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第31話 子ネコーの基準

 ぱん!


 ――――と、ナナばーばが手を叩いた。

 みんなの注目を集めたことを確認してから、ナナばーばは、二度も中断された話を強制再開した。静かなようでいて迫力のあるその笑顔からは、今度こそ誰にも邪魔はさせないぞ、という強い意思が感じ取れる。


「それでね。若い女性ネコーが、お船で働いてくれることになったのよ!」


 盛大な脱線をものともしない、力強く見事な軌道修正ぶりだった。

 みんな、黙ってナナばーばを見つめる。

 もしも、子ネコー以外の誰かが邪魔をしようものなら、何としてもそれを取り押さえねば、と子ネコー以外の誰もが身構えた。次に話の腰を追っても許されるのは、にゃんごろーただひとりであると、誰もが理解していたからだ。

 幸いにも、余計な口を挟む者はひとりもいなかった。

 若い女性ネコーと聞いて、にゃんごろーも興味津々の様子でナナばーばのお顔を見上げている。

 子ネコーの気を引けたことに気をよくして、ナナばーばはウキウキと話を続けた。


「お名前はね、レイニーさんというの。魔法細工が得意なネコーさんでね。ガドさんの鍛冶工房の隣を魔工房にして、そこで働いてもらうことになったの!」

「なんじゃ。お船の魔法整備担当の新人じゃないんかい」

「はい、残念ながら。うちにも、ネコーがひとり欲しいんですけどね」


 ナナばーばの説明を聞いた長老が残念そうに呟くと、タニアが苦笑しながらそれに答えた。魔法生物ネコーは、魔法関連の職場では、割と引く手あまたなのだ。


「まほーしぇーりたんとうには、ネコーはいないの?」

「そうなんです。募集はしているんですけれどね」

「にゃんごろーくん、大きくなったら魔法整備担当で働いてみない? 毎日、お船で美味しいものが食べられるよ?」

「えー? きゃ、きゃんらえちょく…………」


 お船の事情に詳しくない子ネコーが、隣に座っている魔法整備担当のタニアを見上げながら尋ねた。タニアが少し頬を緩ませながら質問に答えると、そのさらに隣から、タニアの後輩であるムラサキが身を乗り出すようにして子ネコーを勧誘してくる。

 突然の勧誘だったけれど、にゃんごろーは満更でもなさそうだ。

 特に、『毎日、美味しいものが食べられる』の件には、とてつもなく心を動かされた。発声魔法を頑張ろうと決意した通り、少しは改善の兆しが見えてきていた発音が、あっという間にガタガタになるくらいには、心を揺り動かされた。あの決意は、今やにゃんごろーの頭の中から、すっかり忘れ去られてしまったようだ。

 またしても話が脱線してしまったけれど、質問したのがにゃんごろーだったことと、話の流れが望ましい展開だったため、ナナばーばはニコニコと嬉しそうだ。その瞳は、にゃんごろーを見ているようでいて、ここではない遠いどこかを見つめている。

 ナナばーばが、にゃんごろーと一緒の楽しいお船ライフへと思考を飛び立たせてしまったことに気付いて、ムラサキが本題を引き継ぐことにした。ムラサキもまた、“本題”に関係しているのだ。


「それでですね。本当だったら、長老さんたちと一緒のお昼ごはんに誘われていたのは、レイニーさんの方だったんですよ」

「しょーなの?」

「はい。なんですけど、レイニーさんが、興味ないって仰られ……」

「ちょっと、ムラサキ!」


 少々配慮に欠けるムラサキの言葉を、タニアが肘でムラサキの脇腹を小突きながら遮った。ムラサキは、慌てて言い直す。


「あ、ごめんなさい。えーと、レイニーさんは、お仕事が忙しいみたいで、それで代わりに、自分が参加することになったんです!」

「きょーみ、にゃいのきゃー…………」

「あ、あ! その! お仕事が忙しいのも、本当で!」


 話の軌道修正が遅すぎたようで、一緒にお食事をすることに興味がないと言われてしまった子ネコーが、しょぼーんと肩を落とした。にゃんごろーだけに言っているわけではなく、長老とセットのようではあるが、それでもショックなものはショックだ。にゃんごろーの方は、同じネコーの仲間と聞いて興味津々なのに、なんだかフラれた気分だ。

 にゃんごろーを落ち込ませた犯人であるムラサキは、あわあわと両手を振りながら必死で弁明するものの、にゃんごろーの胸には届かない。子ネコーは、力なく項垂れたままだ。

 困ったムラサキが、救いを求めるように長老を見つめた。長老は「まかせておけぃ」とばかりに頷きを返す。未来に思いを馳せて心ここにあらずのナナばーば以外の面々は、ハラハラと子ネコーを見守っているが、長老は余裕の顔で笑っていた。

 長老には、子ネコーを丸め込む自信があるのだ。


「にゃんごろーよ」

「なあに、ちょーろー」

「つまり、あれじゃ。レイニーさんは、ルシアと同じタイプのネコーなんじゃろ」


 子ネコー見守り隊の面々は、「え、それだけ?」と思ったが、にゃんごろーは長老を見つめたまま、何度かお目目をパチパチした後、あっさり頷いた。


「ルシアしゃんのなかまきゃー。しょれりゃあ、しょうらにゃいね!」

「うむ。そういうことじゃ」


 見守り隊には、どういうことなのかはさっぱりだったが、とにかく子ネコーに笑顔が戻った。なんだか分からないけれど、見守り隊は、長老へ称賛の眼差しを送る。

 話の引き合いに出されたルシアは、三度の飯よりも発明&実験が大好きなネコーなのだ。発明に夢中になり過ぎるあまり、ごはんを抜いてしまうこともしょっちゅうだ。自他ともにではなく、他のみが認める食いしん坊子ネコーのにゃんごろーには、信じられないことだった。けれど、それだけ発明が好きなのだなということは、にゃんごろーにも理解できる。それはもう、心の底からも腹の底からも理解できた。

 いつも発明のことばかり考えているルシアは、他ネコーに対する興味が薄い。たまーに、住処のどこかで、散歩をしているルシアとばったり出くわすことがあった。散歩をしていても、頭の中は発明のことでいっぱいのようで、挨拶をしても素通りされてしまうことが多かった。意地悪をしているわけではなく、考えごとに夢中なあまり、挨拶をされていることに気付いていないのだ。

 初めてそれをされた時は、無視をされたと思ってショックを受けたにゃんごろーだったけれど、今は気にしていない。返事がないかもしれないのを承知で、それでも、ちゃんと挨拶をして、「頑張ってねー」と手を振っている。

 返事がないのは、ごはんよりも大好きな発明のことを考えているのだと、今はもう知っているからだ。


 ごはんよりも大切なことで頭がいっぱいなら、返事がないのも仕方がない。むしろ、応援したい――――と、自覚のない食いしん坊子ネコーは思っているのだ。


 だから、そのルシアと同じタイプと聞かされて、子ネコーはあっさりと納得したのだ。

 レイニーは、魔法細工の仕事が、ごはんよりも大好きなのだろう。ならば、仕方がない――――ということだ。


 『食べる』ことは、にゃんごろーにとって、すべての基準となっているのだ。

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