だが、それ以外の人の場合、直接話したわけではないし、噂話というのは尾ひれがついて大きくなっていくことが多い。場合によっては、噂を流した本人すらも知らない形で拡散していることもある。美恵子もそういうケースを知っているだけに、あまりひどい内容になるのであれば、弁護士にも対応し、解決を図ることを考えていた。
もっとも、事を荒立てて正男のことが逆に世間に知られて田代に申し訳ないし、別の問題になるのではという懸念もあった。だからこのことは田代にも連絡し、対応を話し合うことにした。
そしてその日の夕方、田代が辺見家を訪ねた。
「田代さん、すみません。今回のことは直接ご相談した方が良いと考えまして・・・」
ということで、美恵子はこれまでの経緯を田代に話した。この日は会社を早退し、一郎もいる。沢田が辺見家を訪れてからのことだから、田代も全く知らないわけではない。しかし、その後のことは話を聞いて理解した。同時に、人の噂話の拡散の速さにも驚いた。
「人の口に戸は立てられないと言いますが、間違っていることも噂話として尾ひれがつくと、人を糾弾するような行為に及ぶことがあるんですね。正男君がやったことは褒められるべきことだと思いますが、どこかそういうことをうらやむ心があったのかもしれませんね。でも間違ったままで理解されれば今後の生活にも支障を来たしますので、しっかり対応しましょう。今日、奥様が話された人たちは大丈夫かもしれませんが、負のイメージの話を別の角度から、あるいはもっといろいろな話を盛られて耳にすれば、明日には意見が変わるかも知れません。ですから、そういう状況が見られた場合、例えば明日でも然るべき手を打ちましょう」
「何か策はありますか? もし弁護士が必要なら、優秀な人を知っています。会社の顧問弁護士です。正男君のことは話していませんが、もし知られても守秘義務がありますから、口外することは無いはずです」
一郎が言った。
「そうですか。ただそうすると、沢田さんだけが対象になるでしょうし、遺恨が残るかもしれません。別の角度から、しかも正男君への疑惑を晴らす、ということで動いたらどうかと考えました。奥様からお電話をいただいた時、研究所の所長とも相談しました。モニターを通じてこちらとしても情報はある程度把握していましたので、大げさになった時のことを考えているわけです」
「ほう、どんな?」
「所長は仕事柄、いろいろなところにつながりがあります。その一つに警察庁があり、その上層部に親友がいるそうです。話が大きくなった時、警察に介入させる方法を話していました。もちろん、警察庁から警視庁に話を通し、その上で所轄署に手を回すわけですが、正男君が不法入国ではないし、ましてや犯罪に関係していることなどない、ということを警察から発表させるという方法です。警察からの正式発表となれば、噂は一気に沈静化するのでは、という話でした」
「なるほど。さすがに警察発表ということには疑念を挟まれることは無いでしょうから、もし噂がエスカレートするようであれば、その手で行きましょう。いやあ、さすがです。安心しました」
「このまま静かになっていくことが一番なんですが、2・3日様子を見ていてください」
「分かりました」
一郎と美恵子が同時に言った。