季節が進んだ。雨の日が多くなり、湿度が高くなっている。金属製の正男の躯体が心配になるところだが、錆で腐食する心配はないと田代から聞いている。
こういう時期になるとアジサイがきれいだ。近所でも見ることができるが、気分を変えて車で出かけることにした。目的地は鎌倉にした。休日だと人出が多くなると考え、平日に行くことにしたのだが、サブやモモも連れて行きたいという里香の気持ちを汲んで家族総出のプチ旅行だ。
今回は花見と異なり、食事を用意することは無く、レストランを考えていたので、持って行くのは飲み物だけだ。車で行くのでアルコールは無いが、一郎も美恵子も無いなら無いでも構わない。ソフトドリンクだけを車に積み込み、朝の内に自宅を出た。
10時ごろ、アジサイ寺として有名な明月院がある北鎌倉に着いた。車は駅近くの駐車場に止め、明月院までは徒歩で訪れた。約10分ほどの距離だ。
正男だけでなく、里香も鎌倉は初めてだった。
「家の近くと全然雰囲気が違う。何かとても気持ち良い」
この日、湿度が高かったが、それを払拭する景色に里香のテンションは上がっている。サブやモモも心なしか喜んでいるような感じだ。
「イツモ見ル景色ト違ウ。コウイウコトガ気持チイイトイウ感ジナノカ」
正男も初めて見る景色を体験している。同時に、こういう環境の心地良さをそのまま受け止めようという方向に傾いている。こういうこともAIの成果なのだろうが、優しい辺見家の影響が大きい。辺見家に世話になっていろいろ体験した正男だが、良い経験もたくさんしてきた。この日もきれいな花や景色を体験することでこれまで以上に豊かな心になるはずだと、一郎も美恵子も期待していた。
そう思いながら、明月院の前にやってきた。緩やかだが不揃いの石段を登ることになるが、その脇にはアジサイが並んで咲いている。モモは里香が抱いているが、サブはリードで繋がれているが自分で歩いている。
「ねえ、アジサイの葉っぱの上にカタツムリがいる」
里香が言った。その言葉に正男が反応した。
「カタツムリッテ何?」
正男の質問に里香が指差した。正男はカタツムリの頭の前に指を優しく置くと、少しずつ登ってきた。
「正男君すごい。カタツムリさんが正男君の指の上を登っているよ」
子供にも似た正男の無邪気さにはカタツムリも何の抵抗もないのかも知れない。意思を感じないのは機械だからでしょう、ということも言えるかもしれないが、身近にいる辺見夫妻にはそうは見えない。人間以上に人間らしさ、優しさを持っている家族という見方しかできないのだ。今回、鎌倉にみんなで訪れることができたということは、そういう正男や里香の成長を改めて見ることができる機会になるかもしれないという期待も出てきた。
この日、境内に入る前にカタツムリで時間を取ったが、急ぐことではないので、どこかで立ち止まっても構わないというゆとりの気持ちがある。カタツムリの動きにも心を配り、葉っぱに戻した後、歩を進めた。
境内に行くと、いろいろなこの時期の花を見た。もちろん、季節的に近所でも見かける花があるが、場所が違うと、同じ花でも感じが違う。
「アノ花ハ近所デモ見カケル花。デモ感ジガ違ウ。コチラノ方ガキレイ」
また、正男が口を開いた。しかもその内容は人が口にするような言葉だ。一郎と美恵子は互いに目を合わせた。
「正男君、凄いな。情感がとても養われている。里香と同じくらいかな。わずかの間に随分成長したって感じだ」
一郎の言葉に美恵子も頷いている。