本人が自分のことを正しく認識していないだけで、周りからはそう思われているって話なんじゃねぇの?大体尻軽女が自分が汚れてるなんて自覚持ち合わせるわけないだろ。だったらパパ活なんて可愛いラベルに張り替えただけの売春を大っぴら自慢するバカなんて現れねーよ(本音)」


 もっともらしい弁舌に一瞬、配信の画面が静かになった。


 「それともなんだ?あんたこれだけ上玉な女が、男遊びの一つや二つしてないとでもマジで思ってんのか?(本音)」


 場の流れが自分に傾きつつあることを肌で感じた曽我部が畳みかけるように湊へと質問をぶつけた。


 「話をそらさないでくれるかな。僕が詰めているのは彼女の恋愛遍歴なんかじゃなくて、君が確証もなにもなく憶測で悪質な風説を流布していることについてだ」


 「んなこと今はどうでもいいっ。あんたはどう思うのかって聞いてんだ!この女の身体見てみろよ!どんだけ揉まれればこうも大きく育つんだか(本音)」


 「────っっっ……!」


 小雛へと厭らしい目を向ける曽我部に、彼女が顔を伏せて黙り込んだ。


 「確かに彼女は魅力的だよ」


 「マスター……!」


 「男性との交際もそれなりにあるだろうさ」


 「────!!!」


「けれどそれは捏造を擁護できるものではないし、全て邪推にすぎない。彼女に対してあまりに失礼な物言いだ」


 険の増した湊の圧に曽我部が圧される。


 「だ、だけどよ、今のこいつを見てみろよ。否定すりゃあいいのにさっきから何も言い返さねぇ」


 すっかり黙り込んだ彼女の様子を見て、曽我部がにやりと笑みを浮かべた。


 その小雛の様子に配信もざわつき始める。


 ────嘘だろ?


 ────え?今って本音しか言えない状態なんだよね?もしかして


 ────否定の言葉が一つも出ないって……


 ────否定できない……?え、それって……


 ────真実ってこと!?


 裏で男遊びをしていることを暗に認めたかのような彼女の状況にコメント欄が大きく動揺を見せた。


 拳を握りしめてプルプルと何かに耐えるような彼女のその反応に、曽我部は勝ちを得たと感じた。


 ◆


 「君が捏造した嘘はないと?」


「……チッ、俺がでっち上げた嘘も……ある(本音)」


湊の詰問によって、曽我部が噂の捏造を自白した。


小雛は安心に胸を撫で下ろす。


マスクの副作用によって強制的に嘘を吐けない状態に陥っているのが功を奏していた。


小雛は厄介な副作用にもこんな好ましい展開があるのだと感心を抱いた。


このままいけば、ネット上に渦巻く自分の悪い噂も消え去ってくれるかもしれない。


そんな期待を胸に膨らませていた時、往生際の悪い男の一言が状況を最悪な方向へと変えてしまう。


「はっ、確かに俺が想像した噂を流したことは認めるさ……けどよ、それもあながち間違ったことでもないんじゃねぇの?(本音)」


 小雛は頭に血が上るような感覚に襲われた。


 質の悪い事に往生際の悪い男は、湊からのプレッシャーにも何とか耐えて、小雛の立場をより悪いものへと追い込んでいく。


 「火のない所に煙は立たない……だったっけ?その女に関するそう言った下品な噂は元からそれなりにあったんだぜ?(本音)」


 「……ち、ちがいます!全部デタラメです!(本音)」


 強く否定する小雛。


 それも当然だ。


 気になる男性の前で自分をビッチだと認める女がどこにいるのか。


 小雛はそれをもっと強く否定しようと気持ちが逸るが、それをぐっと堪えた。


 これだけは言えない、と喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。


 その後もセクハラめいた曽我部の弁が、小雛を追い詰めていった。


 配信者という業界人の汚い部分を前面に出して小雛もそうだと決めつける論法だ。


 舌先三寸、強引な論調だが、流されやすいネット民には効果的だった。


 配信の流れが悪くなるのを彼女は感じた。


 「それともなんだ?あんたこれだけ上玉な女が、男遊びの一つや二つしてないとでもマジで思ってんのか?(本音)」


 小雛は、口を開けば思わず飛び出してしまいそうな言葉を恐れて、ただ黙っていた。


 少し不安を覚えた小雛がチラリと湊の様子を伺った。


 彼の様子に変化はなく、普段と変わらぬ冷静な姿に安堵すると同時に、一抹の寂しさが小雛の胸に去来した。


 ズキリと痛む胸をその手で押さえる。


 「んなこと今はどうでもいいっ。あんたはどう思うのかって聞いてんだ!この女の身体見てみろよ!どんだけ揉まれればこうも大きく育つんだか(本音)」


 「────っっっ……!」


 不躾な男の目が小雛の胸をまじまじと捉える。


 そして同時に耳に入る言葉に反応するように、言葉が胸から込み上がり喉から解き放たれそうになるのを《顔を真っ赤にして》必死に堪えた。


 「確かに彼女は魅力的だよ」


 「マスター……!」


 嬉しくなる湊のその言葉に小雛が顔を上げた。


 「男性との交際もそれなりにあるだろうさ」


 「────!!!」


 しかし、続く言葉に硬直してしまう。


 そう思われている、という事実がどうしても受け止めきれなかったのだ。


 二十歳を越えた女性からしたら全く不自然なことではないのだが、彼にはそう思って欲しくないと強く感じた。


 堪えろ、堪えろ、と自分に言い聞かせながら喉を飛び出そうとする言葉を必死に抑え込む。


 コメント欄の不穏な空気なども目に入らないくらいどうでもいいほどに、今は我慢に精一杯だった。


 「だ、だけどよ、今のこいつを見てみろよ。否定すりゃあいいのにさっきから何も言い返さねぇ」


 痛い所を突かれ、また喉元の暴れん坊が勢いづく。


 まずい、と小雛は心の中で焦り始めていた。


 我慢の限界に近い彼女はなにかを言おうと口を開けば、喉までこみ上げた恥ずかしい本音が先に飛び出してしまいそうで何も口にできない状態だった。


 曽我部からの一方的な勝利宣言に近い言葉にも反応せずにただ堪えた。


 「彼女にだって言いたくない事の一つや二つあるさ。性に関する事なんて殊更にね。彼女くらい器量が良ければ男の一人や二人、簡単に手玉に取れるだろうさ。むしろ男なら喜んでも良い事じゃないかな?それを悪事だとは僕は思わないよ────────」


 (あぁ、違うんですマスター……それ以上何も言わないで……私は、私は……)


 「────────まぁ、僕はもう少し貞淑な娘の方が好感が持てるけどね」


 「私は────────!!」


 小雛は我慢の限界を迎え、マスクのせいで喉元で必死に暴れ回る本音を抑えきれずに叫んでしまう。


 「────まだ処女ですぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううう!!!(本音)」


 顔を真っ赤にした小雛の羞恥に満ちた大きな心の叫びが、仮設ダンジョンの中をやまびこのように響き渡っていった。


 彼女の目じりには大粒の涙が滲んでいた。


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