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第55話 赤と黄色の宝物

 巻き起こった笑いの渦の中。

 どうやら自分が笑われているらしい、ということは子ネコーにも分かっているようだった。

 でも、子ネコーには、その理由が分からない。

 なんだか仲間外れにされてしまったようで、にゃんごろーは、すっかりふくれっ面になってしまった。しかし、それも長くは続かない。


 目の前で、長老が美味しそうにオムレツを頬張っている姿が目に入ってしまったからだ。

 その一瞬で、子ネコーはすべてを忘れた。

 泥棒疑惑も、どうやら自分が笑われているらしきことも、すっかり仲間外れ気分になってしまったことも、そのすべてを忘れて、幸せに浸っている長老に釘付けになる。

 長老が普通に美味しく召し上がっているということは、オムレツは程よく冷めているのだろう。

 オムレツの中に、何か具が詰め込まれていることを、子ネコーは見逃さなかった。フォークで掬い上げられ、長老のお口の中へと消えていくそれを見つめながら、にゃんごろーはゴクリと喉を鳴らす。

 オムレツの中には、お宝が隠されているようだ。

 そう、あれは、間違いなくお宝だ。

 お口の中に、どんどん涎が溢れてくる。まるで、涎発生装置になってしまったかのようだ。

 もう一度、ゴクリと喉を盛大に鳴らして、にゃんごろーは自分のオムレツへと視線を落とす。

 光沢のある美しい黄色の塊。赤いトマトのソースでおめかしをしているのが、何ともそそる。これだけでも、十分お宝だし、完成されているように思えるのに。

 この中には、更なるお宝が隠されているのだ。

 お宝の正体には、見当がついている。

 けれど、やはり。

 自らのお口で、ちゃんと確認しなくてはならない。


 疑いからの詰問を経た、ふくれっ面。

 それらすべてを涎の波でジャバッと洗い流して、もはやオムレツしか見えていないにゃんごろー。

 そんな子ネコーの食いしん坊全開っぷりが面白可愛くて、笑いの狂宴はさっきよりもヒートアップしている。カザンはギリギリ何とか体を震わせるだけで保っているが、他の面々は笑い転げ、中には笑いすぎて過呼吸を起こしかけているものまでいる。

 なのに、それらすべてが目にも耳にも入っていない様子のにゃんごろー。

 子ネコーの全意識は、オムレツへのみ向けられているのだ。


 フォークを握りしめるお手々が、緊張と興奮で震えている。ドキドキしつつも真剣なお顔で、オムレツの真ん中にフォークを刺し入れて、優しくそっと割り開く。パクリとお口を開けた美しい黄色の中から顔を覗かせたのは、まさしくお宝だった。

 にゃんごろーの大好きなもの。

 小さなサイコロ状のそれは――。


「やっぱりぃー♪ トマトが、はいっちぇるぅー♪」


 オムレツとは、幸せを運ぶ宝箱のことだったのかと笑み崩れる。箱自体もお宝なのに、その中にはさらなるお宝が詰め込まれているのだ。

 不発だけれど大成功だった朝のプチ大冒険モドキをしていた時の高揚感が戻って来る。冒険の続きをしている気分だ。

 これは、大冒険の末に手に入れた特大級のお宝なのだ。

 トマトのソースがかかっているだけでも素晴らしいのに、中には本物のトマトまで詰まっているのだ。間違いなく、これはお宝の中のお宝だった。

 大胆かつ慎重に、にゃんごろーはお宝を取り分けた。

 大胆に真ん中から切り分けたオムレツを、慎重に、お口に入るギリギリの大きさに切り取り、フォークに載せたのだ。

 すると、トロリ、と何かが糸を引いた。

 ほんのり黄色みがかかった、卵とは違う白い何か。

 何だろう、とお目目をパチパチしていると長老が教えてくれた。


「それは、チーズじゃ」

「チール!」


 にゃんごろーのお目目がキラリと光る。

 チーズは食べたことがある。大好きだ。長老が、お船からお土産に持ち帰ってきてくれたことがあるのだ。

 口の中に溜まりに溜まった涎をゴックンしてから、にゃんごろーは幸せが約束されたフォークの上のお宝をお口の中に招き入れた。


「~~~~~~~~♡♡♡」


 今のにゃんごろーのお顔を絵に描いたなら、タイトルは『幸せの絶頂』以外あり得ない。

 蕩け切ったお顔で、脳髄を痺れさせている子ネコー。全身が震え、もふもふの尻尾は喜びのあまり、にょるんにゅるんと不思議な踊りを踊っている。

 ポンポンとカラフルで鮮やかなお花を次々に咲かせては舞い踊らせている心象風景が浮かんでくるようなお顔だった。

 じっくりと幸せを味わい、逸る気持ちで、けれど名残惜しむようにお宝を飲み下す。


「はわぁ~~~ぁ……」


 発声魔法の乱れどころか、もはや語彙力が機能していないようだ。

 フォークをプルプルさせながら、もう片方のお手々でほっぺを押さえるにゃんごろー。


「トマト、ちゃまご、チール! おいしいのが、みっちゅあわしゃって、にゃかよしが、おいしい! みんにゃで、おててをちゅないれ、にゃんごろーを、しゅてきなちょころへ、ちゅれていっちぇくれちゃ……♡」


 美味しさのあまり瞳を潤ませながら、にゃんごろーは冒険の続きを再開した。

 上にかかっているケチャップというトマトソースも、中に入っているサイコロ状のトマトもどちらも素晴らしい。卵のまろやかさと、チーズの程よいコク。そこにトマトの酸味が加わって空前のハーモニーを奏でている。

 うっとりと仲良し三にん組の饗宴を楽しみながら、にゃんごろーは夢中で食べ進めた。

 そうして、オムレツの半分ほどをお腹の中に収めた時、事件は起きた。

 なんと、目の前の長老が、お皿の上に半分だけ残っていたバターロールを取り上げたのだ。それをさらに半分に割ると、片割れの上にオムレツの最後の一匙を載せた。

 あーんと大きくお口を開けると、トマトとチーズがチラチラと顔を覗かせているオムレツ載せバターロールを押し込んでいく。少し大きすぎたようで、お口の周りがオムレツで汚れてしまったが、気にせずお口をモグモグしている。

 自分のオムレツを味わうことに夢中でも、にゃんごろーは目敏く気付いた。いついかなる時でも、例え美味しいものに夢中になっている真っ最中でも、更なる美味しいもの情報は見逃さないにゃんごろーなのだ。

 それにしても、なんということだろう。

 長老は、仲良し三にん組に、新たなお友達を迎え入れたのだ。

 お口をモグモグしている長老は、とてもとても幸せそうだ。新しいお友達は、三にん組とすぐに仲良くなったようだ。

 四にんの相性は、どれほどのものなのだろう?

 早速、にゃんごろーも真似してみなければならなかった。

 一旦、フォークを置いてバターロールに手を伸ばしかけ、にゃんごろーはハッとお顔を固くした。

 大事なことを思い出してしまったのだ。

 両方のお手々でパムと机を叩くと、にゃんごろーは長老に訴えた。


「ちょーろー! きいちぇ! ちゃいへんにゃの!」

「ん? なんじゃ?」

「にゃんごろーとちょーろーのバチャーリョール、クリョーにジョロローしゃれちゃっちゃの!」


 必死のお顔で、訴えた。

 意地汚い長老なら、自分のバターロールが盗まれたとあっては、きっと黙っていないだろう。にゃんごろーに協力して、クロウから盗まれたバターロールを取り戻してくれるに違いない!――と考えたのだ。


「ジョロロー?」


 ジョロローとは一体、なんじゃらほい?――というお顔で、長老はクロウのお皿の上のバターロールに視線を投げ、すべてを察した。

 畳の上に倒れ伏し、「ひーひー」と笑い転げている友の姿にも、この時ようやく気がついて、今さらながらに、いろいろとすべてを察した。


「にゃんごろーよ。そりゃ、おまえの勘違いじゃ。クロウは泥棒なんてしておらんわい。バターロールは、最初から、こうっだったんじゃ」

「にゃ!?」

「まったく、勘違いで泥棒扱いするとは、クロウに失礼じゃぞ? みなの発作が治まったら、ちゃんと謝るのじゃぞ?」

「にゃ、にゃんれぇ!?」


 長老に勘違いだと言われた挙句、泥棒呼ばわりを窘められ、子ネコーは悲痛な叫びを上げた。

 長老なら、にゃんごろーの味方をしてくれると思ったのに、裏切られてしまったのだ。

 幸せなお花畑から、一転。

 にゃんごろーは、奈落の底へと一気に突き落とされてしまうのだった。


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