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花見 8

 何をやったかということ、そしてその後の言動を耳にして、どちらが正論かを周りの人たちがジャッジしたような感じになった。

 さすがにこの状態はまずいと思ったのか、急に勢いがなくなり、それまでの高飛車の感じがしぼんでしまった。結果、その場をすごすごと立ち去り、田代は周りの人から「よく言った」とか「差別する人がいるというのは嘆かわしい」といった声が掛けられた。

 ひと悶着はあったが、無事に解決し、サブは再びドッグランを駆け回っていた。その楽しそうな様子に、この日の嫌なことはすべて忘れてしまった。

 ある程度時間を過ごした後、田代たちは辺見夫妻のところに戻った。さすがにドッグランでの件は報告しなければならないと思い、事の流れについてすべて話した。

 その上で里香と正男にも教訓の一つとして分かりやすいように説明することにした。

「里香ちゃん、正男君、今日は楽しいこともあったけど嫌なこともあったわね」

 田代は2人のほうを見て言った。

「里香ちゃんはサブちゃんが可哀そうだと思った。サブちゃんも痛かったと思う」

「僕ニハヨク分カラナイ。オバサンタチガ僕ノコト何カ言ッテイタケド、意味ガ分カラナカッタ。外国人ッテコト? ロボットッテコト? サブチャンガ可哀ソウトイウコトハ分カッタ」

「正男君、サブちゃんのこと分かったの。そうよ、可哀そうだったね。里香ちゃんも見た通り、痛かったし驚いたと思った。だから鳴いていたものね。おばさんたちの力だから骨が折れるようなことはなかったと思うけど、もし様子がおかしかったら病院に連れて行かないといけないわね」

「うん、里香、サブちゃんのことをちゃんと観る」

「偉いわ、里香ちゃん」

 サブとモモは家に帰った時、一緒にリビングにいたが、里香は蹴られたところを優しく撫でている。痛がる様子がないので大丈夫だと思われるが、言葉を話せないから本当のことは分からない。明日まで様子を見るように田代は話した。

「正男君、残念だけど人間にもいろいろいる。私たちの味方をしてくれたような人が多いけれど、私たちに変な言いがかりをしてきたような人もいる。君には良い人間ばかり見て欲しかったけど、これも現実。だから公平に良いこと、悪いことを学び、成長できると思う。良いことはどんどん吸収して、正しい考えを持つようにして。そして悪いことに出会ったら怒ることも必要。だけどそれで暴力を振るったりしては駄目。その人たちと同じになってしまう。私たちは君たちにも社会の一員として普通に暮らしていけるようにしたいと思っているけど、今はまだその入り口なの。正男君はいろいろなことを経験すると思うけれど、そのことはちゃんと記録され、君の仲間にも伝わるようにする。だから我慢して」

「我慢? 僕ハ今度ノコトハサブチャンノコトガ心配ダッタダケ。里香チャンニ何モ無クテ良カッタ。怒ル時ッテ里香チャンガ蹴ラレタリシタ時?」

「そうよ。でもそうなりそうだったら正男君、里香ちゃんを守ってね。でも、相手を蹴ったり殴ったりすることじゃない。もし正男君がそうしたら大変な問題になってしまう。そこが難しいところだけど、可能であれば自分が代わる、ということもあるかもしれないわ。そのことで何かあれば、全力で君を元通りにする。約束する」

 辺見夫妻は田代の話を黙って聞いていた。里香に対して言うことはあっても、正男に対しては何を言って良いのか分からないところがあったからだ。

 だが、田代の話については一言一言頷いており、基本的な賛同は得られていた。

「田代さん、今回の件、私たちは現場を見ていないのでお話しすることを控えていましたが、里香にとっても正男君にとっても初めての経験のはずです。周りの人たちの協力もあり、良い結果になりましたが、2人の成長には大きくプラスになったと思います。それも田代さんがいらしてくれたおかげです。ありがとうございました」

 一郎が言った。続けて美恵子も口を開いた。

「里香ちゃん、お姉ちゃんの話どうだった?」

「分からないところもあるけど、正男君が言われても何も言い返さなかったことに驚いた。里香だったら間違っていることを言われたら怒っていたと思う。周りの人が助けてくれたことも嬉しかった」

 その後いろいろ話が続いたが、夕食の時間になった。田代は帰ろうとしたが、またもや引き止められ、里香ももっと一緒に居たいと言った。また泊めてもらうことになったが、これから夕食の支度は難しいということで、お寿司の出前をお願いすることになった。夜はそれをつまみながら楽しい話がさらに続いた。


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