第七階層。
洋館のような内装をしたこの階層には、アンデッド系統の魔物が蔓延っている。
そのため、不人気の階層であり、鬼門とされる第六階層を突破してきた中級探索者たちからすれば、然程苦労するような魔物はそう多くない。
多少の経験値稼ぎで、さっさと次へと進んでいってしまう探索者が殆どだ。
第六、第七階層より人が少なく、谷間のような人口分布を形成しているこの不人気階層は、それゆえに無駄に広い。
一日中探索を続けたとしても、他の探索者とすれ違うことなく探索を終えたという話は珍しいものではない程に。
そんな階層に、とあるパーティーが挑んでいた。
男だけで構成された五人組のパーティーは、現れたゾンビとリビングデッドアーマーの二体を卒なく倒し終え、面倒そうに武器をしまっているところだった。
「なぁんで俺たちが今更こんな階層来なくちゃいけないんっすか~」
大振りのナイフを握った小男が文句を垂らした。
その少し生意気な態度に、目つきの悪い大男がその目を更に鋭くしたが、それを眼鏡をかけた痩身の男が制止した。
「言いたいことは分かるが、これもギルドからの要請だ。相応の報酬が用意されるというのだから文句もないだろ」
「けっ、七階層に不審なところがないか見て来いなんて曖昧な内容なんすから、適当に歩いて問題なしだって報告すればいいじゃないっすかぁ~」
「お前っ。いい加減にしろよ」
小男のその軽薄な態度に、大男が遂に我慢の限界を迎え、小男へと声を荒げた。
しかし、小男はそんな大男の凄みにも、へらへらとした態度を崩さない。
「やめろ、
痩身の男は、平瀬と呼んだ男を諭すように言葉を続けた。
「ギルド側からの依頼を熟して行き、信用を得ることができる。この依頼は決して生半可なもので終わらせていいものではない」
「ギルドの信用ですか。そんなもの得てどうするんですかぁ?
【クラン】。
それは上級探索者たちのみが所属を許される互助会のような組織。
探索者はこの組織に勧誘されて初めて、公式に上級探索者として認められる。
逆に言えば、この組織からの勧誘を受けていない者は、いくら実力が高かろうと、公式に認定を受けることはない。
そんな【クラン】とギルドは、昔から険悪な関係にある事は、一部の間では有名だ。
どうしてそんなことになっているのかなど、当事者たちでしか知り得ない事だろう。
少なくとも、今この場にいる五人は皆目見当もつかないことであるのは間違いなかった。
「それがどうした」
痩身の男は、眼鏡の奥の目を細めて、小男の言葉を待った。
「どっちにつくのかって話をしてるんですよぉ。あの【クラン】に認められないと、上級探索者は名乗れないんですよぉ。中級探索者と一緒。いくら強くても自称上級探索者としか認識されない。そんなの嫌でしょぉ?先輩も」
小男の言うことは正しい。
中級探索者という肩書はギルドの公式には存在しない。
第三階層を越えられないような多数の探索者たちと明らかに一線を画す探索者たちのことを、探索者たちのコミュニティが勝手に呼び始めたのがはじまりだ。
故にいくら自分達で中級と名乗ろうと、公式での扱いはその他と一緒、下級探索者でしかないのだ。
【クラン】の鶴の一声が無ければ、我々中級探索者は、いつまでも公式では下級探索者扱いだ。
故に彼ら【クラン】、ひいては上級探索者たちに気に入られることこそが、名誉欲に駆られる男たちにとっての最優先の事項であり、立身出世の唯一の道なのだ。
「俺はイヤっすよぉ。どんだけ頑張って強くなっても、自称中級探索者のままだなんて。あの
一通り言い切った小男が、目を細めている痩身の男へと顔を向けた。
さぁ、どうなんだ?とでも言いたげな不遜な態度に、これまで平静を保ってきた痩身の男の表情にも技かな苛立ちのようなものが走った。
「私はギルドと仲良くしようなどとは言っていない。勘違いするな」
「ほぉ、なら───」
「だからと言ってギルドに対して不誠実な態度を取るつもりもない」
「はぁ?【クラン】にいい顔するなら、立場ははっきりしていた方が良いでしょう。そんな曖昧な」
「平瀬。私はギルドに目を付けられるようなことだけはよせと言っているんだ」
痩身の男の言葉に、小男が表情を顰めた。
「【
どうしてそんなことも分からないんだと、呆れた様子をまざまざと見せつけてくる小男に、大男がずさり、と一歩踏み出して反応したが、痩身の男はそれを許さない。
「違和感に気付かないのならそれでもいい。今はこの依頼を熟す事だけに集中してくれ。これ以上の会話は不要だ」
「ちっ」
第七階層の探索がまだ続くことが決定し、小男が舌打ちをした。
痩身の男が最前線を歩き始め、小男と大男、そして成り行きを心配そうに見ていた二人の男がそれに続いた。
小男の横を歩く大男が距離を詰め、小男を睨みつけた。
「お前、覚えとけよ」
「へいへい」
◆
五人はそれからも第七階層の探索を続けた。
途中何度も魔物を倒し、異変がないかと隈なく調べて行ったが、これといったものは見当たらなかった。
五人の実力はこの階層のものより高いため、散策のスピードは他の探索者に比べて速いものの、それでもこの広い階層の全てを探すには時間が足りない。
小男の不満も大きくなってきたのを見ると、この辺りでキリを付けるべきかと、痩身の男が考え始めた頃、奥から悲鳴が聞こえてきた。
「あぁあぁ。こんなところで死ぬようじゃあ、探索者としての才能なんてなかったんでしょうねぇ」
可哀そうな者を見るような小男のその言葉に、痩身の男も不本意ながらも内心では同意であった。
しかし、先ほどあれだけ分かりやすく対立して見せた手前、この小男に言葉の通りに見捨てるのは、痩身の男にとって少しだけ癪だった。
「様子を見に行くぞ」
「えぇ、まさか助けるつもりですかぁ。そこまでしなくてもいいでしょうに」
さっさと帰りたそうな小男の言葉を無視して、痩身の男が駆けだした。
すぐさまついてくる大男含めた三人の男に遅れ、小男の大きな声が後ろから聞こえてくる。
文句を垂れ流す小男を無視して、進む四人が先に目的地に辿り着いた。
「なッ、なんだこいつは!?」
第七階層の隅に当たる辺境で、痩身の男たちはそれを見た。
「蝋……?人間……?」
大男がそいつの印象を口にした。
全身を白い蝋のようなもので固めた異形。
そいつの下には、四人の人間の死体が転がっていた。
「ギルドの言っていた異変ってのはこいつのことか!?」
痩身の男が背中の大剣を抜き、眼前に構えた。
「「あああああ」」
異形の声がダブったように聞こえた。
「ひぇぇえ、なんだこいつ!?」
遅れて到着した小男が、その異形を目にして悲鳴を上げた。
「私が殿を務める!撤退戦だ!」
パーティーメンバーから否やは上がらなかった。
さっきまで意見の合わなかった小男も、これには同意の様子だ。
ギルドのデータベースにもない異形の化け物と戦うリスクなど、どんな探索者だろうと避ける事柄であろう。
痩身の男はこれまでダンジョンを生き抜いてきた探索者としての勘に従って、逃げる事を選択した。