それから30分後、美恵子、里香、正男、サブ、モモがやってきた。本当は一郎もと思ったけれど、あいにく外せない仕事があるということで、病院にはいけないということだった。
みんなは瀕死の野良犬がいる部屋に通されたが、きれいな部屋だった。名もない野良犬が臨終を迎えるにしては場違いではないかという感じだったが、この動物病院ではもう家に帰れないペットがここで臨終となる時、家族と一緒に居られる部屋を用意してあるのだ。
本来、今回のようなケースでは使えないのだが、美恵子の意思を感じ、特別に使用が許可されたのだ。
里香はその様子を見て、一所懸命話しかけている。正男の表情も心なしか悲し気だ。まるで人間の感情が出ている状態になっている。そのことは美恵子も確認している。野良犬は苦し気に呼吸をしている。お腹や胸の動きを見ると分かる。
美恵子は触れても良いかを院長に尋ね、許可が出たので、優しく3人で撫で始めた。サブとモモもベッドに上り、その身体を舐めている。毛づくろいをしているような感じだ。何を思ってのことかは分からないが、その光景は昔から一緒に暮らしている家族のような感じだ。モモとは種が異なるが、いつもの家族の様子なので違和感はない。
そして2時間ほど経った頃だろうか、その野良犬は一度大きく息を吸ったかと思えば、その後、動かなくなった。美恵子は院長を呼びに行ったが、それが最後だった。
「残念です。今亡くなりました」
無情な臨終宣告に里香が大声で泣き始めた。美恵子も泣いている。正男は涙が出るような装置はないし、悲しいという感情はまだ経験していないので理解できていない。でも、先ほどよりも悲しそうな表情になっていることは理解できる。
部屋にいる院長やスタッフは正男のことは知らないので、ここで涙を流さない様子に違和感を感じていたかもしれないが、表情の変化は感じられたので、場違いには感じられなかったようだった。
死を実感した里香や美恵子は心が落ち着いた時点で病院を引き上げ、自宅に連れて帰ることにした。
家に到着した時、里香が言った。
「お家に帰ってきたよ。初めてだと思うけど、ここがあなたの家よ。今まで大変だったね。ここでゆっくり眠ってね」
里香にとっては初めて命が尽きた状態を実体験したことになるが、ドラマでこういう時の様子を見ていたので、自然に言葉が出てきた。見ている時には意味が分からなかったと思われるが、実際に体験すると、その悲しみの感情と自然に出てくる言葉の意味が理解できたようだ。それは正男の場合も同様で、優しさを体験し、その上で悲しみという感情も学んだ。