大盛りの呪縛に囚われて、ぐにょんぐにょんになってしまった子ネコーの視線をしっかりと捉えて、キララは畳みかけていった。
「にゃんごろー、いい? たくさん食べられるのは、素敵なことだけれど、でもね? タダでごはんは食べられないのよ?」
「ほぇ? タラ?」
「タラじゃなくて、タダ! いい? ごはんを食べるためには、お金が必要なの! たくさん食べるためには、たくさんお金がいる! つまり! みんなよりたくさん食べるってことは、みんなよりたくさん働いて、みんなよりたくさんお金を稼がないといけないってことなの!」
「…………ほ、ほぅ?」
街暮らしな上、雑貨店の看板娘ネコーであるキララにとって、お金は大切なものなのだろう。話している内に熱が入って来たようで、キララはズズイとテーブルに身を乗り出し、にゃんごろーにお顔を近づけてくる。
にゃんごろーは、ポカンとしたお顔でキララを見つめ返していた。
熱意に押されたのか、大盛りへのどうにもならない想いは、ひとまず吹き飛んだようだ。けれど、キララが何を言っているのかは、よく分かっていないお顔だ。
にゃんごろーは、森生まれの森育ちだ。森での生活にお金は必要ない。話には聞いたことがあるけれど、自分で使ったことはないし、誰かが使っているところを見たこともない。だから、いまひとつピンと来ていないのだ。
爛々とお目目を光らせているキララと、「ほにゃん」と分かってなさそうなお顔のにゃんごろーを見比べて、クロウは事情を察した。
どうやら誰かが、キララの話を森の子ネコー流に翻訳してやらねばならないようだ。
クロウは、一つため息をついて、天井に視線を投げた。にゃんごろーとの、これまでのやり取りを反芻しているのだ。すぐに考えは、まとまった。
「あー、つまりな、ちびネコー。今の話を森のネコー流に例えるとだ」
「ほにょ?」
クロウが声をかけると、にゃんごろーは「ほにょ」顔をクロウへと向けた。
「大盛りをするためには、たくさんの食べ物が必要になる。例えば、畑なら、他のみんなより広い畑で、たくさんの野菜を育てないといけない。みんなよりもたくさん、畑仕事を頑張らないといけないんだ」
「ほ、ほうほう! しょれは、ちゃしかに!」
森で畑仕事を手伝っていたにゃんごろーにとって、それはとても分かりやすいたとえ話だった。「それは、大変!」とばかりに、にゃんごろーは頷いた。
クロウは、さらに畳み掛ける。
「狩りの場合は、もっと大変だ」
「しょ、しょーにゃの?」
「そうだ。腹いっぱいになりたければ、他のみんなより、たくさんの獲物を仕留めないとならないからな。他のみんなよりも、狩りを頑張らないといけないんだ。それでも、うまく獲物が見つかって、ちゃんと仕留められたならいい。だが、狩りは頑張ったからといって、何時も成功するとは限らない。獲物が見つからなかったり、見つけても仕留められなかった時は、だ」
「ちょ、ちょきは……」
「みんなよりも頑張ったのに、ひとりだけ、腹を空かせたまま眠らなければならないんだ。みんなは、腹いっぱいで満足しているのに。自分は、みんなよりも頑張ったのに、腹がいっぱいにならないままなんだ……!」
似たような経験をしたことがあるのか、どうなのか。クロウの話は真に迫っていた。それは、お豆腐子ネコーの腹と胸に強く揺さぶりをかけた。
「しょ、しょんにゃ……っ! み、みんにゃよりも、きけんにゃかりのしごちょを、がんばっちゃのに、ひちょりらけ、おにゃかいっぱいに、にゃれにゃいにゃんちぇ……っ! う、うぅ。キュ、キュロー……、きゃわいしょうぅううううっ!」
「うむ。育ち盛りは、大変だな。次からは、食事が足りないときは、一声かけてくれ。私の菓子でよければ、分けてやろう」
「は!? いや!? ちょ!? お、おお、俺の話をしたわけじゃねーよ! 例え話! 今のは、例え話だ! 泣くなって! カザンも余計なこと、言うんじゃねーよ! だが、菓子はありがたく分けてもらう!」
危険な狩りを頑張っても、空腹を抱えたまま眠らなければならぬ夜もあると聞いて、にゃんごろーは大盛りへの未練を、すっぱりと断ち切ったようだ。クロウへの羨ましさは、今や腹ペコクロウへの同情に塗り替えられていた。にゃんごろーは、お目目を押さえて体を震わせ始める。
そのにゃんごろーに続いて、腕組みをしながら話を聞いていたカザンまで、悪ノリなのか本気にしたのか分からないことを言い出す始末。
クロウはクワッと目をむいて両方に「待った!」をかけつつも、カザンの甘い申し出には、ちゃっかりと受け取る宣言を言い渡した。
「うぅ、よかっちゃね、クリョー。ちゃんちょ、ニャニャンしゃんに、おれいをいうんらよ」
「へいへい」
「あちょ、しょのちょきは、にゃんごろーにも、おかしをわけちぇね?」
「へいへ…………いや、おまえは直接カザンに強請ってやれよ。喜んで分けてくれると思うぞ?」
「え? しょ、しょう?」
「うむ。もちろんだ。小腹が空いたときは、私のところに来るといい。にゃんごろーなら、いつでも歓迎だ」
「やっちゃー! ありあちょー!」
腹ペコクロウに同情するあまり、本気で涙を零していたお豆腐子ネコーは、カザンの甘い話に反応し、助手同様ちゃっかりとお菓子譲渡権をもぎ取っていった。
今や、すっかり笑顔である。
「うむ。これにて、一件落着だな」
「そうねぇ。ありがとうございます、クロウさん。森のネコーたちは、じきゅーじそくの生活をしているって聞いたことあったのに、うっかりしていたわ」
「あ! いや、俺の方こそ、すまん。途中で話を奪っちまって」
「いえいえー。おかげで、一件落着ですし!」
「そうですねぇ。キララも少々勇み足でしたし、むしろナイスフォローでしたよ?」
「う、ども」
にゃんごろーの笑顔を見て、自らもフッと表情筋を微かに緩めたカザンが騒動をまとめると、興奮から醒めたキララがクロウへお礼の言葉を告げた。「あ!」と気づいたクロウが先ほどの非礼を詫びると、キララが「いえいえ」と手を横に振って、ミフネがニコニコとそれに続き、こちらも一件落着と相成った。
ちなみに、この時マグじーじは。
ニャポリタンを喉に詰まらせた長老のお世話に奔走して、“ちゃっかりにゃんごろー”の一部始終を見逃していたのだった。