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第72話 屍

 この階層では見慣れない男たちの登場に、四人が警戒心を露わにした。


 女性だけで構成されたパーティーは、他の男性探索者から性の捌け口として狙われやすい傾向にある。


 そのため、綺麗どころの集まる『BLASH』の面々は、日々その危険に晒されていると言っても過言ではないのだ。


 しかも、今回は有名インフルエンサーの小雛までいる。


 狼たちにとっては、とても魅惑的な羊に見えていることだろう。


 そして武装からして、適性階層はもっと下。


 見るからに第八階層以降の強さを持つであろう男たちの不自然な登場に、全員が身構えた。


 「あなたたちも、ギルドから依頼されたのですか?」


 この面子の中で全く臆していないのは、小雛だけだった。


 「その口ぶりだとお前たちもか。そうだ。俺たちも不審なところがないかとギルドに依頼されてな」


 「……不審?」


 その妙な言い回しに小雛は引っ掛かりを覚えたが、自分たちと同じ『異常イレギュラー』調査だと言うのなら、彼らがここに居る事も不自然ではなかった。


 「今、この階層は魔物の異常発生が起きている。私はこれを報告するためにこれからギルドへと向かうつもりだ」


 男の口調は平坦だった。


 暗がりと隠し方の巧みさで目立たないが、よく観察すれば体中に酷い傷があると分かる。


 【職業クラス】の特性上、目の良い小雛にはお見通しだった。


 それは堂上も同じらしく、警戒心をひた隠しにしているのが、小雛にも理解できた。


 「できるだけ敵の少ない通路を案内しよう。ついてくるといい」


 怪しさを感じながらも、小雛たち五人は大人しく四人の男たちの背中を追う事にした。


 ◆


 痩身の男の言う通り、彼らの通る道は魔物が不思議なほどに少なかった。


 時折出てくる魔物も、この階層で一番弱いゾンビが一、二体程度。


 それは先頭を歩く彼らの戦闘能力と比べれば、まさに路傍の石に過ぎないような取るに足らない存在でしかなかった。


 道案内だけでなく、露払いも一緒にしてくれる彼らのお蔭で、小雛たちはさっきまでとは比較にならないほど、楽にダンジョンの中を進むことが出来ていた。


 「本当に信用していいんでしょうか?」


 小雛が隣を歩く堂上に聞こえる程度の小声で、そう不信感を口にした。


 「奴らは多分、そこそこ有名は中級探索者だ。オレらの先輩ってところだな。特に悪い噂も聞いたことがねぇ」


 彼女も口ではそう言うが、目ではそう言っていなかった。


 理性的な事を口にできてはいるが、本心は違うのだろう。


 まだ判断にあぐねているようだ。


 しばらく進み、小雛と堂上が先に違和感に気付き、遅れて六花とこよりも顔を険しくした。


 途中までは良かった。


 迂遠な経路を辿っていたが、それは魔物の回避のためという理由があったから納得は出来ていた。


 しかし、二手に分かれた通路を曲がった瞬間、その違和感は強い疑念へと変わった。


 今、この男たちは出口を探して自分たちを案内していない。


 男たちが選んだ通路は、出口の方向とは真逆。


 この先が行き止まりであるということを小雛たち四人は知っていたからだ。


 「流石に信用できねーな。引き返すぞ」


 堂上が屈み、静かに身を翻そうと、仲間に指示を飛ばした瞬間、六花が否を唱えた。


 「戦力的にはこちらが上よ。あいつらの狙いが何なのか、招かれた上で叩き潰せばいいわ」


 「……」


 「なに?堂上」


 「いや。確かに、お前の言うことも一理あるな。こっちには桜咲もいるしな」


 『BLASH』の実力は既に第七階層より上の位置にある。


 そしてつい先日、【DD】ショップにて、武装の強化を終えたばかり。


 あそこの武器やアイテムは、地上で扱っている探索者向けの売り物より数段優れた業物ばかりだ。


 個人の戦闘能力は飛躍的に上昇している。


 その上、こちらには桜咲小雛という大駒が存在している。


 恐らく小雛だけで、四人のうち、二人以上の無力化も可能だろう。


 「それに、もしかしたらあいつら『異常イレギュラー』についてなにか知っているかもしれないわ。そうだとしたら吐かせてやりましょう」


 ギルドからの依頼は「調査」だ。


 つまり、原因の究明と、その根源を調べる必要がある。


 このままおめおめと帰った所で、報酬は雀の涙程度のものしか望めないだろう。


 堂上は信頼する六花の言葉を呑み、男たちの企みに乗ることにした。


 ◆


 男たちについていき、辿り着いたのは、広い部屋だった。


 洋館調のこれまでの部屋とは違い、なにもない無機質な部屋。


 男たちは部屋の奥まで進むと、小雛たちへと向き直す。


 「おい、一体何が目的なのがそろそろ教えちゃくれねーか?」


 「……」


 堂上の威勢のいい言葉に痩身の男は応えない。


 男たちが振り返る。


 すると、一斉に武器を取り出して、小雛たち目掛けて突然襲い掛かった。


 「はっ、分かりやすくていいぜ!」


 痩身の男が振るう身の丈はあるかと言う大剣を堂上がハルバートで迎え撃つ。


 大剣と槍斧の激しい金属音を銅鑼代わりに、戦闘が始まった。


 「すぐに終わらせます!」


 小雛は大男の無視して後ろの四人へと吶喊。


 緩慢な動きの大男に反応すらも許さず、抜けた小雛は、二人の鳩尾に小刀の柄頭を当て、瞬時の無力化に成功した。


 「流石小雛ちゃん!」


 入鹿の喜びの声を聞くより早く、大男の接近に小雛は対応し、戦い始める。


 後衛職の無力化は、小雛の得意科目であったため、お手の物であったが、この大男は同じようにはいかないようだ。


 見た目とは裏腹に、二振りの小剣を扱うこの大男の動きは素早く、先ほどの木偶のような緩慢な動きとは正反対だった。


 しかし、分は小雛の方に大きく傾いている。


 地力の差はもちろん、得物の差も大きい。


 しかし、殺傷を控えた戦いとなれば、流石の小雛でも手古摺る相手だった。


 しかし、数でも実力でも勝る相手。


 戦いはすぐに小雛たちの勝利に終わった。


 「この人たち一体なにがしたかったの……?」


 手傷を負った堂上の傷を癒しながら、入鹿が疑問を口にした。


 「性欲が我慢できなかった……違うか」


 「その割には殺すような一撃ばっかだったけどな」


 鑑の冗談に、堂上が足元に倒れた痩身の男を見下ろしながら言った。


 堂上は、男たちから感じた違和感の正体を本人から聞こうとして、その場で屈み、頬を叩いた。


 「────!?」


 手に伝わる大きな違和感を確かめる暇はなかった。


 「堂上さん!こいつらまだ戦うつもりですよ!」


 立ち上がった後衛の男二人と、大男から退くように堂上の横に小雛が立った。


 そして立ち上がったのは、小雛が相手した三人だけではない。


 堂上と、六花たちが倒した痩身の男もまた、のそりと不気味に立ち上がる。


 「……あり得ねぇ」


 「堂上!もう一度無力化するわよ!」


 六花が戦闘の合図を促すが、堂上は呆然としたまま動かない。


 「涼子ちゃん……!」


 不自然な堂上の反応に、六花たちが戸惑う。


 小雛は既に戦闘を再開しているが、想像以上にタフな男たちに困惑しているようだった。


 「ごめんなさい!」


 体勢を大きく沈めた小雛が、大男の脚を斬りつけた。


 命に別状はないが、今度こそ戦闘不能には持っていける。


 そう考えた故の選択だった。


 小雛は見てしまう。


 斬りつけたはずの大男の脚を。


 はっきりと傷口が見えるというのに、出るべきものが出ないその異様な光景を。


 それはまるで、既に出し切ってしまっていたかのような不自然な。


 脳が理解を拒む中、悪臭が小雛の鼻を突いた。


 それはいつか嗅いだことのある。


 しかし、それよりも遥かにキツイ──────


 「桜咲!油断するな!こいつら既に──────死んでやがる!」


 「え」


 腱を断ち切ったにも関わらず、大男が立ち上がる。


 小雛の身長では見上げるほどの大男。


 小雛が覗いたその素顔には、まるで生気を感じられなかった。


 「ニゲ……ロ……」


 大男の口がそう告げた。

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