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正男の思い出、辺見家を支える 6

 2日後、北田が再び訪れた。その前日、最初に取材したことをまとめた原稿を一郎宛に送信していたのでその確認も含め、次回分の取材を兼ねていた。今回も安井は同席し、もちろん田代もいた。

「先日はありがとうございました。お送りした原稿、確認していただけましたか?」

「はい、拝見しました。私たちの話をうまくまとめられ、正男君のこと、私たちとうまくいっていたことなど、イメージしていた内容になっていたと思いました」

「ありがとうございます。では、ご了承いただいたということで編集長に連絡します」

 北田はそう言って、電話をかけた。電話を切った後、2回目の取材が始まった。

「今日は正男君らしいエピソードについてお聞かせいただけますか?」

 その質問に辺見家の人達は何を話そうかという顔で互いを見ていた。そんな中、里香が言った。

「じゃあ、ぺスちゃんの話にしたら?」

「そうね、その話いいね」

 美恵子がそれに応えた。

「ぺスちゃんって?」

 北田が言った。

「うん、その話、良いですね」

 同席していた安井が言った。

「俺が正男君のことで初めて動いたことに関係する話だ。改めてあの時のこと、変な目で見てしまって申し訳ありませんでした」

 ぺスの名前が出たことで安井から辺見家に改めて謝罪の言葉が出た。

「いえいえ、もういいですよ。ぺスちゃんの話なら、私より美恵子の方が詳しいので・・・」

 一郎はそう言って美恵子に話を振った。

「ウチのサブちゃんとモモちゃんを連れて、里香と正男君が散歩に出た時です。その時、通り道で野良犬が威嚇することがあるという話が出ていました。警察や保健所に通報しようかということになっていました。散歩の最中、その野良犬に遭遇したんです。サブちゃんはみんなを守ろうと唸り声を上げたそうです」

「喧嘩になったんですか?」

「いいえ。そこに正男君が割って入ったんです。里香の話では、サブちゃんたちに接する時のように優しくて、座って手を差し出すと、ぺスちゃん、大人しくなって唸り声を出さなくなったそうです」

「その野良犬の名前、ぺスちゃんって言うんですか。何故ご存じなんですか?」

「それがこれからのお話に続くんですが、この時点では名前はありません」

「興味のある話ですね。それからどうなりました?」

「ぺスちゃん、正男君の態度を見て警戒心が解けたようで、自分の後を付いて来てほしいという感じで歩き始めたんです。里香もぺスちゃんに敵意が無いということを感じたのでしょう。正男君と一緒に付いていったそうです。その時点で近所の人が警察に電話したりウチに知らせてくれたりしました。だから私はすぐに家を出て、里香たちのところに行きました。ぺスちゃんが行ったのは3匹の子犬のところでした。もう亡くなっていました。そこに案内したことで安心したのか、ぺスちゃんもぐったりしたようです。子犬のところに優しい人を連れてきたことで安心したのでしょうね。私もその様子を見て、この子たちを助けようと思いました。3匹の子犬は亡くなっていましたが、母犬はギリギリで生きています。すぐに掛かり付けの獣医さんのところに連れて行き、亡くなった子犬たちも含め、ウチの子として対応しようとしたわけです。里香も正男君もその様子をしっかり見ていました。咄嗟のことで、主人の了解もとらずに私の独断でやったことですが、理解してくれました。獣医の先生によるとギリギリの状態だったようで、衰弱がひどく、全力を尽くすとおっしゃいましたが、回復は難しそうだというのは素人の目からも明らかでした」

「助かったんですか?」

「とりあえず一晩預かってもらい、次の日に3人で病院に行きました。先生は力を尽くしたけれど無理だった、ということをおっしゃいました。命があるうちにということでぺスちゃんの息があるうちに処置室に入ると、呼吸をしている様子が見られます。でも、苦しそうです。正男君や里香が声をかけると分かったようで、無理して視線を向けようとしました。2人とも声をかけます。正男君も里香もこういう場面は初めてなので、どういう風に声をかければ良いのか分からないまま、可能な限り話しかけていました。その様子を見ている私も思わずもらい泣きをしてしまったのですが、その時の正男君、とても一生懸命でした。もしかすると命の重さに人とか動物といった区別はなかったのでしょう。平気で動物を虐待するとか、自分の子供を殺す人間の親がいる中、正男君やぺスちゃんのこと、とても尊いと思いました。だから、ぺスちゃん母子はウチでお葬式を出しました」

 その話をした時、安井も北田も神妙な顔になっていた。

 このエピソードは、広く生きとし生ける者たちが共に生きていく、というテーマとしても記事が書けると判断した北田は、連載第二段にも自信を持った。

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