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第33話 子ネコーは、じゅーじゅーしぃー?

 にゃしろーは、にゃんごろーの兄弟ネコーだ。長老でも治せない、魔法絡みの病気に罹ってしまったため、今は療養のために、長老の知り合いの魔女のところで暮らしている。といっても、体の方はもう大分調子がいいようで、近い内に戻ってくるかもしれない、長老からは聞かされていた。

 ポロリとこぼれ出た自分の呟きでにゃしろーのことを思い出してしまったにゃんごろーは、それまで全身全霊でお船生活を満喫していたのに、急に、今ここにはいないにゃしろーへの引け目を感じてしまったようだ。

 にゃんごろーは溢れてきた胸の内を、ポロリポロリとプレゼントの箱の上に落としていった。


「にゃんごろーらけ、こんにゃに、しゅてきにゃもにょをもりゃって、いいにょかにゃ? にゃんごろーらけ、おふねれ、たのしくちぇ、おいしいもにょをちゃれちぇ。それにゃのに、こんにゃ、しゅちぇきにゃ、プレレントみゃれ…………」

「まあ、そんなに気にせんでもいいわい。にゃしろーはにゃしろーで、治療を受けつつも魔女殿のところで楽しくやっておるようだしの」

「しょれは……、しょー……らった……」


 長老の言う通り、にゃしろーからの手紙によると、にゃしろーは魔女の元での生活をそれなりに楽しんでいるようなのだ。

 にゃしろーは、本が好きな子ネコーだった。そして、魔女の住処には、いろんな本がたくさんあるのだという。ほとんどは、子ネコーには読めないような難しい本だけれど、中には、にゃしろーが読める本も混じっている。にゃしろーは、魔女から読んでもいいと許可をもらって、読書三昧の生活を楽しんでいるようなのだ。

 そう書かれた、にゃしろーからの手紙には、本好き子ネコーの嬉しさが溢れ出していた。

 それだけではない。どうやら、にゃしろーには子ネコーのお友達が出来たようなのだ。魔女のところでは、にゃんごろーたちと同じくらいの子ネコーが助手として働いているのだ。最初は、その子と上手くいかなかったようで、しょんぼりした様子の手紙が届いた。にゃんごろーと長老は心配していたのだが、次の手紙では、友達になれたと嬉しそうな報告があった。にゃんごろーたちは、ほっと胸を撫でおろし、手を叩き合って大喜びした。

 大喜びした……のだが。少し落ち着いてきたら、なんだか胸がモヤモヤしてきて、にゃんごろーは元気をなくしてしまった。にゃしろーに置いて行かれたようで、寂しくなってしまったのだ。食欲だけは衰えなかったものの、遊びにも、畑のお手伝いにも、身が入らなくなってしまった。

 見かねた長老が青猫号行きを計画してくれて、「先にお船に詳しくなって、にゃしろーが元気になって帰ってきたら、にゃんごろーが案内してやるとよい」と言われて、ようやく笑顔を取り戻したのだ。

 最初の予定では日帰りのはずの青猫号行きは、発明ネコーの失敗により、長期滞在へと変更になった。でも、それは、魔法の修行のためでもあるのだし、修行を頑張れば、ちょっとくらい楽しい思いをしてもいいかな、とはちゃっかりと思っていた。

 だけど、なのだ。こんなに素敵なプレゼントまでもらってしまっては、にゃんごろーだけが楽しい思いをしすぎているような気がするのだ。

 長老は、気にしなくていいと言っている。

 でも。

 でも、なのだ。

 青猫号では、美味しいごはんとおやつまで食べさせてもらっている。それだけで、にゃんごろーは幸せいっぱいなのだ。

 それなのに、にゃんごろーだけがプレゼントまでもらってしまうのは、なんだか、にゃしろーに悪い気がする。とても気が引ける。

 でも、そうは言っても、プレゼントを欲しいという子ネコー心も、やっぱりある。何が入っているのか、とても気になる。

 どうしていいか分からずに、ソワソワチラチラと落ち着かない様子で、長老とプレゼントとトマじーじの間で、視線を行った来たり戻ったりさせていたら、すべてお見通しの長老が駄目押しの一言をくれた。


「安心せい。にゃしろーの分も、ちゃーんと用意してあるはずじゃからな」

「ふぇ? しょーにゃの?」


 にゃんごろーは、びっくりのお顔で長老を見つめた後、そのお顔を、そのまま、くるんとトマじーじに向けた。トマじーじは、優しく目を細めて笑いながら「もちろん」と答えた。


「もちろん。当然だろう。にゃしろーの分は、にゃしろーがお船に来た時に渡す予定だ。にゃんごろーとにゃしろーの再会…………ふたりでお船に来た記念のお祝いプレゼントもあるんだ。その時は、ふたり一緒に、もらっておくれな」

「えええ? にゃしろーにらけらにゃくて、ふたりいっしょのも、あるにょ? しょ、しょんにゃに、ほんちょに、いいにょ?」


 子ネコーに笑顔が戻った。にゃしろーの分もちゃんとあるのだと聞かされて、すっかり迷いは消えていた。澄み渡った青空のような晴れやかな笑顔で、にゃんごろーはトマじーじをキラキラと見つめる。

 子ネコーを見つめ返しながら、トマじーじは自分の心の中に、子ネコーのキラキラが降り積もっていくのを感じていた。


「ああ。俺たちも、森の子ネコーに会えるのを楽しみにしていたんだ。受け取ってもらえると、こちらも嬉しい。あ、そうだ。出来れば、プレゼントのお礼は、ナデナデがいいな。にゃんごろーのことを、ナデナデしたいんだ。いいかな?」

「えー? しょんにゃー。プレレントをもりゃって、ナデナレまれ、しちぇもりゃえるにょ? しょんにゃの、にゃんごろー、じゅーじゅーしぃーに、にゃっちゃうー。うれしいけりょ、こみゃりゅぅー」


 にゃんごろーは、午前中のお茶会で覚えたばかりの言葉を使って、恥ずかしそうに俯いて、イヤイヤをした。もちろん、本当にイヤなわけではない。

 長老とカザンは、さっそく使いこなしているようで、微妙に使いこなせていないにゃんごろーがおかしくて、思わず笑ってしまった。

 カザンの部屋では、聞いたばかりのカザンの発音をなぞっていたけれど、お昼を挟んだことで発音までは忘れてしまったのか、さきほどの「じゅーじゅーしぃー」は、何やら美味しそうな響きになっていた。


「うん? ナデナデされて、ジューシーになる?」


 お年寄り三人衆は、にゃんごろーの独特な発音についていけなかったようで、揃って首を傾げている。

 何とか、笑いを堪えて説明しようとしたカザンを、長老がもふっと片手で制して「にょほほ」と笑った。


「それはのぅ、ひ・み・つ、じゃ」

「もう!」

「なんじゃい! それくらい、ケチらんでもいいではないか!」

「うぅーん……」


 いたずらっ子の顔で笑っている長老を、ナナばーばとマグじーじは軽く睨みつけ、トマじーじは顎に手を当てて考え込み始めた。


「悔しかったら、当ててみるのじゃぁ~」


 ひとりだけ楽しそうに、お手々と尻尾をユラユラさせている長老。

 子ネコーは、おとなたちが何を盛り上がっているのか分からずに、不思議そうな顔をしている。

 カザンが苦笑を浮かべつつ、事の成り行きを見守っていると、考え込んでいたトマじーじがパッと顔を輝かせた。


「分かったぞ!」

「お? なんじゃ? 言うてみぃ」


 長老の挑発に、トマじーじは余裕の笑顔で答えた。


「にゃんごろーは、プレゼントをもらった上に、ナデナデまでしてもらえるなんて、図々しい!――――――――と言いたかったのだろう?」

「うん、しょーらよ! んー…………れも、にゃんれ?」


 トマじーじにあっさり正解を言われて、不貞腐れてしまった長老の代わりに、にゃんごろーが答えた。とはいっても、話の流れを理解していないので、「どうして今さらそんなことを?」と、トマじーじに向かって、こてっと首を傾げる。

 子ネコーの分かっていない様子が、あまりに可愛くて、長老を抜かした大人たちは、ついつい笑ってしまった。


「にゃ? にゃ?」


 プレゼントを両手にのせたまま、にゃんごろーは不思議そうにみんなのお顔をキョロキョロ、キョロキョロ。


 脱線ばかりで、なかなか開封の儀にまで辿り着けない子ネコー一同なのだった。


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