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第73話 葬送

 大男が初めて言葉を発した。


 かろうじて聞き取れる程度の掠れた声を最後に、大男が足の負傷を無視して両手の剣を振り上げた。


 心がざわつくような不安に駆られた小雛は、大男の攻撃を既の所で回避に成功した。


 堂上の言葉と、死人のような面相、そして声。


 そのパーツの全てが、彼らの在り様を示していた。


 のそりと、糸で持ち上げられたように男たちが立ち上がる。


 その動きは生者のものには見えなかった。


 「さっきあの眼鏡の男を起こそうとして頬をひっぱたいたんだ。そしたら冷蔵庫から取り出した豚肉みてぇに冷たくてよ。まさかと思って脈をたしかめてみたら────完全に鼓動が止まっていやがった」


 堂上の苦み走った顔には、憐憫が含まれていた。


 「で、でも!今まであの人は私たちとお話してたんだよ!そんなタイミングなんて……」


 「初めから死んでいたんじゃないかしら」


 「六花ちゃん……?」


 入鹿の目が、次第に見開かれていく。


 六花の言葉の意味を完全に理解し、一歩後ずさる。


 「うそ。あり得ない。死体が生きてるみたいに振舞うなんて……!」


 【職業クラス】だとは言え、神官としての力を持ち、仲間を死から遠ざけてきた入鹿にとって、その真実は到底許容のできるものではなかった。


 「莉緒、そんな都市伝説聞いたことあるか?」


 「ない。こんな不愉快な話」


 初期の頃ならそんな話が面白半分で誰かが創ってもおかしくないだろう。


 しかし、第七階層という、然して深くもない階層の噂話など、すぐに消える。


 話す人がいないと言う事は、単に誰も経験したことがないのだろう。


 「つまりこれか。ギルドが言ってた『異常イレギュラー』ってのはよ」


 ダンジョンで起きる異変は、そのどれもが想像を超えるものだと誰かが言った。


 「まったく。うちのサブリーダーは面倒な仕事を受けてきちまったな」


 「ごめんなさい……まさか、こんなことになるなんて」


 謝る六花の背中を叩き、堂上が笑う。


 「気にすんな、六花。あのモテなさそうな奴らの事だ。オレらみたいな美女軍団に葬られた方が報われるってもんだ。弔うぞ、お前ら」


 堂上の発破に、パーティーの士気が上がった。


 落ち込んでいた入鹿の表情にも義憤が満ちる。


 小雛は、かつての仲間たちのその気高さに胸に暖かいものが溢れてくるのを感じ、やる気を漲らせる。


 先ほどまで感じていた、例え死人だろうと、同じ人間と戦わなければならないという恐怖が、彼らを救いたいという気持ちに置き換わる。


 「さっきみたいに、私が後衛を抑えるから、みんなはその間にその眼鏡の人を──────ッ」


 小雛が俊足を見せようとした瞬間、後衛の二人が自分たちを囲う様に土壁を形成。


 トリガーワードもないスキル発動には流石の小雛も反応できず、防衛拠点の築城を許してしまう。


 壁に空いた僅かな隙間から、氷塊が飛来。


 「────ッ。トリガーワードもないとか厄介ね!」


 六花の矢が的確に二つの氷塊を砕いた。


 「鑑!敵の魔術発動が早い事を頭に入れて迎撃態勢を取りなさい!使うのは風の魔術!準備!」


 「うん」


 「良し。六花たちが後衛の攻撃を凌いでくれている間に、オレたちは前衛を崩すぞ。日和るなよ桜咲」


 白い歯を見せた堂上が、ハルバートを肩に、痩身の男へと突っ込んだ。


 「任せてください!」


 小雛もまた、双剣を握る大男へと小太刀を向けた。


 小太刀と双剣が火花を散らす。


 チリチリと舞う明りに、大男の顔が照らされる。


 明滅の中、浮かび上がったその顔は、やはり死人そのもので、どこか救いを求めているようにも小雛には見えた。


 力が拮抗する中、痺れを切らしたかのように、攻撃のために片手を振り上げた。


 しかし、それは剣士としてはあまりに甘い判断であった。


 当然、鍔迫り合いの均衡は崩れ、小太刀が片割れになった双剣をカチあげた。


 攻撃のために振りあげた剣は当然、間に合う訳もなく、小雛の飛躍を許す。


 飛び上がった小雛は宙で前転し、小太刀がその首を断ち切った。


 落ちる首。


 その顔はどこか穏やかに見えた。


 「堂上さん!」


 自分の戦闘を終えた小雛が、依然として戦闘を繰り広げる堂上へと助太刀に入ろうとしたのを、堂上本人が一喝するように小雛を制止した。


 「お前は後ろの目障りな奴を葬ってやれ!こいつはオレ一人で十分だ!」


 堂上は多少の手傷を負っているが、戦いは優勢に見えた。


 「鑑は私と一緒に小雛の援護。入鹿は堂上の傷を治癒!」


 「おい!オレは一人でも──」


 「変な対抗心燃やしてないでさっさと終わらせなさい!」


 「チッ……悪いな、あんた。オレの仲間がせっかちでよ」


 六花の叱咤に堂上が伏し目がちに痩身の男を見つめた。


 堂上は自分の傷が治っていくのを感じる中、終わりを待つ男へと槍斧を振り上げた。


 痩身の男は大剣を持ち上げ、槍斧を迎撃。


 力感のないその所作は、剣の力量からくる達人の見せる芸当ではない。


 外部から操られているかのような、そんな不自然な動きと力。


 それだけで、この男たちが何者かによる生の凌辱を受けている可能性が見て取れる。


 堂上は奥歯を軋ませ、追撃を見舞う。


 人体の構造に囚われない、予想の難しい体捌きと剣の軌道に苦戦を強いられながらも、堂上は不思議と脅威を感じなかった。


 「あんたはきっと、もっと強い男だったんだろうにな。──────残念だ」


 大剣が宙を舞う。


 斧が、その身を割った。


 「……スマ……ナイ……」


 酷く掠れた、拙い声。


 それは、流暢な時とはまるで人が違うような印象を受けた。


 「桜咲!こっちは終わったぜ!」


 堂上が小雛が戦う部屋の奥へと視線を運んだ。


 再戦直後、魔術師クラスの男が築き上げた壁は崩れ、焦げた土塊が転がっていた。


 堂上は戦いに集中していて気付かなかったが、痕を見て、鑑の魔術スキルによる破壊行為なのだろうと考えた。


 その崩れた壁の向こうでは、小雛が一人、目を閉じて、立ち尽くしていた。


 彼女のその行動の意味を汲み、堂上もまた目を閉じる。


 戦いの終わりに安堵の表情を浮かべていた六花、入鹿、鑑の三人もそれに気付き、辺りに静寂が訪れた。


 五人が目を開く。


 彼らの正体はただの魔物であったなら、そう僅かに願っていたが、遺体は依然として地面に横たわっていた。


 やはり、彼らは人間で、死んでも尚、その体を弄ばれていたのだと確信した。


 「それにしても、こんな所があったなんてな。ギルドから買った地図には描いてなかったと思うが」


 堂上は、皆の曇った気分を切り替えようと、話を変えた。


 「これも『異常イレギュラー』の影響ってところじゃないかしら」


 「ここの事も報告した方が良いよね。地図に書き足しておくね」


 入鹿が取り出した地図にこの部屋を追記したのを見て、堂上が踵を返した。


 「一旦この事をギルドに報告しに帰還するぞ。異論はないな」


 六花の目を見て、堂上が言う。


 「そうね。なにが起きているのか、これだけ分かれば十分でしょう。これ以上欲を出す必要もないわ」


 六花の言葉に満足した堂上が、改めて四人に伝え、部屋から出ようとした時、部屋の奥から冷気を感じて振り返る。


 「桜咲!退け!」


 堂上の緊急指示よりも早く、小雛は壁から迫るなにかに反応し、後ろへと飛び跳ねていたが、しかし、回避は間に合わなかった。


 壁が吹き飛び、その奥から何かが飛び出し、小雛の身体を捕まえた。


 「小雛!!?」


 ドロドロと溶けたような白い大きな手に、小雛は抵抗虚しく、壁の奥へと引きずり込まれてしまった。

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