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第62話 ”ごっこ”だってかまわない!

 苦し紛れの名案に感銘を受けているらしき子ネコーの様子に、発案者であるクロウは戸惑った。

 閃いた時には、とてもいい考えのように思えたのだけれど、勢いのまま口に出してみてから、「いや、さすがにこれはないだろう」と自分で気づいてしまったのだ。

 まさか、にゃんごろーがその案に乗ってくるとは、思っていなかった。てっきり、「そういうことじゃない!」と怒られるかと思ったのに、なぜか子ネコーは大喜びして、大変乗り気になっている。


「いや、本当に、いいのか? それで……?」

「うん……?」


 どういう意味なのかを、本当に分かっているのか不安になって思わず尋ねてみると、にゃんごろーはきょとんとした顔で首を傾げた。「どういうこと?」とお目目が言っている。

 せっかく上昇した子ネコーの気分を、また急下降させたらどうしようかと心配しつつも、クロウは恐る恐る言葉を続けた。


「いや、それって、結局……。本当に秘密なわけじゃなくて、ただの秘密ごっこってことだろ?」

「あ、あー……」


 にゃんごろーは、「そういうことか」というお顔で頷いているが、本当に分かっているのか判断に苦しむところだ。

 にゃんごろーは、モフッと腕組みをすると、右へ左へとお顔を揺らしながら考え出す。

 メトロノームのように揺れるお顔を目で追いながら、クロウが「何を考えているんだ?」と思いめぐらせていたら、答えが見つかる前にメトロノームの動きが止まった。


「うーん、れもぉ。ほりゃ、こネコーは、ごっきょあしょびを、しゅるものれしょ?」

「あ? あー、まあ、そうだな」


 腕組みは解かずに、したり顔で「うんうん」と頷いているにゃんごろー。

 クロウは視線を上下に動かしながら「あ、一応、ごっこ遊びってことは、分かってるんだな」と、ひとまず安心する。

 そんなクロウの胸の内など知る由もなく、にゃんごろーは、にぱっと笑った。


「おはにゃしれきて、うれしちゃのしくてぇ。ひみちゅごっきょれ、にゃいしょきるんが、ちゃのしくちぇー……」

「ないしょきる……? ああ、内緒気分か」

「しょー! にゃいしょきるん! うふふ。きょーゆーの、ひとちゅが、ふたちゅ、おいしぃいいい!――って、いうんれしょ?」

「あー、ああ、まあ。そう、だな?」


 一粒で二度おいしいと言いたいらしい子ネコーは、「おいしい」のところで、両方のお手々をほっぺにあてて、嬉しそうにイヤイヤの仕草をした。

 何を想像しているのか、ジュルリと涎を啜り上げている。

 もしかして、何か意味を勘違いしているのだろうかとクロウが思い始めた時、子ネコーはうっとりとしたお顔で、こう続けた。


「イチロリャムとバチャーリョールも、ふたちゅがひとちゅに、にゃるこちょれ、もっちょ、おいしくにゃるもんにぇ……。うんうん。ちょっちぇもしゅちぇきれ、いいこちょりゃよね……」

「……………………」


 うっとりしすぎて、大分発声が怪しいが、「パンにジャムを塗ることで、より一層美味しくなる。それと同じで、大変素晴らしいことだ」と言いたいようだ。

 微妙に合っているようで、何かが少し違っている気はするが、クロウは口を噤んだ。

 空気を読んだからだ。

 みんな、「うんうん。その通りだ」と、いい笑顔で頷いている。なんと、今回は長老までだ。まあ、長老はみんなとは違って、子ネコーの可愛い発言に感銘を受けているわけではなく、ジャムパンは美味しいという意見に同意しているだけなのだが。


 しばらくは、ジャムパンの素晴らしさに思いを馳せていたにゃんごろーだったが、突然「ハッ」というお顔を長老へ向けた。

 何かに気付いてしまったようだ。

 みんなは、「なんだなんだ」と子ネコーの次なる言葉を待っているが、長老には子ネコーが何を言い出すか、おおよその見当がついていた。


「ちょっろ、まっれ……。にゃんごろー、らいじなこちょに、きぢゅいちゃっら。ちょーろー、にゃんごろーのこちょ、だみゃしちぇちゃれしょ……?」

「何のことかのー?」


 糾弾の内容に見当がついていながら、長老は白を切った。口笛でも吹きそうなお顔で、白くてモサモサな胸の毛を撫でている。だが、心持ちいつもより手の動きが早い。長老も、少しは悪いと思っているのかもしれなかった。

 にゃんごろーはー、もふビシッと長老にお手々を突きつけた。


「ちょーりょーの、おみちょーし! ほんちょは、おみちょーしらにゃいれしょ! にゃんごろーが、おはにゃし、しちゃから、しっちぇちゃんれしょ! にゃのに、おみちょーしっちぇ、うしょ、ちゅいたれしょ!」


 にゃんごろーは普段ポケラっとしているようでいて、時と場合によっては鋭い勘を発揮する……時もあるのだ。

 子ネコーの、内緒のつもりの無自覚暴露を逆手に取った、長老のお見通し。これまで、長老は、にゃんごろーから聞いたから知っていることなのに、「長老は、にゃんごろーのことなんて、何でもお見通しじゃ」と嘘をついてきた。本当のお見通しの時もあるけれど、ここぞという時に発揮される長老のお見通しは、大体このパターンだった。

 そのカラクリに、遂ににゃんごろーは気づいてしまったのだ。

 「おみちょーし」が「お見通し」のことだと察した人間たちは、子ネコーが言う「長老のお見通し」の真相も、何となく察した。特に、長老とは長い付き合いのじーじたち三人は、如何にもルドルのやりそうなことだと思っていた。ちなみにルドルとは、長老のお名前のことである。


 ともあれ。


 子ネコーにとって、それは大問題だったが、みんなからしてみれば微笑ましい話でもあった。自分で暴露しておきながらそれを忘れて、しかるべき時に発動される長老の「お見通し」に驚愕し、「長老はすごい」と感心している子ネコーの姿を思い浮かべて、各自ほっこりしていた。

 まあ、どちらにせよ。ここは外野が口出しをするところではないと、みんなは、長老が何と言ってこの窮地を切り抜けるのか、興味津々で注目している。

 みんなの注目を一身に浴びながら、長老は悪びれなくシレッと言った。


「これは、あれじゃ。お見通しごっこじゃ!」

「おみちょーし、ぎょっきょ……?」


 お手々を長老に向けたまま、にゃんごろーがこてんと首を傾げた。

 半分勢いで口に出しただけの長老だったが、言葉にしてみたら、この方向で押し切るのが良さそうだと思えた。

 そうと決まれば、迷いはない。

 長老は、長老のすることに間違いはないとばかりの自信たっぷりのお顔で、言葉を続けた。


「にゃんごろーだけ、秘密ごっこを楽しむのは、不公平じゃろう? じゃから、長老は、お見通しごっこをしておったのじゃ!」

「ええー? しょーなの? うー、れも! にゃんごろーは、ちょーろーが『ぎょっきょ』をしちぇいりゅって、しりゃなかっちゃし! しょれは、ふきょーへーら、にゃいの?」

「長老はの、にゃんごろーが、そのことに気付くのを待っておったのじゃ!」

「ええ!? しょ、しょーらったの?」


 騙されないぞと不振の眼差しを長老へ向けるにゃんごろーだったけれど、長老の揺るぎない「はったり」に押されて、次第にいつも通り肉球の上で踊らされていく。


「うむ。クロウの助けがあったとはいえ、よくぞ、『ごっこ』の真相に気付いたな。えらいぞ、にゃんごろー。お船に来たことで、成長できておるようじゃな」

「う、うん! えへへー。にゃんごろー、せいちょー、しちゃっちゃー♪」


 長老に褒められて、長老に突きつけていたお手々を下ろして、上機嫌で歌いだすにゃんごろー。

 赤ちゃんネコーの手を捻るがごとく、子ネコーはあっさりと陥落した。

 それがむしろ可愛くて、子ネコー親衛隊たちも、にゃんごろーの成長を褒め称える。まだまだ子ネコーとはいえ、今回のクロウとのやり取りにより、若干の成長が見受けられたのは確かだからだ。

 みんなに褒められて、嬉し恥ずかしの子ネコーが、お礼を言いつつ俯いて、お耳や尻尾をぴょこぴょこフリフリと忙しなく動かしているのが、また可愛くて。みんなはさらに、褒め称える。

 普段なら、にゃんごろーがあまり調子にのり過ぎないようにと諫める役に回る長老は、今回はみんなの好きにさせていた。下手に突いて、せっかくうまいこと乗り切れた「お見通し」発覚事件を蒸し返されてはかなわないからだ。にゃんごろーには、このままいい気分になってもらって、長老による過去の不正「お見通し」については、すっからかんと忘れてもらおうなどと目論んでいた。


 ――そんな長老の胸の内を『お見通し』して、クロウは苦笑いを浮かべた。


『つまり、この長老にして、この子ネコーありってことか……』


 ――なんてことを考えながら。

 まったくもって、その通りなのだった。


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