鎌倉に来たら鶴岡八幡宮は外せない。ということで食事の後に行くことにした。朱がきれいで、荘厳な佇まいに圧倒される雰囲気だ。明月院ではわびさびを感じる雰囲気だったが、ここは逆の印象になる。
正男も里香も建物を見上げるような感じになっている。鶴岡八幡宮には境内に複数の末社があるが、時間は十分あるので、全てを回った。
里香は初詣で神社に訪れたことがあるので、何となく作法は知っているが正男は初めてだ。ここで神前で二礼二拍手一礼という作法を教わるが、拍手の時の音が他の人と異なるため、その時には近くの人の耳目を集めた。でも、だからといって何か問題があるわけではなかったので、そのまま知らないふりでその場を後にした。
「手ヲ叩クノ難シカッタ。僕、オカシクナカッタ?」
「大丈夫よ、おかしくなかった。気にしなくていいわ」
美恵子が言った。正男は周りの空気が少し読めるようになっているだろう。会話がこれまでと少し違ってきているように感じている美恵子と一郎だった。
境内を回ると、明月院で見たような花も含め、いろいろ見ることになった。その度に里香も正男も喜び、その姿を見ている辺見夫妻も微笑ましく思っていた。
鎌倉と言えば大仏も見ておかなくてはならない。時間的にそれでこの日は終わりになりそうだが、一郎はみんなにそれを告げて鶴岡八幡宮を後にした。
車で動く場合、鶴岡八幡宮から大仏までの時間はそれほどかからないが、人気スポットだけに駐車場探しに時間を使うことがある。幸い、この日は平日だったため比較的に空いており、すぐに車を止めることができた。
里香も大仏を見るのは初めてだったので、楽しみにしていた。
その様子は駐車場から歩く時の会話からもよく分かった。
「正男君、大仏様って大きいんだよ」
実際には見たことがないのに、話を聞いただけで見たことがあるような感じで正男に話していた。
「ソンナニ大キイノ?」
「中に人が入れるんだよ」
「僕モ入レルノ?」
「もちろんだよ。2人で入ろうね」
「ウン、楽シミ。デモ突然動キ出サナイノ?」
「お父さん、どうなの? 大丈夫?」
「2人とも良い子でいたらね」
一郎はそのような会話を微笑ましく思いながらも、少しいたずらっぽく笑いながら答えた。美恵子はその様子に反応し、同じく笑っていた。
鎌倉の大仏は高徳院というお寺の境内にある。仁王門から境内に入り、奥のほうに大仏像がある。13メートル以上の大きさに、子供の里香にはとても大きく見えた。
このような大きさの人のカタチをしたものを見るのは正男も初めてだ。里香の10倍はあろうかと思える大きさに、2人とも目を見張っていた。
「大きい」
「大キイネ」
ほぼ同じタイミングで里香と正男が言った。
「中に入ろうか」
里香はそう言って正男の手を引っ張った。
まだ夏ではないが、梅雨の天気の良い日だ。中は湿度が高く、蒸し暑かった。正男は大丈夫だが、里香は暑がっていた。
「暑いね。正男君、大丈夫?」
里香はその暑さが大変なようで、すぐに外に出た。気温の差にホッとしたようで、表情が変わった。
「里香ちゃん、中、暑かったでしょう?」
美恵子はそう言って飲み物を渡した。持参したものは冷やしてないので、自販機で買った冷たいものだった。里香はそれを一気に飲み干した。
ここでもこの時期に咲いている花を見て、その様子を楽しんだ。
一郎は時計を見たが、帰りのことを考え、高徳院を後にすることにした。
「そろそろ家に帰ろうか。今日は楽しんだ?」
今回は田代はいない。辺見家だけの初旅行だったが、里香も正男も初めての場所を訪れ、とても貴重な経験をしたと美恵子も感じていた。
帰りは江の島のほうに車を走らせ、違った景色を見ながら帰ることにした。
「アレハ何?」
正男は海のほうを指を差して尋ねた。
鶴岡八幡宮から高徳院に向かう時も時々目に入った光景だが、鎌倉を一通り巡った後だったので、帰路の風景も気になったようだ。
「あれは海よ。もう少ししたら人がたくさんやってきて、海水浴をするところよ」
美恵子が言った。
「海水浴?」
「海に入って泳いだりするの。そうだ、夏、海水浴に行こうか。今度は田代さんも誘って」
美恵子は正男のほうに向かって言った後、一郎に向かって言った。
「そうだね。良いかもしれない。近くになったら電話しよう」
鎌倉への小旅行は何事もなく、思い出だけが残った時間になった。