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第60話 びっくりくりの、くりくり子ネコー

 もふ。もふ。

 ――――と、机の上に両方のお手々を投げ出して、にゃんごろーは「ふわぁー」と満足のため息を吐き出した。


「オムレチュも、イチロリャムも、どっちもおいしきゃったにゃぁ……。おきゃわりのれんしゅも、らいせーこーらったし。うふふ。きょーは、しゅてきな、ひににゃりしょー」


 朝ごはんの最中に大泣きをしたことは、もはや、すっかり忘れている。泣いたり笑ったりと大忙しの朝ごはんだったけれど、最終的には大満足で終わったようだ。

 大好きなイチゴジャムを一口しか食べられなくて残念な気持ちは、ちゃんとお詫びとお礼が出来た達成感に上書きされて、今は「なんだかいいことをした気分」で満たされている。お詫び兼お礼として、残っていたイチゴジャムをクロウにあげてしまったことも、いい方向に働いた。夢の残骸が目の前に残されていたら、視界に入る度に、残念な気持ちが呼び覚まされたことだろう。

 けれど、お腹がいっぱいなこともあって、今はすっかりと忘れていられた。


 まあ、そんなふうに。

 幸せな気持ちで、くつろぎまくっているにゃんごろーだったが、子ネコー親衛隊の面々は、心持ち急いで朝食の続きを再開していた。幸せに蕩けたお顔で背中を丸めてくつろいでいるにゃんごろーにチラチラと視線を注ぎつつ、手と口を忙しなく動かしている。情緒不安定な子ネコーに振り回されて、「子ネコー大泣き事件」が一件落着するまで、食事の手がずっと止まっていたのだ。

 早めに集まってしまったこともあって、朝食自体も、昨日よりも早いスタートとなった。だから、まだ時間には余裕があるのだけれど、だからこそ。早く食事を終わらせて、子ネコーとの雑談を心ゆく迄楽しもうと、カチャカチャモグモグ大忙しだ。


 すでに食べ終わっているのは、にゃんごろーと長老とクロウの三にんだけだった。

 暇を持て余したクロウは、にゃんごろーで時間を潰すことにしたようだ。机に頬杖をついてにゃんごろーの方に顔を向けると、子ネコーに呼びかける。


「なあ、ちびネコー」

「なあに? クリョウ?」

「朝から、何か冒険してきたのか?」

「え? ろーして、しょれをしっちぇいるにょ?」


 クロウはにゃんごろーのグダグダ発言を、ちゃんと聞き取っていたようだ。ふたりは、意外と相性がいいのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。尋ねられたにゃんごろーの方はといえば、うっかり秘密を漏らしてしまったことに気付いていないらしく、分かりやすく動揺している。

 クロウは、それを特に不思議には思わなかった。

 あの時のにゃんごろーは、それこそ、誰の目から見ても分かりやすく動揺していたし、自分が何を喋ったか覚えていないだけなのだろうと思ったからだ。


「さっき、自分で言ってただろ? 素敵な朝が、どうのこうのって……」

「え? しょ、しょーらった?」

「おう。で、冒険って、何処で何をしてきたんだ?」


 どうやら、クロウは子ネコーの冒険に興味を持ったようだ。もしかしたら、クロウも、子供の頃に微笑ましい大冒険をしたことがあるのかもしれない。

 クロウに尋ねられて、動揺していた子ネコーは嬉しそうに顔を輝かせた。秘密にしておきたい気持ちもあるけれど、同じくらい誰かに話して自慢したいとも思っているのだ。冒険のことを聞かれるのは嬉しいし、そのことを話して聞かせるのは、とても楽しい。

 子ネコーの都合のいい忘却は、秘密と自慢を一挙両得に楽しむために編み出された技なのかもしれなかった。


「うふふ。あのね、こりぇはね、にゃいしょのおはにゃしなんら。ちょーろーにも、にゃいしょなんらよ? あのね、にゃんごろーね……」


 内緒と前置きしながら、にゃんごろーは身振り手振り付きで、嬉しそうに早朝の大冒険について語りだした。話すことを迷う素振りすらなくキラキラと瞳を輝かせて、実に楽しそうだ。

 だから、クロウを始め人間たちは誰一人として、子ネコーが本気でその話を内緒にしておくつもりなのだとは、思わなかった。心して聞いてね、という意味での前振りくらいに思っていた。

 長老だけが、微妙そうなお顔でお胸の毛を撫でまわしながら、成り行きを見守っている。

 子ネコーが、ひとりでサンルームまで冒険して、長老とカザンをびっくりさせると言い出した時には、みんな「おや?」という顔をしたけれど、誰も余計なことは言わなかった。きっと、この場に長老とカザンもいるということをうっかり忘れて、クロウにだけ話をしているつもりになっているのかもしれないと、みんなは考えた。

 その内、食いしん坊全開な迷言が飛び出してきて、みんなは吹き出したり、何とか堪えたりと、それぞれだ。幸いにも、この時には、親衛隊も全員が朝食を食べ終えていたため、大惨事にはならなくてすんだ。

 クロウも吹き出したかったけれど、にゃんごろーが真っすぐに自分を見ながらお話をしてくれているので、体をプルプルさせながらも、何とか堪えた。せっかく、いい気分で話をしている子ネコーの機嫌を損ねて、さっきのように大泣きされても困るからだ。


「うふふー。こりぇはねー、られにも、にゃいしょのおはにゃしにゃんらー。ちょーろーとニャニャンしゃんをびっくりしゃせるの、ちょっちぇも、ちゃのしみにゃんら!」


 嬉しそうに笑いながら、にゃんごろーは話を締めくくった。


「へえ? それで、次の冒険は、いつにするつもりなんだ? てゆーか、エレベーターでサンルームに行くには、どのボタンを押せばいいのか、ちゃんと分っているのか?」

「………………………………にょ!?」

「ん?」


 その締めくくりの中に出てきた「誰にも」の中に、自分も含まれているとは思っていないクロウは、次なる大冒険の予定について尋ねた。ついでに、少々気になったことも、併せて聞いてみる。もしも、子ネコーがちゃんと分っていないようなら、それとなく教えておいてやるか、などと考えていた。


 きっと、また。子ネコーは、次の冒険の予定について、嬉しそうにお話してくれるのだろう。それとも、サンルームへの行き方を分かっていなかったことに気付いて、大慌てになるのだろうかと、長老以外の誰もが予想した。


 けれど、予想に反して。

 子ネコーは突然、びっくり顔になった。お目目は真ん丸、びっくりくりのくりくりお目目で、奇妙な叫びを上げた後のお口はポカンだ。

 くりくり顔でクロウを見つめたまま、子ネコーは固まっている。

 それは、長老に「お見通し」を発動された時と同じお顔なのだが、もちろんクロウはそんなことは知らない。

 サンルームへの行き方を分かっていないことに気付いて「あ!」となった――というわけではなさそうだな、ということは、クロウにもなんとなく分かった。では、一体。子ネコーは、何をそんなに驚いているのだろう?

 その理由が全く思い当たらず、クロウは、まじまじと子ネコーのびっくり顔を見つめる。

 「びっくりくり」のびっくり顔と、「なんだ、なんだ?」の怪訝顔で、ふたりはしばし、見つめ合った。

 長老以外の残りの面々も、にゃんごろーが何を驚いているのか分からずに、固唾をのんで子ネコーの動向を見守っている。見守り隊の面々も、子ネコーが言う「誰にも」とは、「クロウ以外の誰にも」という意味だと解釈していたからだ。クロウに尋ねられて、クロウに向かって答えていたのに、そのクロウ迄が「にゃいしょ」の対象であるとは、誰も考えない。まあ、普通はそうだろう。

 みんなは、「だったら、にゃんごろーは一体、何をそんなに驚いているのだろう?」と、考えを巡らせる。


 にゃんごろーは、はっきりと次の冒険をするとは話していなかったが、最後に「長老とカザンをびっくりさせるのが楽しみ」だと言っていた。ということは、内緒のつもりの冒険を、再度試みるつもりがあるということだ。クロウが次の予定を尋ねたのは、ごく自然な流れで、特におかしなところはないように思える。

 けれども、もしかしたら。

 次の予定についてはっきりとは語っていないのに、「楽しみ」発言から先読みされてしまったことは、子ネコーにとっては、びっくり案件だったのかもしれない。

 大人たちには何でもないことでも、子ネコーには驚くべきことだったのかもしれない。


 ――などと、あれこれ考えているみんなの顔を、長老は微妙そうなお顔で見回していた。

 長老は、その“答え”を知っているからだ。

 にゃんごろーは、知り合ったばかりのクロウに「お見通し」をされてしまったのかと勘違いをして、長老に「お見通し」されてしまった時以上に驚いているのだ。


「真相を知ったら、みんなは、どういう反応をするのかのぅ……?」


 ポソリと小さく呟いた声は、みんなの耳には入らなかったようで、誰も反応しない。

 長老は、楽しそうに「にゃふっ」と笑った。

 この後の展開が、なんだか楽しみになってきてしまったのだ。


 まったく困った、いたずら長老なのだった。


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