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第151話 大盛りの呪縛

 ――――そう言えば、大盛りにしてもらうように頼みそびれたな。


 クロウは、失敗したなと思いながら店員に視線を投げかけ、「はっ!」と目を見開いた。店員が手に持つトレーの上に、一つだけ大盛りの皿があったからだ。

 見開いたままの瞳をマグじーじに向けると、マグじーじはニヤリと笑った。


「クロウの分は、大盛りにしておいてやったぞ?」

「マグさんっ!」


 心配せずとも、マグじーじはクロウの分を大盛りで頼んでくれていたのだ。朝、クロウがみんなよりも多くパンを食べていたことを覚えていてくれたのだろう。カフェの予約をいつしたのかは分からないが、昨日の内に予約済みだった場合は、ニャポリタンの一つを大盛りに変更するように、わざわざ連絡してくれたのかもしれない。

 クロウは危うく、マグじーじに惚れそうになった。「胃袋を掴むとはこういうことか!」などと、何か間違ったことを考えつつ、腹の底から感動していた。

 さすがお豆腐子ネコーの助手……と言いたいところだが、その幻想を打ち破ったのは、当のお豆腐先生の驚きと涎に塗れた呟きだった。


「お、おおみょり…………!?」


 クロウの前に置かれた大盛りの皿を、にゃんごろーは、まんまるお目目で見つめていた。人間用のニャポリタンは、ネコー用よりも一回りほど皿が大きく、当然その分量も多い。なのだが、クロウの大盛りは、それを遥かに凌駕していた。皿の大きさは、人間用の普通盛と一緒なのだが、皿の上のニャポリタンの量は、普通盛の倍はありそうだ。ホカホカのニャポリタンが、こんもりとうず高く盛り付けられている。

 にゃんごろーは、羨ましそうに大盛りニャポリタンを見つめた後、自分のニャポリタンに視線を戻す。そして、また。クロウの大盛りニャポリタンへお目目を向ける。

 チラッ、チラッ、チラッ、チラッ、と何度もお目目を行ったり来たりさせた後、ネコー用の小盛りニャポリタンを見下ろして、キュッとお口をすぼめる。

 さっきまで、あんなに魅力的に思えたニャポリタンが、色褪せて見えてしまったのだ。

 どうやら、お豆腐子ネコーの、よくないところが出てきてしまったようだ。

 素敵な夢から醒めてしまったようなお顔をしているにゃんごろーを、キララが笑いを含みつつもお姉さんらしく窘めた。


「ふ、ふふ。にゃんごろーったら、そんな顔しないの! みんな、それぞれ、ちょうどいい量ってものがあるんだから」

「みょ、しょれは、しょー……にゃんらけりょ……」

「クロウさんは、大盛りじゃないとお腹がいっぱいにならないってことでしょ? 食べる量をみんなと同じにしたら、みんなはお腹がいっぱいなのに、クロウさんだけ足りなくて悲しい思いをしちゃうってことよ。それは、可哀そうじゃない? みんな、お腹の大きさは、違うんだから。みんなが、自分に合ったちょうどいい量を食べて、みんなでお腹がいっぱいにならないと! 一人だけ、足りないのは可哀そうよ?」

「はぅっ! しょ、しょれは、ちゃしかに、しょー! しょー……にゃんらけりょ……! しょれは、わかっちぇるんらけりょ! れも、れも! やっぴゃり、うりゃりゃみゃしぃいいいー!」


 お船で食べた最初の夕ごはんの時に、長老からも同じようなことを言われていた。その時は、食べ過ぎてお腹を壊してしまっては次のごはんが食べられなくなってしまうかもしれないというお豆腐的理由で納得したし、にゃんごろーも頭では分かっている。頭では分かっているのだ。

 それでも、お豆腐心とお腹は納得してくれない。

 大盛りのインパクトが大きすぎたのだ。ネコーだったら、何にんかで取り分けて食べるような大皿料理を、たった一人で食べてしまうというクロウが、羨ましくて、妬ましい。

 ネコーよりは大きいとはいえ、人間の中ではそこまで体が大きい方ではないクロウが、あんなにたくさんのお料理を一人で食べてしまうなんて不公平だと思ってしまう。お豆腐子ネコーとして、クロウを羨む気持ちが止められない。抑えられない。

 にゃんごろーは、両手をお耳の前にあてて、頭を激しく左右に振りだした。


「うぅーん。まあ、その気持ちは、分かるけどねぇ……。おいしくって、もっといっぱい食べたいのに、お腹がいっぱいの時とかねー。あるわよねぇー……」


 お豆腐的に心と腹までは納得できない様子のにゃんごろーを見つめながら、キララは苦笑いを浮かべた。

 朝食時のパン泥棒&おかわり事件に続き、またしても元凶となってしまったクロウは気まずそうな顔をしている。下手に口を挟むと藪蛇になりそうな気がして、手を出しあぐねていた。

 ミフネは「おやおや」という顔で静観を決め込み、子ネコー親衛隊の分かりやすい方と分かりにくい方は、それぞれに動揺しつつも、キララのお姉さんぶりに「ほっこり」と「きゅんきゅん」している。

 キララは「ふぅむ」と腕を組んだ。にゃんごろーの気持ちに共感できるところもあるようだが、そうかといってこのままにしておくわけにはいかない。せっかくのニャポリタンなのだ。みんなでそろって、楽しく美味しく頂きたい。そのためには、大盛りの呪縛に囚われてしまった子ネコーの心を開放しなくてはならない。

 少し考えて、キララは「うん」と頷いた。

 戦略が定まったようだ。


「にゃんごろー、聞いて? いっぱい食べられるのは素敵なことだけれど、でも、いいことばっかりじゃないのよ?」

「……………………ふぇ?」


 キララはこれまでの路線を捨てて、新たな戦略を打ち出してきた。結果はまだこれからだが、掴みは悪くないようだった。


 にゃんごろーの嫌々運動が、止まった。


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