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噂話 8

 3日後、様子を見ていた辺見家は噂が消えないことを実感していた。買い物や散歩の際、最初に美恵子が言われた内容と同じことを聞いてくるケースが増えていたのだ。もちろん、先日話した人がそこにいた時は美恵子の味方をしてくれるのだが、悪貨は良貨を駆逐するという例えの様に、悪いことのほうが広まるらしい。

 その尾ひれの中には一郎の仕事のことも含まれていた。辺見家に怪しい外国人がいるのは海外の犯罪組織が絡んでいて、そこで殺人を犯した犯人を匿っているというのだ。だから野良犬にも落ち着いて対処できるだけの肝が据わっているという、まったくのこじつけにも及んでいた。

 さすがに一郎の悪評にまで及ぶと、このまま静観はできないということで、先日田代と話し合った方法で対処することになった。美恵子は田代に電話した。

「田代さん、事態はエスカレートしています。主人の悪評も広まっています。噂話って恐ろしい。この前の話ですが、よろしくお願いします」

「すみません。ご迷惑をおかけしました。すぐに対応します」

 田代は直ちに所長に報告した。所長はこういう展開を予想し、事前に警察庁の親友に事情を話してあったので、どのように展開するのかはプランが決まっていた。報告を受けた所長はすぐに電話し、行動を依頼した。

「田代君、すぐに警察が動く。しばらくすると所轄が動くから、君は弁護士役で警察に行ってくれ。所轄の署長や副署長も了解済みだから、形式的に一緒に行ってもらうだけだ。任意で話を聞くというスタイルで行なうから夜には帰れる。担当する刑事には署長や副署長から地元住民の不安を払拭するためで、単なる勘違いでの話だから、決して雑な扱いをしないようにっていうことになっている。君には念のため正男君と一緒に居てもらう」

「分かりました。では、すぐに辺見さんのお宅に向かいます」


 田代はお昼前に辺見家に着いた。

「ご迷惑をおかけしています。先日お話ししたように手配しました。私は弁護士ということで正男君と一緒に行きます。初めから一緒ということはおかしいのですが、正男君のことで法的な相談があるということでたまたま訪れていた、ということで対応します」

「分かりました。私もそのつもりで対応します」

 美恵子と田代のいつもとは違う雰囲気に里香も少々神経が過敏になっていた。

「お母さん、何かあるの? 正男君のこと? 何もやっていないよ。里香が一番知っている」

「そうよ、正男君は間違って変な風に言われているだけ。だからこれからそれを分かってもらうためにちょっと騒がしくなるけれど心配しないで。お父さんやお母さん、そしてお姉ちゃんも一緒だから大丈夫よ」

 そういう話をしているとパトカーが2台やってきた。サイレンは鳴らしていないが、赤色灯は付けている。閑静な住宅街にパトカーというのは珍しいので近所も騒然となった。

 辺見家の前で止まったパトカーから警官が降りてきた。近所も主婦たちも表に出てきて、ヒソヒソ話をしている。話題が正男のことであることは分かっている。その中には先日、正男のことについて話し、噂話の問題を認識している人もいた。

「奥さん、警察がやってきたわ。これくらい注目を集めると、何もなかったことが明らかになった時のインパクトが大きいから、ちょうど良かったと思います」

 田代はみんなを落ち着かせるために言った。だが、これは方便ではなく、事態収拾のための演出でもあるという感覚でいた。

 ドアのチャイムが鳴り、美恵子が応対した。玄関には私服の刑事と2人と制服警官2人の計4名がいた。


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