次の日、美恵子と里香、正男が買い物に出かけた。玄関を出ると、いつもより近所の人が多いように感じられた。昨日のことがあるからそう感じるのかな、と美恵子は思ったが、目線もいつもと違うように思えた。悪い雰囲気ではなかったが、好奇心を含んだまなざしであった。何か話しかけられたわけでもないので、美恵子は2人の手を引っ張り、スーパーに向かった。
開店直後だったが、思ったより客が多い。今日のメニューを考えながら歩いていると、沢田に遭遇した。美恵子はその瞬間、「まずい」と思ったが、あからさまに避けると何を言われるか分からない。だから会釈をしてそのままその場を離れようとしたが、しつこい沢田はそれを許さなかった。
「あら、奥様。昨日はお忙しいところをお邪魔して申し訳ありませんでした。今日は何を召し上がるの? 正男君も一緒ということは、お国の料理でも作られるのかしら。今度教えて欲しいわ。国はどちらなの? 何がお好きなの?」
「すみません。まだ日本語が上手じゃないのでうまく会話ができません。メニューについては今、日本にいるのでウチでいつも食べているものにしています。正男君は好き嫌いなく食べてくれるので」
「あら、そんなことをおっしゃっても遠慮しているんじゃないかしら。正男君、良かったら今度ウチに遊びに来ない? おばさん、あなたの好きなものを作るわ。料理、教えてちょうだい」
「沢田さん、ありがとうございます。まだ日本のマナーを勉強中ですから、今は他所でご迷惑をおかけしないように、ウチの中で生活してもらっています。機会がありましたら、よろしくお願いします」
美恵子は面倒くさいと思いながら、社交辞令も交え、沢田に返事した。
「じゃ、お待ちしていますね」
沢田はより細かく聞き出そうとしたが今日、これ以上は無理だと思ったのか、この場を後にした。美恵子は沢田の姿が見えなくなったところで里香と正男に小声で言った。
「良かったわ、早く行ってもらって。昨日話した通り、2人とも沢田さんには気を付けてね」
その後、3人はこの日の食材などを買い求め、スーパーを出た。
夜、美恵子はスーパーでのことを一郎に話した。
「そうか、昨日の件でますます正男君に興味を持ったのかもしれないね。しばらく外出時には注意しよう。里香も正男君もいいね」
「僕ガミンナニ迷惑ヲカケテイルノ?」
「そんなことはないよ。人間の中には他所のことに興味を持って、すぐに首を突っ込みたがる人がいる。ネットなんかの噂話も同じようなもので、相手にしないこと。変に反応すると余計に広がるから、静かにいつも通りの生活をしていれば問題ないよ」
心配する正男に、一郎は優しく諭した。