数日後、北田は連載最後の取材に訪れた。今度は1人だけだった。田代はいつも通り同席したが、それは辺見家と正男のためだった。取材と実際の記事の様子から北田に対する信頼はしていたが、今回の取材が最後ということで、どういう方向に連載が向いてくのかを確認し、研究所に報告するという役目も背負っている。
北田は約束通りの時間にやってきた。
「こんにちは。本日もよろしくお願いいたします。今日は正男君のことお預かりされたことで皆さんたちの心の声をお尋ねしたいと思っています」
「心の声、と申しますと?」
その言葉に少し引っ掛かった田代は質問した。
「いや、別に他意はありません。言葉通りの意味です」
「・・・そうですか」
「では、早速話を伺いたいんですが、これまで里香ちゃんからの話はあまり聞いてなかったのでお尋ねします。正男君との生活、どうでした?」
「里香ね、最初会った時からすぐに仲良くなった。しゃべり方が少し気になったけど、すぐに何とも思わなくなった」
「そう、それじゃある程度は変な感じが続いていたんだね」
「北田さん、里香ちゃんに何を言わせたいんですか? 何か、変な含みがあるようにきこえますが・・・。それから今日はこの前の方たちはいらっしゃいませんよね。写真など取らなくても良いんですか?」
北田の質問に田代は違和感を覚え、少し語気を強めて言った。
「・・・すみません。・・・実は編集長から言われて、良い話だけでなく、違った視点からの話にはならないか、って言われたんです。読者の声の中にはいろいろな意見があり、全て肯定的な読者ばかりではないんです。そういう声に応えるような記事が書けないか、ということでした。週刊誌ですからいろいろな話題を取り上げますし、負の意識を持っている人に向けた内容を頼まれたんです。この前一緒に来た人たちはそういう企画には協力できないと言われ、それで今日は1人で来たんです」
答えにくそうに、頭を垂れ、うつむき加減に言った。
「それでまだ小さい里香ちゃんからそういう言質が取れればということで質問されたんですね。後でそういう話が雑誌に掲載されたことを知った里香ちゃんの気持ち、考えたことはありますか?」
「・・・」
その様子を見て、美恵子が里香に言った。
「里香ちゃん、この記者さん、これまでとは違うことを聞きたいみたい。正男君のこと、勘違いされるような記事になるかもしれない。そこにあなたの名前が出たらいけないので、自分の部屋に行っていなさい。何かあれば呼ぶから・・・」
「分かった」
里香はそう言って自分の部屋に行った。それを確認した上で一郎が言った。
「北田さん。今まであなたは正男君のことを好意的に扱ってくれた。たしかに、ネットでは最初の頃、ネガティブな意見もあった。でも、週刊誌のおかげでそういう話は激減した。まだ全部好意的になったとは言えないし、一部では同じような論調で投稿されていることを知っています。私たちは正男君の真実を知ってほしいということで協力してきました。前回までは私たちの希望通りに本当のことが伝えられました。しかし、ネガティブな記事の内容になるとこれまでのイメージが一転してしまうでしょう。良いことばかり言われていたけど、結局は問題があるのか、というようにね。私たちは正男君の正しい姿が世間の方に知っていただき、田代さんたちがお考えのようにロボットとの共生は可能ということを実感しました。現時点ではその唯一の証人です。私もペンの力については理解しています。だから正しい情報を伝えてほしいということでご協力してきました。もし、お話しになったような企画であれば、取材はお断りさせていただきます。毎回、取材の様子は私たちも録音させていただいていますので、もし最後に悪意のある記事が出るようであれば、売らんかなの姿勢で掌返しの記事を騙し打ちのような感じで行なわれたとして、しかるべき対応をさせていただきます」
毅然とした一郎の言葉に北田は返す言葉を失っていた。北田自体、上司から言われたからしぶしぶ従っただけなので、それを押し通すだけの意識を持ち合わせていなかったのだ。
「辺見さん、おっしゃることはもっともです。俺もジャーナリストとしての気持ちは持っているつもりですが、会社員という一面もあります。今回はそのことが意識の中でメインになっていたようです。帰って編集長に抗議します。もともとこの企画を考えたのは俺です。ジャーナリストの意地としても当初の企画通りに進めることを進言してきます。最終回の取材、仕切り直しということでお願いできますでしょうか」
北田の言葉に全員顔を見合わせ、小声で話し合った。近い距離なので北田にも聞こえるが、一応辺見家と田代の3名だけの会話だった。結論が出たので、一郎が代表して北田に言った。
「北田さん。あなたご自身のお気持ちは分かりました。他の方がお見えにならなかったのも理解しました。ジャーナリスト魂をお持ちのようですから、編集長の方とよくお話しいただき、これまで通りの内容でということになりましたら、ご連絡ください。不可能であれば、取材はお断りいたしますし、発売されていない号の掲載もお断りいたします」
「分かりました。俺も今回の企画は、正男君のことをよく知らない人たちへの正確な情報提供ということで企画しましたので、最終回でネガティブな他の人達に迎合するような記事は書きたくないです。ジャーナリストとしての矜持は持っているつもりですから、指示の撤回を要求してきます」
「結果については分かり次第、お知らせください」
「分かりました。今日は失礼しました。里香ちゃんにも謝っておいてください」
北田はそう言って辺見家を後にした。