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第34話 おリボンとウレニョン

 いくつかの脱線の果てに。

 ようやく、プレゼントを開封する時がやって来た。


 長老に促されて、にゃんごろーはまず、両手の上の四角い包みをテーブルの上にコトリと置いた。


「こりぇ、にゃんちぇいうんらっけ?」

「それは、おリボンじゃ」

「おリロン。トマトのおいろのおリロン」


 子ネコーが、リボンを見るのは、これが初めてだった。

 包みの上から結ばれている赤いリボンを、もふもふツンツンしながら尋ねると、長老が名前を教えてくれた。


「おリボンは、そうじゃのぅ。サラダのドレッシングみたいなものじゃ」

「サララのドレシュ?」

「そうじゃ。ドレッシングはサラダを美味しくしてくれるが、おリボンはプレゼントをより特別で嬉しい感じにしてくれんじゃ」

「とくべちゅなかんり、しゅる!」

「そうじゃろー。ほれ、端っこを持って、引っ張ってみるといい」

「うん!」


 長老に教わって、にゃんごろーは短い指と指の間に赤いリボンの端っこを挟んで、引っ張ってみる。リボンは、シュルシュルと解けていった。


「ひみょに、にゃった!」

「うむ。上手に出来たの」


 解いたばかりのリボンをプランと持ち上げた子ネコーを、長老はすかさず褒めた。

 褒められた子ネコーは、リボンをプラプラさせたまま、嬉しそうに声を立てて笑う。


「おリボンは一回、テーブルに置いてじゃ。次は、緑の包装紙の方じゃの。まー、果物や野菜の皮みたいなものじゃから、適当にビリビリ破てもいいんじゃが、綺麗に開けられるかやってみるか?」

「やっちぇみる! やっちぇみちゃい!」


 長老は、早く中身が知りたくて待ちきれずにビリビリ破いてしまう派だったが、子ネコーは綺麗に包みを開ける派のようだ。

 ちなみに、長老が余裕の顔で見守っているのは、自分あてではなくて子ネコーへのプレゼントだから…………ではなく、包みの中身を知っているからだった。トマじーじのプレゼント選びには、長老も付き合わされていたのだ。

 長老とトマじーじが、両脇から交互に、指差しをしながらやり方を教えてくれた。

 まずは、お爪の先で、そこのテープを剥がして…………などという、ふたりからの助言の通りに、子ネコーはゆっくり慎重に包み紙を開いていく。

 その慎重さが功を奏したのか、にゃんごろーは一つも破くことなく、無事に包みを開き終えることが出来た。


「ふわー。れきちゃぁー」

「うむ。見事じゃ」

「うんうん。上手に出来たね」


 包みの中身を確認するより先に、達成感に「にゃふぅ」と満足そうな息をつく子ネコー。

 長老とトマじーじが手際を褒めると、にゃんごろーは嬉しそうに、でもちょっとだけ照れくさそうに「にゃふっ」と笑った。

 長老以外の大人たちは、揃って、その笑顔に胸を撃ち抜かれた。

 大人たちに甚大な被害を与えた子ネコーは、そんな自覚はないままに、さて、と包みの中身を見下ろして、首を傾げる。

 緑色の包装紙に包まれていた長方形の箱。

 箱の蓋には、虹が描かれていた。何か文字も描いてあるけれど、にゃんごろーには読めない。


「こりぇ、にゃあに?」

「ふたを開けてみるがいい」

「ん!」


 長老に促されて、にゃんごろーは両方のお手々と魔法の力も使って、慎重に蓋を開けた。

 中には、見たことのない、いろんな色の長細い棒がぎっしり入っている。

 にゃんごろはー、五つまでしか数えられないので、たくさん入っているということしか分からなかった。


「ほぉー……」


 にゃんごろーは不思議そうに首を傾げてから、お顔を箱に近づけて、まずは匂いを嗅いでみた。

 あまり、いい匂いではない。食べ物ではなさそうだった。


「こりぇ、にゃあに?」

「それは、クレヨンというんだよ。お絵描きの道具だ」

「ウレニョン……?」

「そう、ウレニョンだ」

「いや、本当に間違って覚えてかねんから、正しく発音してくれんかの? にゃんごろー、それはクレヨンじゃ。ク・レ・ヨ・ン。お絵描きの道具じゃな」

「ク、レ……ニョ……ン!」

「そうじゃ」


 さっきと全く同じ質問をするにゃんごろーに、今度はトマじーじが答えてくれた。にゃんごろーが拙い発音で繰り返すと、トマじーじは相好を崩して、にゃんごろーの発音を真似る。

 見かねた長老が渋いお顔で苦情を言い、手本となるように正しい発音を繰り返すと、にゃんごろーは覚束ないながらも、一応なんとかギリギリ及第点の発声魔法を披露する。

 トマじーじはちょとだけ残念そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻って、紙袋の中からビニール袋に包まれた、白くて四角くて平べったいものを取り出した。


 それは、画用紙だった。


 ビニール袋を開けて中の画用紙を一枚取り出すと、トマじーじは、それをテーブルに載せた。クレヨンのすぐ隣だ。12本入りのクレヨンの箱二つ分よりも、一回りほど大きいサイズの画用紙だ。


「これはね、画用紙というんだ。この紙に、そのクレヨンで絵が描けるんだよ」

「もしきゃして、きょの、びょーのおいろら、きゃみにちゅくにょ?」

「そうだよ」


 にゃんごろーは、キラキラと期待に溢れた眼差しで、隣にいるトマじーじを見上げた。とても素早い首の動きだった。子ネコーのもふもふお耳は、ピンと上を向いて、尻尾は落ち着きなく揺れている。

 期待でいっぱいの子ネコーを見ているだけで、おとなたちの顔にも、自然と笑みが浮かんでくる。

 子ネコーの期待の問いにトマじーじが頷くと、子ネコーのお顔は、シュッとテーブルの上に戻された。

 初航海を前に、大海原を見つめる船乗りのような希望に満ち溢れた瞳で、画用紙とクレヨンを見つめるにゃんごろー。

 画用紙は海で、クレヨンはお船だった。


「トマトのおいろのトマトを、きゃけりゅって、ことりゃよね?」

「うん。そうだよ。キュウリのお色のキュウリだって描けるよ」

「ふわぁあー……」


 手に入れたばかりの新しいお船で大海原へと漕ぎ出す前から、子ネコーは感動に打ち震え、全身の毛を逆立てていた。気持ちが高揚するあまり、少しお目目が潤んでいる。

 明るい茶色の毛先の一本一本から、キラキラとした幸せの粒子が飛び散っていく――。

 おとなたちの目には、そんな幻想が映っていた。

 キラキラが、お部屋の中に満ちていく。


 それは、子ネコーからの、意図しない幸せのお裾分けだった。


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