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正男の思い出、辺見家を支える 4

 その夜、一郎は美恵子や田代に安井から電話の件について相談した。そこには里香もいる。大人の話なので子供に理解を求めるには無理なところはあるが、取材となれば里香にも質問が出るだろう。そうなることを予測して、話だけはきちんとしておかなければ、という配慮からだった。

「今日の昼、刑事の安井さんから電話があった。彼も最近のウチへの誹謗中傷のことは理解していて心配してくれていたようだ。彼も正男君のことを理解した上で心を痛めていたようで、ある週刊誌の記者にそのことを話したそうだ」

「どこですか?」

 田代が聞いた。

「『週刊文秋』です」

「ああ、あの政治家や芸能人の問題をスクープしている雑誌ですね。正男君に興味を持ったのですか?」

「安井さんの話では我々が今受けている誹謗中傷の鎮静化を狙っての特集を考えているということでしたが、電話での印象は将来的な人間とロボットとの共生ということまでテーマにしたいのでは、という感じでした。この辺りは当人から話を聞かなければ分かりませんが」

「あなた、そのお話し、私たちに良いほうに作用すれば良いのですが、部数を伸ばそうとして途中から内容が変わったりすれば、余計に誹謗中傷がひどくなるんじゃないかしら」

「そうだ。その懸念があるんだ。だから自分だけで即決できなかった。みんなの意見を聞いて安井さんに返事しようと思ったんだ。もちろんその前にその記者、北田という人だそうだが、直接話を聞くことになると思う。その上で最終結論を出したいと思うけれどどうだろう。私も今のまま鎮静化していくことを期待したいが、何らかの手を打つことが必要な場合がある。確かに週刊誌の企画に乗っかるだけで好転するとは思わないが、書き方によっては私たちの味方になるかもしれない、という期待もある」

「分かった。じゃあ、すぐにOKということではなく、その前に北田という記者の人に確認する、ということね」

「そうなるな。里香、正男君のことが記事になるかもしれないということをどう思う」

「よく分からないけど、正男君のこと、いろんな人に知ってもらいたいと思う」

「そうか、じゃあ、安井さんにはまず北田という人に会うところまで話が決まった、と返事しておく」

 一郎は次の日、そのことを安井に伝えた。こういう時、マスコミの人間の動きは速い。早速、当日の夕方、お邪魔したいということがしばらくして連絡があった。

 5時、一郎は会社を早退し、自宅に戻っていた。美恵子はもちろん、田代や里香もそこにいる。今回、安井も同席した。

「私は証人になるためここに来ました。北田が約束通りの記事を書かなかった時は、俺が証人になって何とかします」

 同席した人達は安井の第一声に少し安堵の表情を見せた。

「初めまして、北田です。『週刊文秋』の記者をやっています。概要は安井さんの方からお聞きになっていると思いますが、今後、人間とロボットとの共生のことが現実化していくと思いますが、正男君のことを契機にいろいろな話が飛び交っています。その流れに一石を投じ、より良い未来の構築につながればと考えた企画です」

 北田がそういった直後、里香が強い口調で言った。

「正男君はロボットじゃない。正男君は正男君なの」

 その口調と表情に北田は驚いた。

「里香ちゃんだよね、ごめんね、正男君だよね。おじさんが悪かった」

 北田は里香に謝った。その様子に一郎、美恵子、田代は少しホッとした。もしここで正男をあくまでロボットとしての前提で話を進めていたら、取材NGになっていただろう。里香の放った一言は、北田の姿勢を引き出すきっかけになったのだ。その上で北田が続けた。

「正男君のこと、安井さんから詳しく伺いました。僕が今回のことで心を惹かれたのは正男君が自分の身を省みず、皆さんを救ったというところです。そういう話は人の場合にもありそうだけど現実にはなかなかありません。しかし、そのことで正男君は亡くなった、そしてそのことがみなさんの心の中で喪失感として残っている、しかもそのことに関連して、何も知らない人たちから毎日、好意的な意見、否定的な意見が出ています。後者の場合、直接お宅にも影響している、ということがあります。そういう風潮では何も解決しない。僕はそこが気になっており、勝手な妄想の中でいろいろネガティブな話をするのではなく、現実に正男君と過ごされていた辺見さんたちの生の話を伺い、この悪い流れにストップをかけ、生産的な意見交換の場が醸成できればと考えているんです。たかが一週刊誌の企画ですのでそれがどこまでの影響力があるかは分かりませんが、このままでは辺見さんたちの貴重な経験が忙殺されます。違った形で認識されます。僕は安井さんから事件のことは伺いましたが、もっとも深いところを見つけ出し、今の流れを変えたいんです。これは僕の企画です。ここで自分の思いを伝え、きちんとした記事を書きたい。もちろん、事前にチェックしていただきます。意に沿わないところがあったり、誤解しているところがあればご指摘ください。署名記事になりますので、記事の内容については全て僕が責任を負います。ご了解いただけないでしょうか?」

 一郎たちは北田の熱意に押されていた。発言した言葉には安井という証人がいるし、記者らしく、交渉時の話についても録音することを事前に伝えている。嘘をつかない、という姿勢を表すためだ。実は一郎たちも同様のことをやっており、話が違う時の対応についても考えていたのだ。

 一郎たちは安井と北田を部屋に残し、声が聞こえないところに移動し、提案に対する返事を検討した。

 結果、このまま何もしなければ誹謗中傷が広がるだけではという懸念から、記事の事前確認や修正も聞いてくれる、という約束を確認した上で了承することにした。

 話が終わった後、2人のところに戻り、連載企画について了解する旨を伝えた。

 その話を聞いた北田は、早速その後に最初の取材を始めた。週刊誌ゆえのスピード感からだが、安井も同席した。

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