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正男の思い出、辺見家を支える 2

 沢田が辺見家を訪れた。以前なら美恵子も田代も沢田の来訪には注意したが、正男がいなくなり、周囲の声がうるさくなっていくと、プラス面を周りに話してくれる存在が頼もしい。

「辺見さん、この前、変な人に声かけられたのよ」

「どんな人ですか?」

「よく分からないけど、今、動画を撮って勝手にネットに流している人、いるでしょう? そういう類の人。なんか、ジャーナリスト気取りでね。でも、悪い話を集めているようなの。この近所の人にそういうことを言う人、いないわよねえ。私、確かに昔は正男君のこと、疑っていた。しかし、今は違う。私は正男君の味方。だから私、言ってやったの。正男君のことを知っている人なら、誰も悪口言わない。あんたたち、時間の無駄よ。本当の声をみんなに知ってもらいたいと思うなら、正男君が辺見さんのところでどんなに大切にされていたか、一生懸命みんなの中に溶け込もうとしていたかをしっかり取材しなさい。みんなが感動するような話になれば、見ている人からの評価も上がるでしょう、って言ってやったわ」

「ありがとうございます。そういう人が1人でも増えれば今の変な中傷なども落ち着くでしょう」

 田代が言った。その後で美恵子が続けて話した。

「沢田さん、今ね、正男君との楽しかった毎日を思い出しているの。私たちにとって正男君は人そのもの。というより、人以上に人間らしかった。里香も子供ゆえの純粋さがあるけど、正男君もそうだった。何だか2人、子供がいたみたいだった。このまますくすくと育ってくれたらな、って思った。そんな純粋な正男君のこと、誤解されては可哀そう」

「私がこちらにお邪魔するようになって、最初の頃とは日に日に違っていく正男君を見ていました。こちらに伺った時、正男君が玄関でにこやかに出迎えてくれて、私の靴を揃えてくれたんですね。多分、美恵子さんが教えてくれたんでしょうけれど、今時、お客様の靴を揃えてくれるなんてなかなかないでしょう。とても心が籠っていると感じた。私たちが込み入った話をしている時、サブちゃんやモモちゃんがじゃれついてくる時もあったけど、里香ちゃんに声をかけ、『アッチデ遊ボウ』と言って2人で面倒をみてくれた」

「そうね、そういうこともあったわね。あれは里香にも良い影響を与えたと思うわ。田代さん、正男君にはそういうことも教えていたんですか?」

「いいえ。多分正男君がこちらでお世話になっている時、人の思いやりのようなことを経験し、大切なことかどうかを自分で判断し、適切と考えたことをやったのだと思います。そういう思いやりの意識、今はできる人は少ないと思うけれど、そんな様子を伺ったら、私たちが描いていた共生の社会もできたんじゃないかと思います」

「私には難しいことは分からないけど、正男君の話を聞いて、もっとお付き合いしたかったなって思ったわ。最初、私は誤解していたところがあって後悔している。今になったら本当に恥ずかしい」

「沢田さん。もういいですよ。それより、正男君のこと、もっとお話ししますので、是非皆さんにお知らせください」

「分かりました。どんなことがありますか?」

 沢田がそういった時、美恵子が里香を呼んだ。

「里香ちゃん、正男君の思い出を話してあげて」

「・・・うん、分かった」

 里香の頭の中にはいろいろな思い出が詰まっているが、何から話したら良いのか迷っていた。

「初めて正男君と会った時、しゃべり方とか動き方が変な感じだった。私、それでも何か安心感のようなものを感じたけど、サブちゃんやモモちゃんも同じだった。すぐに正男君の足にも身体を摺り寄せていた。サブちゃんは初めて会った人にはすぐに近づかないけど、正男君の場合は違った。その様子に正男君も優しく頭を撫でてくれた」

「何を感じたのでしょうね。動物の勘は鋭いけど、正男君に邪念が無かったからかな? でも、正男君の場合は・・・」

 田代が思わず口に出そうとしたが、そのタイミングで美恵子が田代を見た。それで言葉が途中になったが、こういうところでも田代家では正男はロボットではなく、人間として存在していたことを改めて実感した。同時に、そういう見方をしていた自分を田代は恥じていた。

「それからね、私と正男君、サブちゃんとモモちゃんは仲良くなった。すぐにみんなで遊んだよ。私、正男君にサブちゃんやモモちゃんとの遊び方を教えたの。楽しかった」

 そういう話を聞いて、みんなの顔がほころんでいる。

「それから犬のお母さん、ぺスちゃんの時、私は怖かったけど、正男君がいるから大丈夫って思っていた。ぺスちゃんに乱暴することなく、とても優しかった。そのことを見ていて私、とっても安心した。ぺスちゃんは1人だったから、きっと子供たちを守ろうとして一生懸命だったと思うの。正男君にそのことを分かってもらったと思って子供たちのところに案内したと思う。正男君、優しかった」

「里香ちゃん、あなた、あの時のこと、そういう風に思っていたの」

「うん」

「田代さん、里香は正男君のおかげで思った以上に成長したみたい。親として嬉しいわ」

 美恵子のその言葉に改めて正男がいた日々を思い出すと共に、共生による人間らしさの復活が見えた気がしていた。沢田も話を聞きながら、少し目が潤んでいた。

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