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第30話 子ネコーの決意

「ほいで、お船でネコーが働くことになったんじゃと?」


 全員がお昼ご飯を食べ終わって、お茶を飲みながら、まったりし始めたところで。

長老は、おひげをヒクヒクさせながら、ナナばーばの顔を見上げて尋ねた。

 茶わん蒸しに気を取られているようでいて、食事前にナナばーばが言いかけたことを、ちゃんと聞いていたのだ。同じ食いしん坊のようでいて、この辺が、子ネコーとは違うところだ。

 子ネコーの方は、「なんのおはなし?」というお顔で、長老とナナばーばの顔を交互に見つめている。食べ物に気を取られていても、食べ物の情報は聞き逃さないにゃんごろーだが、それ以外の情報はスルスルスルンとお耳を通り過ぎてしまうのだ。

 話しを振られたナナばーばは、ようやくその話が出来るとばかりに、パンと軽く手を叩いた。嬉しそうな顔で、早速話を始める。


「そうなのよ! レイニーさんといってね、若い女性ネコーなの!」

「あ、ちょっと待ってくれんかの」

「あら? もう、またなの?」


 話を振ってきた張本ネコーである長老に、上機嫌で始めた話の腰を開始早々に折られてしまい、ナナばーばは不満そうな声を上げた。ぽっきり綺麗に話の腰を折った長老は、「にょっほっほ」と笑いながら、ナナばーばに向かって宥めるように手を振った。もふっとした手の動きに合わせて、真っ白でもふぁもふぁな長老の尻尾も揺れている。もふりとした動きに惑わされて、ナナばーばは、あっさりと陥落した。軽く長老を睨みつけはしたものの、それ以上文句は言わなかった。ナナばーばの目は、真っ白なもふぁもふぁが揺れるのを追いかけている。子猫がねこじゃらしを目で追いかけているような有様だった。

 ナナばーばの視線を絡めとることに成功した長老は、今度はにゃんごろーに向かって、真面目なお顔でこう言った。


「ナナのお話の前にじゃ。にゃんごろーよ」

「なあに? ちょーろー」

「おまえ、あちらのお姉さんのお名前を、ちゃんと覚えておるんじゃろうな?」

「ふぇ? おねーしゃんのおにゃまえ……? お、おぼえちぇるよー! ムラシャキしゃんれしょ! ちゃんと、ごあいしゃちゅ、しちゃもん!」


 分かっていなさそうな子ネコーの様子に、もしやその前の自己紹介から覚えていないのではと、つい心配になって尋ねてしまった長老だったが、さすがにそれは杞憂だったようだ。最初、長老は何を言っているんだろうと不思議そうな顔をしていた子ネコーだったけれど、すぐに長老の意図するところに気が付いて、「ぶー」とむくれながら両方のお手々をもふっと振り上げて振り回して反論してきた。

 感心なことに、子ネコーはちゃんと、ムラサキの名前を覚えていたようだ。


「おー、覚えておったか。なら、いいんじゃ。ごはんの前のことなのに、ちゃんと覚えておったのは、偉いぞぅ」

「もー! ちょーろーはー! いちゅも、しょーやって、にゃんごろーのことをー!」

「にゃっはっはっは! こりゃ、長老が悪かった! 和国のお料理が気になるあまり、お料理の説明以外のことは、忘れているんじゃないかと思ってのー」

「もー! まちゃ、しょーやってー! にゃんごろーのことをー、くいしんぼーみちゃいにー!」

「いや、食いしん坊じゃろう」

「ちらうみょん! にゃんごろーは、こーきしんが、おとーふにゃの!」


 食いしん坊ではないと言い張る子ネコーに、長老がお胸の毛をさわさわしながら断言すると、子ネコーは腕組みをしてプンとそっぽを向きながら、何やら不思議なことを言った。

 長老の言い分には首を揃えて頷いていた残りの面々は、今度は首を横に倒した。

 だが、長老には子ネコーの言いたいことが分かったようだ。


「それを言うなら、好奇心が豊富…………じゃないわい。好奇心が旺盛じゃろが。なんじゃい、好奇心がお豆腐って」

「む、しょ、しょれは…………。しょ、しょう! おちょーふは、ふしぎにゃたべみょの! れも、しょれは、ちゃべてみにゃいと、わきゃらないっちぇこちょ! らから、にゃんごろーは、おとーふにゃこネコーにゃの!」

「うーむ。発音が迷子じゃのー。魔法練習は、まずは、そこからじゃのー」

「むぐぅ~~…………」


 精一杯の反論を長老に軽くあしらわれ、さらに魔法のつたなさを指摘されて、にゃんごろーは小さく丸くなって俯いた。お耳もしょもんと萎れていく。

 取りなすように、ナナばーばが明るく笑った。


「いいじゃない。それだけ、お豆腐を気に入ってくれたってことでしょう? さっそく、取り入れてくれて、私は嬉しいわ」

「うむ。そうだな」

「はい! 自分も、そう思います!」


 取り入れ方を間違っているぞ、と長老が言う前に、和国出身組であるカザンとムラサキが、すかさずナナばーばに同意した。

 なんとなく、そのうちお船の中に変な言葉が流行りだしそうな予感がしたけれど、長老は黙っておくことにした。それはそれで、面白そうだからだ。

 ナナばーばは、子ネコーの発声魔法についても意見を述べた。


「喋り方も、私は今のままの方が、子ネコーらしくていいと思うわ。お船で過ごして、他の人間たちと触れ合っている内に、自然と身について来るわよ。無理に強制しないで、今は、見守りましょう」

「そうだな。私もそう思う。にゃんごろーらしくて、とても好ましい」

「そうですよ! もう少し大きくなってからでも、間に合いますって! だから、今はこのままで!」

「ま、まあ、みんながそう言うなら、それでも別に構わんがのぅ」


 今度もカザンとムラサキが、さっき以上の熱を込めて、ナナばーばに続いた。じーじたちとタニアも、強く頷いている。

 圧のある視線に取り囲まれて、長老は、やれやれと引き下がった。

 にゃんごろーは、少し複雑な思いで、それを聞いていた。

 好奇心がお豆腐発言を認められたのは嬉しかったけれど、発声魔法の拙さを、それでいいと認められるのは、あまり嬉しくない。

 にゃんごろーには、まだ早いと言われているようで。子ども扱いを、されているようで。

 それは、魔法修業を誓ったばかりのにゃんごろーにとって、何やら納得がいかない認められ方なのだ。


(にゃるべく、らんらろう)


 可愛さと癒しを求めるみんなの思惑とは裏腹に、子ネコーは胸の内で密かに決意するのだった。


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