目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

散歩 6

 夕方、一郎が帰宅した。いつものようにリビングに行くと、家族の様子が何となく暗い。いつもは笑い声が絶えない家族だけに、その光景は一郎にとって異様に感じた。

「何かあったのか?」

 一郎は美恵子に尋ね、この日にあったことを一部始終話した。

「そうか。大変な1日だったな」

 そう言うと里香が一郎に抱き着いてきた。何か話すわけではないが、表情が沈んでいる様子からその心情が推し量られる。一郎も優しいまなざしで里香を見ている。

「今回、正男君が活躍したようだね」

 一郎が里香に話しかけた。

「そうだよ。里香、ワンちゃんが怖かったけど、サブちゃんが守ってくれて、それを正男君がさらに守ってくれたの。そしてとっても優しかった。あのお母さんワンちゃんもそれで私に噛みついたりしなかったと思うの」

 美恵子はその場面こそ見てはいないが、正男の対応が野良犬の警戒心を解いたのだと理解しており、里香の言葉に頷いていた。

「正男君、里香やサブちゃん、モモちゃんを守ってくれてありがとう」

「僕ハミンナヲ守リタカッタ。アノワンチャントサブチャンノ違イガ分カラナイ。命ハミンナ大切ト勉強シタ。ダカラ優シクシタ。僕、正シイ?」

「もちろん、正しいよ。人間は間違って時々良くないことをやってしまう人がいるけど、心の底から悪いことをやろうとする人はいないと信じている。でも、本当に自分や大切な人が危ない目に遭った時は、きちんと守らなくてはならない。その判断は難しいけれど、人を信じていなければ社会は成り立たない。僕たちも正男君や里香にはそういうことが分かるようになってもらいたいと思っている。今日は正男君が人として大切な姿を里香に見せてくれて感謝している。ありがとう」

「里香、今日の正男君、とっても素晴らしかったと思う。そしてお母さんもあのワンちゃんを家族にしてくれて嬉しかった。3匹の小さなワンちゃんのお葬式もやってくれると言ったので天国に行けるように、里香、一生懸命神様にお願いする」

「そうだね。里香は優しいね。きっと行けるよ、天国に」

 美恵子が言った。

「そんなわけで明日、警察に行って子犬の亡骸を受け取ってきます。あなたの了解をもらわずに勝手に決めてごめんなさい」

「何も問題はないよ。そういうちょっとしたことも里香や正男君には勉強になっているはずだから、良い判断だったね」

「ありがとう。警察に行った後、病院にも行ってくる。あのお母さんワンちゃんが気になるので・・・」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?