目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第32話 トマじーじの「にゅけにゃけ」

 長老と仲良しなお年寄り三人は、お船の高いところにある、一等いいお部屋に住んでいる。そのフロアには、全部でお部屋が四つあった。三人で一部屋ずつ使っていて、一つ残ったお部屋は、空き部屋になっていた。

 その一つだけ余った空き部屋は今、にゃんごろーと長老が暮らすネコー部屋となっていた。


 長老が朝、お話してくれた予定通り、お昼ごはんの後は、じーじたちとのお茶会となった。

 会場に選ばれたのは、にゃんごろーたちが寝泊まりしているネコー部屋だ。同じフロアにある四つのお部屋は、全部同じ大きさだけれど、物が少ないネコー部屋が、実質、一番広いからだ。

 お茶会には、しばらくお仕事がお休みだという、カザンも同席することになった。

 和室からネコー部屋に向かう道中で、カザンは長いお休みの理由を教えてくれた。

昨日まで、長期に渡る、とても大変なお仕事をしていたのだという。そのお仕事の最中に、カザンは、お仕事に使う刀を駄目にしてしまったのだ。お船に戻ってすぐに修繕に出したのだが、元通りになるには時間がかかると言われてしまった。それで、刀が手元に戻るまで、骨休めもかねて、しばらくお仕事をお休みすることにしたのだ。

 にゃんごろーが「ゆっくり、やしゅんれね」と労わると、カザンは「ありがとう。特に予定があるわけでなし、突然の長い休みを少し歯がゆく思っていたのだ。だが、にゃんごろーのおかげで、よい休暇になりそうだ」と言って、嬉しそうに笑った。何がどうして、にゃんごろーのおかげなのかはサッパリ分からなかったけれど、にゃんごろーは笑って「ろーいちゃしましちぇ」と答えた。理由が分からなくても、そんな風に言ってもらえるのは、とても嬉しい事だった。


 お話が弾んだおかげが、ネコー部屋までの道のりは、あっという間だった。

 お茶会の会場に選ばれたネコー部屋には、人間用の座って使うローテーブルと、ネコー用のさらに低いテーブルが並んで置いてある。両方とも、長方形のテーブルだ。人間用テーブルの短い部分と、ネコー用テーブルの長い部分を合わせた配置だ。そうすると、段違いではあるけれど、長さ的には、まあまあちょうどよくなるのだ。

 長老とにゃんごろーは、ネコー用テーブルに並んで座った。にゃんごろーが左で、長老が右側だ。

 人間用テーブルの方は、にゃんごろー側にナナばーばとカザンが、長老側にマグじーじが座った。トマじーじは、一度自分の部屋に戻ってから来るそうで、マグじーじの隣は、今は空席になっている。

 ナナばーばと長老のふたりが、仲良く口喧嘩をしながらお茶の準備をしてくれた。テーブルの上には、すでに人数分のお茶が行き渡っている。すぐに来るだろうということで、トマじーじの分のお茶も注がれていた。

 お昼ごはんを食べたばかりなので、お茶請けのお菓子はなかった。

 食いしん坊のにゃんごろーではあったけれど、お腹がいっぱいなので、さすがに不満は言わなかった。ナナばーばが、おやつの時間になったら、美味しいお菓子を出してくれると約束してくれたからでもある。


「トマのヤツめ。なんぞ、抜け駆けをするつもりじゃな」

「にゅけにゃけ?」

「あー、いやいや。何でもないんじゃ」


 トマじーじを待つことなく、ズズッとお茶を啜りながら、マグじーじが空いている席を睨みつけながら毒づいた。聞きなれない単語に子ネコーが反応すると、マグじーじは慌てて、誤魔化すように片手を横に振った。子ネコーに変な言葉を教えると、ナナばーばに怒られてしまうからだ。

 マグじーじは、深いしわが刻まれたいかついお顔をしているけれど、喋り方が長老に似ているので、親近感がもてる。にゃんごろーは、「んんー?」というお顔で、続きを催促するようにマグじーじを見つめた。

 マグじーじが、子ネコーの可愛いお顔に相好を崩しつつも、軽く睨みつけてくるナナばーばに焦っていると、救いの神が現れた。

 話題の主であるトマじーじが、ちょうどよいタイミングでやって来たのだ。

 上手くナナばーばの追及を逃れることに成功したトマじーじは、一瞬だけホッとしたけれど、元は言えばこいつのせいじゃと、すぐにしかめっ面になった。


「遅くなって、すまない」


 軽やかなノックと共に、弾むようなお顔を覗かせたトマじーじは、片手に大きな紙袋を持っていた。三人のお年寄りの中で一番背の高いトマじーじは、白いものが混じっている髪の毛を綺麗に刈り揃えている。マグじーじは背中が猫のように丸まっているけれど、トマじーじは、しゃんと背筋が伸びている。ナナばーばの凛とした佇まいとは少し違う、爽やかで闊達な雰囲気を身に纏っていた。

 トマじーじは、苦々しい顔つきで睨みつけてくるマグじーじを、フンっと鼻で笑い、マグじーじの隣の空いている席ではなく、にゃんごろーの隣へやって来た。子ネコーの横で膝をついて紙袋を下ろすと、マグじーじは中から平べったい長方形の箱を取り出した。

 取り出した箱は、緑色の包装紙で包まれ、赤いリボンが結ばれていた。

 トマじーじは片手で持っているけれど、にゃんごろーの両手を余裕ではみ出す大きさの箱だ。


「にゃんごろーに、プレゼントがあるんだ」

「ふぇ? プレレンチョ?」

「そう。にゃんごろーが、お船に来てくれた記念のプレゼントだ」

「え? え? しょんにゃ、い、いいにょ?」


 にゃんごろーは驚いたお顔で、差し出された包みとトマじーじのお顔を交互に見てから、どうしていいか分からずに、隣に座っている長老に救いを求めた。

 長老はお胸の毛を撫でながら、にゃんごろーに「にょほほー」と笑って、こう言った。


「せっかく用意してくれたんじゃ。もらっておきんしゃい。ちゃーんと、お礼は言うじゃぞ?」

「はう、あわ…………。トミャりーり、ありあちょう」


 長老にお墨付きをもらって、にゃんごろーは戸惑いながらも、トマじーじの方へお手々をもじもじもふっと差し出した。トマじーじは、顔が分解しそうなほどに嬉しそうに笑って、肉球のお手々の上にそっと包みを載せる。


「はわぁ~」


 子ネコーは、お目目をキラキラと輝かせながら、お手々の上の緑色の包みを見下ろした。

 森にいた時にも、プレゼントをもらったことはある。大抵は食べ物で、剥き出しのまま「はい」と渡されるのが普通だった。こんな風に、ちゃんと包装されたプレゼントをもらうのは、これが初めてだ。

 何が入っているのか気になるけれど、このまま飾っておきたい気もした。緑と赤という、色の取り合わせが、また素晴らしい。

 緑と赤は、キュウリとトマトのお色だ。

 にゃんごろーが、大好きなお色だ。

 とても、嬉しい。

 嬉しいけれど、嬉しいからこそ、


「にゃしろーにも、みしぇてあげちゃいにゃぁ…………」


 そんな呟きが、ポロリと零れ落ちた。

 緑と赤でラッピングされた箱を見つめたまま、にゃんごろーは、魔女の元で療養中の兄弟ネコー、にゃしろーのことを思い出していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?