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第74話 未確認エリア

 「小雛!!?」


 六花の悲痛な声が響く。


 一人、離れた位置に立っていた小雛を助けられる筈もなく、壁を破壊した白い大きな手は、彼女を闇の向こうへと引きずり込んでしまった。


 「くそっ、どうなってやがる!!」


 四人が崩れた壁へと急いで駆けより、その闇の向こうを見た。


 穴は更に奥へと続いていた。


 「【トーチ】」


 鑑の作り出した灯りが暗闇を照らした。


 「大丈夫。進める」


 床に何もないことを確認した鑑が堂上を見上げた。


 その言葉の意味に堂上が逡巡を見せた。


 「堂上!すぐに行くわよ!小雛を助けないと!」


 「……ッ」


 「堂上!」


 明らかにこのパーティーの手には余る展開だ。


 この先を進めば、間違いなく四人全員が危険に見舞われる。


 桜咲小雛という切り札を欠いた今、『異常イレギュラー』への対処は極めて困難。


 一度戻って増援を呼ぶのがリーダーとして適切な判断に疑いはない。


 サブリーダーである六花がこうして取り乱しているのなら、殊更に。


 しかし、


 「この奥で何かがあれば退避が最優先。これだけは絶対だ」


 「分かってるわ。皆を危険な目には合わせない。私が守る」


 六花の強い意志の籠った目を信じ、堂上が一歩、暗闇へと足を踏み入れた。


 「馬鹿言うな。守る役割はオレだ────行くぞ」


 恐れず闇へと踏み込んだ堂上に三人が続く。


 鑑の【トーチ】による灯りの範囲はせいぜいが半径数メートル程度。


 通路を見通すには心許ないが、これに頼らざるを得ない。


 地図にないはずの部屋から更に奥へと続く光の無い謎の空間を、四人はただ黙って突き進んだ。


 途中に会話はなく、四人が灯りの範囲の中で固まって、ゆっくりと進むだけ。


 歩く音と、仲間の息遣いだけが聞こえる。


 小刻みなその呼吸には、強い緊張が伺えた。


 ひたすら真っすぐに進んだ四人は、遂に暗闇の先に光を見つけた。


 自然と駆け足になりそうな焦る気持ちを抑えて、堂上が自分よりに先に飛び出そうとした六花を、右手を広げて制止した。


 「────ッ」


 堂上は何も言わない。


 ただじっと横目で六花に視線を送る。


 それだけで六花は湧き上がった焦燥感を抑えて、足並みを揃えることが出来た。


 堂上の足に合わせて三人は動く。


 光が近づくにつれ、その速度は牛歩のように遅くなる。


 六花は焦れったい気持ちに陥るが、頭では彼女のその判断が正しいと理解できているため、それを咎めるような真似はしない。


 遂に、四人は暗闇に満ちた一本道を抜け、光に足を踏み入れた。


 「おいおい。いつから第七階層は廃洋館から寂れた街に鞍替えしたんだよ」


 驚きに目を見開いた堂上が、に息を呑んだ。


 湿った風を浴びながら、自分がとんでもない間違いを犯したことに気付いた。


 地下であるはずの東京ダンジョンに、があることなどあり得ない。


 これは下層に見られる現象で、空間歪曲などと呼ばれるダンジョンの未解明構造の一つだ。


 そのため、一般的な探索者がそれをお目にすることは滅多になく、配信を限りなくすることのない、上級探索者たちのみが知る世界として有名だ。


 最近では小雛が行った第十八階層の深層配信が有名だろう。


 それはつまり、最近中級探索者として認められた程度の『BLASH』には分不相応な階層である、ということだ。


 「人がゾンビになったのも想定外だったが、これはそれ以上だ。明らかにやべぇ」


 堂上の額に汗が滲む。


 それは後ろの仲間も同様だ。


 初めて見たダンジョンのに広がる青空に息を呑む音が二つ。


 「引き返すなんてこと言わないわよね、堂上」


 覚悟を決めた六花が、堂上の前に立った。


 「だけどよ、六花……これは流石に……」


 「私は小雛を見捨てない。私だけはを見捨てない。もう二度と見捨ててやらないって誓ったの」


 六花を見た堂上は、思わずその力強い目に息を呑んだ。


 こんな姿の六花など、今まで一度も見たことがない。


 「みんなが行かなくても私は一人でも行くわ」


 「おいっ、気持ちは分かるが……六花!」


 引き留めようと堂上が言葉を絞りだそうと考えるが、小雛に人一倍強い感情抱く彼女を思いとどまらせるだけの言葉を堂上は知らなかった。


 「六花ちゃん!私も小雛ちゃんのことは大切だけどっ……これじゃ六花ちゃんまで!」


 入鹿の必死な言葉も、彼女の覚悟を揺らすには至らない。


 「おいっ、鑑もなにか言っ──────」


 「【火球ファイアーボール】」


 「鑑!?お前──────」


 いきなり何を。


 そう言おうとするよりも早く、鑑の放った火球が六花に向かう。


 「六花!!」


 堂上も入鹿も、鑑の突然の凶行に驚き、二人が六花の名を呼んだ


 自分に迫る火球を目前にしても、六花の表情は険しいまま。


 焦り一つ、驚き一つも見せはしない。


 火球は六花のすぐ横を抜け、いつの間にか近くまで接近していたゾンビの身を焼き払った。


 「大丈夫。あれを見る限り、魔物の強さは第七階層とそう変わらなそう」


 顔色一つ変えずにそう言い切った鑑に、堂上と入鹿は肩の力を抜き、そして頭に拳骨を落とした。


 「どうして……私は仲間……」


 「紛らわしいんだよお前は!!」


 「そうだよ!力尽くで、とかそんな事かと思ったんだからね!」


 涙目で頭を抑える残念美人を二人で説教する姿を見て、六花の顔からも険が抜けた。


 「そう言う事だ、六花。オレたちも一緒にいくぜ」


 「望みがあるなら、多少の無茶はしないとね。小雛ちゃんは私たちの仲間なんだもん」


 「私は最初からそのつもりだった。二人は臆病すぎ」


 「くっ。ムカつくが何も言い返せねぇ」


 一度は小雛を見捨てようとした立場の堂上は、鑑のしたり顔に何もできなかった。


 下層のような強い敵ではないと言うことが分かれば、必要以上に恐れることはない。


 不確定要素は依然として強いが、捕まった時の小雛の状態を考えれば、一刻の猶予も許されない。


 堂上たち四人は、仲間のために未知のエリア攻略へと乗り出した。


 いつもの隊列に戻り、先頭を歩く堂上が、六花へと振り返ることなく話し始めた。


 「謝るつもりはないからな、六花。一度、戻ろうとする判断は、あの状況ではリーダーとして当然の決断だ。ゾンビが現れなかったら、あのまま引き返すつもりだった」


 堂上の言葉に、六花は素直に頷いた。


 「私も堂上の判断は正しいと思うわ。立場が逆なら、私も同じ考えに至っていたでしょうね。あなたの考えは尊重するわ」


 「……そうか」


 堂上は、何かを言いたそうにしながらも、それを飲み込むようにして、そう口にした。


 「もし、より下層の魔物が現れたり、未確認の魔物が発見された時点で、引き返すことを念頭に入れておけよ」


 「……えぇ」


 四人が一度立ち止まる。


 見晴らしの良い、小高い丘の上。


 眼下に広がる、レンガ造りの異国情緒あふれる街並み。


 しかし、その街の家々は汚れ、崩れ、人の気配がまるでない、ゴーストタウンとなっていた。


 時折、外を蠢いているのは、おそらくゾンビだろう。


 振り返ると、後ろには廃墟となった洋館が建っている。


 「ここから小雛を探すのか?外にいんのか、屋内にいんのかもわからねぇってのに」


 「探すしかないでしょ」


 「ちげぇねぇ」


 四人は小高い丘の上を、小雛がいないか探しながら降っていく。


 街中へと降り立った『BLASH』が辺りを見渡した。


 「そう広くはねぇが、ここに居なかったらと考えると……最悪だな」


 このエリアに、果ては恐らくない。


 下手をすれば広大なこの世界を探さねばならないことになる。


 そんなの何十年掛かっても無理な話だ。


 「きっと大丈夫よ。この街のどこかにいるわ。探しましょう」


 「……そうだな」


 四人は寂れたこの街並みのどこかから小雛を見つけるべく、練り歩き始めた。

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