口から勝手に転がり落ちた出まかせではあったが、手ごたえはあった。
ならば、とにかくこの方向で話を進めていくしかない。そして、これまでの経験から、あまり考えすぎずに少し適当なくらいの方が、この子ネコーには効果があるはずだった。そうと心を決めれば、案外スラスラと長老的な嘘八百が口から出てきた。
クロウは、自信たっぷりの顔と声音で、畳みかけていった。
「いいか、にゃんごろー。おとならしくしようなんて気取って、特別なことみたいにドアをくぐるのは、子ネコーのすることだ」
「え!?」
思いもよらないことを言われたびっくりのあまり、子ネコーの涙が止まったようだ。クロウを見上げて、パチパチと瞬く子ネコー。そのお目目を濡らしていた涙が、ポロポロリンと零れ落ちる。新しい涙は、やって来なかった。
パチパチポロリンのおかげで、少しばかりクリアになったお目目で、自信たっぷりのクロウの顔を見つめるにゃんごろー。
「なんてことない感じで、自然にドアを通り抜ける。それこそ、本当のおとなの振舞ってもんだ。つまり、にゃんごろー。おまえは、ちゃんと出来ていたんだよ。前を歩いていたマグさんとミフネさんがそうしていたように、キララと楽しく話をしながら、自然な感じにドアを通り抜けていった。後ろから見ていたけれど、まさに小さな紳士と淑女だったぜ? 子ネコーっぽいところは、少しもなかった。な? そうだよな、カザン?」
「うむ。実に立派だった。クロウの言う通り、見事な紳士と淑女ぶりだった」
「……………………しょ、しょーらったんら。にゃんごろー、しっぱいしちゃんら、にゃくちぇ、ちゃんちょ、れきちぇちゃんら……。あ、れも、しんしちょ、しゅくりょっちぇ、なあに?」
「おとなのネコーの中でも、特に立派でお行儀のよい男ネコーが紳士で、女ネコーのことを淑女っていうのよ」
「ほ、ほほぅ? おちょにゃのなきゃれも、ちょくにりっぱで、おぎょーぎのいい……。え、えへへ、にゃふふ。にゃんごろー、しんしネコーらっちゃんら」
「ええ。長老さんよりも、ずっと立派な紳士でしたよ」
「モガッ! モゴッ!」
「ええい。せっかく、いい感じにまとまったんじゃ。大人しくしておれ」
クロウの畳みかけに「これは、イケる!」と感じた他の面々も、加勢に入った。
根が素直なせいもあってか、にゃんごろーはあっさりコロリと騙されて、その気になって、笑顔になった。
ミフネに引き合いに出された長老が暴れかけたが、マグじーじががっちり抑え込んでくれたおかげで、余計な邪魔も入らずに済んだ。
「ほら。ちゃんと立てよ。そのままだと、子ネコーどころか、ただの猫みたいだぜ?」
「はっ…………!」
見事任務を果たしたクロウがニヤリと笑って手を差し出すと、にゃんごろーは慌てたお顔で、その手を掴んで立ち上がった。それから、心配そうにクロウに尋ねる。
「しゅ、しゅぐにたっちゃから、ま、まだ、まにあう? にゃんごろー、まだ、しんしネコー?」
「んー? そうだなー。まあ、お店から出た後、早とちりの勘違いでちょっと失敗したみたいだけれど、まあ、それは見なかったことにしてやるよ?」
「ふわお! あ、ありあちょー、クリョー! さしゅが、にゃんごろーの、じょしゅー!」
助手に揶揄われて遊ばれていることに気がつかず、にゃんごろーは大感激した。感謝を伝えようとクロウに抱き着こうとして、自分で作った水たまりで滑って盛大に転びかけたが、クロウが抱きあげてくれたおかげで難を逃れることが出来た。
危険な水たまりは、カザンが懐から取り出した手拭いで拭ってくれた。
マグじーじの腕の中でモゴモゴと暴れていた長老は、ミフネからお詫びの飴玉をもらって、今はコロコロとご機嫌だ。
クロウはキララの隣に、にゃんごろーを立たせてやった。
「ほらよ。それじゃ、お見送りに行こうぜ?」
「そうね! 行きましょ!」
「うん!」
にゃんごろーの大失態を見ていたのはクロウだけではなく。
見なかったことにすると約束したのはクロウだけだった。
でも、にゃんごろーは大失態そのものがなかった事になったと都合よく考えたようだ。クロウとキララに促されて、涙発生事件のすべてを忘れたご機嫌なお顔でお返事をする。
だが、まあ。
あながち間違ってもいなかった。
他の面々も、クロウの「見なかったことにしてやるよ」宣言に大きく頷いていたからだ。
こうして、何事もなかったかのように、後部デッキへ向けての行進が再開された。
「ふー。ちびネコーが単純で、助かった。ヤな汗かいちまったぜ」
「ふ。お手柄だったな、クロウ。さすが、お豆腐副会長にして、にゃんごろーの助手だな」
「いや、そこを褒められても、ぜんっぜん嬉しくないんだけど……」
もふもふした頭のうえ~の方で交わされた、クルーたちのひそひそ話は、キラキラネコーのお耳にだけ届いた。
クスリと笑うキララを見て、にゃんごろーは訳も分からず笑顔を返した。