2日後、正男が辺見家に戻る日だ。
その際、正男は所轄署のパトカーで辺見家に戻った。
もちろん、これは演出で、住民の人たちに何の問題も無かったので丁寧に送り届けた様子を見せるためだった。普通の住宅街にパトカーがやってくるというのはそれだけで目立つが、最初にやってきた時も同じようだったので事態の収拾も同じような形で行なったのだ。丁寧に送り届けることで嫌疑が晴れたということを住民に知らせるためだ。
その頃、町会長の家には警察から電話が入っており、町内の数人が警察署にいた。今回の件についての説明を受けるためだ。
「今回、住民の方から通報があった件ですが、私たちで調べたところ何にも問題はありませんでした。そのご報告と共に、正男さんについては大変ご迷惑をおかけし、この場で謝罪申し上げます」
副署長が言った。
「その正男さんのこと、教えていただけますか? 私たちも気になっていたので」
訪れていた沢田が質問した。
「申し訳ありませんが、個人情報保護の観点からそういうことについてはお答えできません。何もなかったので異例ながら住民の方にご安心いただきたく、この様な席を設けさせていただきました。今まで通り、仲良くお付き合いいただければと思います。本日はご足労いただきましてありがとうござました」
その言葉で会見は終了した。
「話なんてあっという間に終わったわね。でも、警察が調べて何もなかったってことで安心したわ。辺見さんや正男さんに謝らなくてはね」
沢田は少し面白くなさそうな顔をしていたが、みんなが不信感を解消したとなれば一人だけ意地を張っていても仕方ない。沢田は自分にそう言い聞かせ、これから辺見家に謝罪に行こうと話した。
警察を出た足で辺見家に向かったが、その時にはすでに正男も戻っていた。
玄関のチャイムを鳴らすと、美恵子がインターホンに出た。そこに搭載されているカメラから来客者の様子が分かる。町会長をはじめ、沢田ら複数名が来ていることが分かる状態だ。
「何か?」
「今、警察で説明を聞いてきました。辺見様や正男様に大変失礼なことをしてしまったと、みんなで謝罪に参りました。お目にかかれませんか?」
町会長が言った。それに対して美恵子は玄関を開き、対面した。
「あのう、正男さんは?」
「先ほど帰ったばかりなので疲れて休んでいます」
「そうですよね。この度はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。町会を代表してお詫び申し上げます」
町会長がそう言うと、一緒に来ていた全員が美恵子に頭を下げた。その中に噂を流した張本人の沢田もいた。その様子を確認して美恵子が言った。
「間違いは誰にでもあることですから・・・。皆さんにお分かりいただいたのなら、もう結構ですわ。これまで通り、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。近い内、お詫びも兼ね、正男君の歓迎会のようなことを町会でも考えたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「ありがとうございます。ただ、正男君はまだ日本に慣れていないところがありますので、お気持ちだけを有難くいただいておきます」
美恵子は丁寧にその誘いを辞退した。
次の日から正男と里香がサブたちを散歩に連れて歩いていると、これまで無かったくらい正男に会釈をしてくる人が増えた。
「正男君、人気者だね」
「人気者? 僕ガ? 分カラナイ。デモ、何ダカ嬉シイ」
心なしか正男の表情が緩んでいるように見えた里香だった。