連載の初回の記事が掲載された号が辺見家に送られてきた。表紙にも連載のことが掲載されており、雑誌としてもこの企画に力を入れていることが分かる状態になっていた。
しかし、北田から発売日のことを聞いていたので一郎も美恵子も近所のコンビニで購入していた。記事の内容は知っていたが、写真がどうなっているなどについては実物でなければ分からない。手に取ってページをめくると、思った以上に良い仕上がりになっており、その反響に期待が持てる状況になっていた。
次の日、北田から電話があった。記事に対する反響が編集部に寄せられていて、好意的なコメントがほとんどだという。その話を聞いて、今回の取材に応じたことが間違いではなかったことを改めて感じていた。その上で連載3回目の分の取材の打ち合わせが出た。2日後、ということで話があったが、一郎も安井もスケジュールを調整することにした。
取材の日、北田たちが辺見家を訪れた。今度はカメラマンも同行している。近況を伝えるため、その写真を撮りたいということだった。もちろん、以前のように顔出しはしないということを条件としているが、記事の反響をアップするための仕掛けという。こういうところが週刊誌的には必要なのだろうと思い、話を承諾した。
北田は開口一番、記事内容が世間に受け入れられていることを伝えた。
「お陰様で連載1回目の評判は上々です。読者からコメントを整理すると、ほとんどが正男君を好意的に捉えています。人間以上に人間らしいといったコメントは、最近のいろいろな事件との比較でのことで、中には自分の家族に迎えられたら、といった話もありました。ネットで見られるようなコメントも若干ありましたが、数は全然違います。やっぱりきちんと情報をお伝えしたことが良かったと思います。そこで今日伺いたいことですが、誤解が生みだす差別的なところです。安井さんから伺ったのですが、近所で正男君に対する偏見的な噂がでた、ということですが・・・」
「そうですね、最初の頃ありましたね。正男君の言葉が変だというところから話がどんどんおかしな方向に広がったんです」
その話を聞いていた安井は美恵子の話に続いて言った。
「あの時、俺が担当したけど、正男君というより警察の様子に違和感を感じた。今になって思えば、上の方は正男君のことを知っている人がいて、その時点では公表できるようなことではなかったのでできるだけ穏便に、ということだったんだろうな。情報を出すタイミングを間違えれば誤解を招いたりすることもあるからな。結果的にあの時、正男君のことが公になっていれば、今回のような感じで受け止められなかったかもしれない。俺は改めて本当のことであっても、社会全体への公開は慎重に行なうべきではないかと考えるようになった。まあ、正男君が本当に純粋で、良い奴だったから言えることだと思うが、人間にも犯罪を犯す奴はたくさんいる。でも、正男君のような存在の場合、田代さんたちがしっかりやってくれれば人間よりは良いかもしれないな」
「安井さん、今の考え、まだ一部の人が持っている漠然とした懸念ですよね。第3段のテーマを社会的な差別の問題と絡めて書きたいと思ったんですが、良いでよね」
「ああ、良いよ。ただ俺の話が読者が違う風に受け取り、正男君への逆風にならないようにしてくれ」
「もちろんです。人の話が切り取り方や表現次第で真逆になることは経験しています。今回の企画はそういう趣旨ではないので安心して下さい」
安井は自分の言葉がどう書かれるかを心配し、その確認をしたが、それが杞憂だったことを知り、安心した。
「そこで正男君のことが近所で噂になった時のことですが、具体的にはどんなことがありましたか?」
「まず感じたのは好奇の目ですね。これまで普通に接していた人たちの視線が違うのを感じました。変な薬をやっているのではと思われた時などは、ゴミ袋についてまで言われました。もちろん、そんなことはないわけですから、毅然と対応しました。テレビでは外国人の人達に対する問題を耳にすることもありますが、きちんと社会に溶け込もうとしている人たちもいると思います。問題を起こしている人だけを取り上げて、全体を否定するようなことには反対です。もし、逆の立場だったら、と思うからですが、一律に考えるのではなく、個を見て考えることが大切と思います」
「なるほど、正男君の問題から現実の人間社会の問題も見えた、というわけですね。他には?」
「そうですね、海水浴に行った時のことがあります」
「ほうほう」
「家族で江の島の方に行ったんです。初めての海水浴です」
「海の水、正男君は大丈夫だったんですか?」
その質問については田代が答えた。
「大丈夫です。もちろん、大きな衝撃が加われば注意しなければなりませんが、普通に過ごす分には問題ありません。私たちだって、大きな力が加わればケガをします。正男君もケガをするんです。だから、近くに研究所の車が待機していました」
「でも、そこでちょっとしたトラブルがあったんです」
美恵子が言った。
「どんな?」
「正男君に絡んできた3人組がいたんです。里香が正男君を守ろうとしていました。でも、3人組は正男君に乱暴を働いたんです。そして海の中に放り込みました。周りは大騒ぎになって警察や救急車を呼ぶ騒ぎになりました。幸い、研究所の車が待機していましたし、救急車仕様でしたので、周りに疑われず研究所に運ぶことができました。せっかくの楽しい時間がフイになりました。きちんと研究所で状態を確認した上で戻ってきましたが、最初に正男君の口から出たのは『里香チャン、大丈夫ダッタ?』です。まず、里香のことを心配してくれたんです。嬉しかった。優しいんです、正男君」
美恵子はここまで話す中で、うっすらと目に涙を浮かべていた。