確かに、できるだけ人間に近づけるよう、表情をコントロールできるような仕掛けになっているが、これまではぎこちなかった。
「正男君、優しい顔」
野良犬の恐怖をすっかり忘れた顔で里香が言った。
そこに美恵子が息を切らして駆け付けた。その時、野良犬は少し構えたが、すぐに落ち着き、最初の時の様に威嚇することはなかった。
そして向きを変え、また空き地のほうに戻るそぶりを見せた。周りに集まっていた人たちもホッとしたところだが、歩きながら野良犬は正男を誘うような感じで後ろを振り返っている。歩く様子もゆっくりだ。
正男は誰に言われるでもなく、野良犬の後を付いて言った。里香もサブとモモを美恵子に預け、一緒に付いていく。
「里香ちゃん、危ないから行かないで」
美恵子は里香を引き留めようとするが、構わず正男の後を追った。
空き地の奥の物陰に行くと、野良犬は崩れるように地面に倒れた。この時、野良犬の敵意は全く感じない。
その様子を正男と里香が覗いた。
「お母さん」
里香が大きな声で美恵子を呼んだ。
「何? 何があったの?」
里香の声に驚いて美恵子は空き地の奥へ行った。そこで見かけたのは3匹の子犬の死骸だった。土に汚れ、痩せている。ピクリとも動かない。野良犬はそういう子犬を優しく舐めている。
わが子が死んでいることが分からないままに、母犬なりに育てているのだろう。
「かわいそう」
里香と美恵子が同時に言った。
正男は子犬を舐めている母犬の頭を撫でている。
「サブチャント同ジ。優シイ」
「そうね。一生懸命育てていたのね。誰かに飼われている犬ならこんなになっていないでしょうけど・・・」
美恵子が言った。そして何かを決意したような表情になった。